アーリエ2
「やだなー、オデちゃん。本気にしないでよ」
「へ?」
「レナート様も僕もノーマル! ふつーに女の子が好きだからさ」
「はぁ……」
それならなぜあんな冗談を言うのか。ちっとも冗談には聞こえなかったのだが。
オディーリアは心の中で、そう毒づく。
「レナート様は戦争ばっかりしてて婚期を逃しそうってだけだよ」
「それに、妻を選ぶのは色々しがらみがあって面倒くさい」
レナートは渋い顔でぼやいた。本気でそう思っているのだろう。
「けど、そうやって放置してるから、僕とのおかしな噂なんかたてられちゃうんですよー」
「でもまぁ、実際、よく知らん貴族の女なんかよりマイトのほうがかわいいし大事だしな」
レナートはそう言って、マイトの頭をぽんぽんと叩く。
「でもこうしてオデちゃんが来てくれたから、おかしな噂も吹っ飛びますね」
レナートはマイトに向かって、にやりと笑む。
「そう、こいつは逸材だ。俺が城に迎えるのはこのレベルの女だって公言しとけば、面倒な売り込みも縁談もこなくなる」
「ナルエフ広しと言えど、オデちゃん以上の美人はそうそう見つからないですもんねー」
「まじでいい買い物だったなぁ」
レナートは満足気にうなずいた。
「もしかして……有効利用って……」
オディーリアがつぶやくと、レナートは悪びれずに言った。
「妻になってくれ」
「えぇ!?」
「といっても、別に正式なもんじゃない。一応ひとりは妻を迎えたってことで、話を合わせてくれりゃそれでいいから」
「はぁ……」
「おぉ、ハッシュ」
レナートは混乱しているオディーリアをよそに、廊下の向こうから近づいてきた背の高い男に向かって片手をあげた。
「お帰りなさいませ、殿下。ご無事のお戻りなによりです」
男はレナートの前まで来ると、恭しく頭を垂れた。怜悧な顔立ちに銀縁の眼鏡がよく似合う。長い黒髪は後ろでひとつに束ねていた。
彼はちらりと、不躾ともいえる視線をオディーリアに投げかけた。
「先に戻ったものから殿下が女性を連れてくるとはうかがっておりましたが……彼女が?」
「そうだ。オディーリアと言う。ロンバルの王太子様から譲り受けた女性だからな、丁重に扱えよ」
あれは譲り受けたなんていう友好的なものではなく、単なる捕虜交換だろうとオディーリアは思ったが口には出さなかった。
そんなことより、ハッシュと呼ばれたこの男からの敵意をひしひしと感じ、居心地が悪いなんてもんじゃなかった。
「まぁ、側室のひとりとしては別に構いやしませんがね」
正室としては絶対に認めないという彼の心の声が、オディーリアには聞こえた気がした。
(別に正室にも側室にもなる気はないし、認めてもらわなくて構わないけど……それより……)
「あの、殿下とは?」
将軍の敬称なら閣下じゃないのだろうか。これも文化の違いだろうか。
オディーリアの疑問に、マイトがあぁ!と手を打った。
「一緒にいた軍のみんなはレナート様を将軍と呼ぶもんね! でも、レナート様はナルエフの王子だから殿下も間違いじゃないよ」
「王子……さま……?」
「驚いたか?」
ぽかんと口を開けているオディーリアに、レナートはふふんと鼻を高くした。
「はい……ぜんっぜん、そんなふうには見えなかったので」
レナートの自慢げな顔がはたと真顔に変わる。
「お前は……大人しそうな顔してるくせに、ほんとかわいくないな」
「面白いよね、オデちゃん。僕は好きだよ!」
マイトはにこにこしながら、オディーリアに腕を絡めた。
「マイト。形だけとはいえ、殿下の妃だ。無礼な真似は控えろ」
「え~ハッシュのその物言いのが、よっぽど無礼ってもんじゃない?」
ハッシュとマイトはなにやら楽しそうだ。レナートはオディーリアを見ると、くすりと自嘲的な笑みを浮かべた。
「ま、たしかにな。第七王子なんて、上が全滅したときのスペアみたいなもんだ。王子様なんて呼ばれるほど大層なもんじゃない」
オディーリアはレナートをじっと見つめ、口を開いた。
「褒め言葉……のつもりでした。あなたのその手は、きちんと毎日鍛錬をしている者の手です。生粋の軍人なのだろうと思っていました」
レナートの手には、剣を握る者特有のマメがいくつもある。イリムの、つるつるで女のように美しい手とは全然違う。
彼は目立ちたがり屋だから戦には出たがったが、将軍とは名ばかりで、いつも後方に陣を取り護衛兵にぐるりと周りを囲ませていた。剣の修行どころか手入れすら、人任せでろくにしてはいないだろう。
オディーリアの胸のうちを見透かしたように、レナートは「あぁ」とつぶやいた。
「お前の元婚約者とは違うということか。たしかに、それは嬉しい褒め言葉だな」
「はい」
「だがな、オディーリア」
レナートはぐっとオディーリアに顔を近づける。鼻先が少しだけ触れ合う。
「褒め言葉ってのは、もっとわかりやすく伝えるもんだ。強くてかっこいい! とかな。ほら、言ってみろ」
「別に……かっこいいとは思っていません」
「かわいくねぇ……」
こんなふうにして、オディーリア
の新しい暮らしは幕を開けたのだった。




