友人1
レナートの城で暮らしはじめて一週間が過ぎた。オディーリアははやくも退屈していた。
私室として与えられた部屋の、美しい天井絵画を眺めるくらいしかすることがないのだ。
(妻と言っても形だけで仕事があるわけじゃないし……使用人として使ってもらえないかしら)
〈白い声〉を失くしてしまったから大した貢献はできないけれど、オディーリアは平民の生まれだ。家事や炊事、馬の世話などの雑事は一通りこなせる。
そんなことを考えていると、タイミングよく部屋の扉がノックされレナートが現れた。
「レナート……殿下?」
彼をなんと呼んだらいいのか、いまだにわからない。レナートは、くくっと腹を抱えて笑っている。
「レナートでいい。ーー俺達は夫婦なんだしな」
からかうような口調で言って、彼はオディーリアの顔をのぞきこむ。
その瞳はいたずらっぽく輝いていた。オディーリアはたまらず目を逸らした。彼のこういう冗談は反応に困る。
そっぽを向いてしまった彼女の頭を、レナートはぽんぽんと優しく叩いた。
「この城には若い女がいないから、なにかと不便だろう。お前の世話係にと、新しい女性に来てもらうことになった」
「えっ?」
オディーリアはくるりとレナートを振り返る。
自分の世話しかすることがなくて退屈しきっているのに、世話係なんてついてもらったらますますやることがなくなってしまう。
「あの、必要ないです。別に私は高貴な生まれでもなんでもないので、自分のことくらい自分でできます。むしろ……掃除とか、なにか仕事をもらいたいくらいなんですが」
レナートは腕を組み、うーんと首をひねった。
「そう言われても、もう連れてきちゃったしなぁ。な、クロエ」
レナートが呼ぶと、部屋の扉からぴょこりと女の子が顔をのぞかせた。
年はオディーリアと同じくらいだろうか。艶のある黒髪が美しく、利発そうな顔立ちをしている。
(なんとなく誰かに似ているような……)
オディーリアの予想は当たっていた。
「ハッシュの妹のクロエだ。顔はよく似てるが、あいつとは違って素直で気立てのいい娘だ」
レナートが言うと、クロエはぺこりと頭を下げた。
「クロエです。よろしくね、オデちゃん」
「オ、オデちゃん……」
「マイトがそう呼べって言ったのよ。あ、奥方様とかって呼ばれたかった?」
「オデちゃんでいいです……」
「じゃ、決まり! 私のことはクロエって呼んでね」
(あ、そこはクロちゃんじゃないのね……)
オディーリアの心の声には気づかず、クロエはがんがん距離をつめてくる。オディーリアの髪やら肌やらをぺたぺたと触りまくりながら、彼女は言った。
「噂通り、ほんっとにかわいいわ! なんで、形だけの妻なの? もしかして、レナート様ってマジでマイトと……」
レナートもクロエにはかなわないらしい。黙って苦笑しているだけだ。
「やだ、もしかしてうちのお兄ちゃんじゃないよね? いやいや、それはないか。腹黒だもんね、あの人」
「見た目は似てるけど、中身はちっとも似てないですね」
オディーリアはこそりとレナートにささやいた。
「賑やかな娘だから退屈はしないだろ。お前の仕事は……考えておくが、まずはここでの暮らしにゆっくり馴染んでくれればいい」
馴染む。レナートはそう言ったが、オディーリアにはよくわからなかった。
(馴染んで、それでどうなるのだろう。ここでずっと暮らすの? そんなこと、想像もできない)
もちろん妻になんてなれない。〈白い声〉も使えないから、レナートの軍を助けることもできない。
(私、からっぽだ。役立たずで、なんにもない)
レナートは優しい。優しすぎて、余計に自分が惨めになる。




