アーリエ1
翌朝。馬具の手入れをしているオディーリアの元に、ひとりの少年が近づいてきた。
栗色の巻き毛に、くりくりとした大きな目が印象的なその顔には見覚えがあった。彼はいつもレナートのそばに付き従っているからだ。
レナートの侍従なのだろうなと、オディーリアは理解していた。
彼はニコニコしながら、オディーリアに声をかけてきた。
「オデちゃん! よかった、元気になったんだね」
「オ、オデちゃん?」
「うん。オディーリアって長くて呼びにくくない?」
「はぁ……そんなこと思ったことも言われたこともないですが」
「そぅお? でも僕は思ったから、オデちゃんって呼ぶね」
人懐っこい笑顔で、そう言われては嫌とは言えなかった。
「具合はもう大丈夫? よく眠れた?」
「あっ、はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
レナートだけでなく護衛のために残ってくれた彼らも、オディーリアのせいでアーリエに戻るのが遅くなるのだ。オディーリアは深々と頭を下げた。
「ぜんっぜん、迷惑なんかじゃないよ! ねね、その他人行儀な敬語やめてよー」
「そう言われましても、まごうことなき他人ですし……」
「……オデちゃん、大人しそうな顔して意外と辛口だね」
レナートとは全然違うタイプだが、彼もまたオディーリアの周囲にはいなかった人種だ。
(対処法がわからない……)
オディーリアが戸惑っていると、助け舟が出された。レナートだ。
「マイト! そいつのコミュニケーション能力は子供以下だ。そんないきなり距離をつめるな」
子供以下とは失礼な発言だが、実際にそうなのでオディーリアは言い返せない。
レナートはマイトと呼ばれた少年をオディーリアに紹介した。
「マイトは俺の軍の第一隊の隊長で、まぁ古い付き合いの弟みたいなもんだ。今年19になるから……お前と近い年頃じゃないか?」
小柄で、お世辞にも強そうには見えない彼が隊長というのも驚いたが、それ以上に……。
「同じ年??」
「あ、オデちゃんも19歳? じゃ、なおさら敬語なんてやめよーよ」
「……三つは年下かと」
オディーリアが呆然とつぶやくと、レナートがふっと笑う。
「ま、たしかに童顔だが、マイトの剣は本物だ。アーリエに着いたら、見せてもらえ」
「んじゃ、レナート様が相手してくれます?」
「いいな、久しぶりにやるか」
レナートとマイトは本当に兄弟のように仲がいい。ふたりが同時にオディーリアに手を差し出した。
「行くぞ、オディーリア」
「早くアーリエに帰ろっ」
レムの街からアーリエまではあっという間だった。
初めて訪れた他国の都というものは、オディーリアの目にはとても新鮮にうつった。
ロンバルの首都メレムは、花と緑があふれる華やかな街だ。街道にはいつもたくさんの店が出ていて賑やかだった。
対するナルエフの首都アーリエは、重厚で要塞のような雰囲気がある。曇り空によく似合う、石造りの建物が整然と並んでいる。
「どこへ向かうのですか?」
「俺の城。もう、すぐそこだ」
ナルエフは軍事に重きを置いている国だとはオディーリアも聞いたことがあった。おそらく、この国の将軍の地位はロンバルでのそれより高いのだろう。
そんなふうに思ってはいたが、実際に目の前にしたレナートの城はオディーリアの想像以上に立派で驚いてしまった。
使用人の数も多い。みんな、物珍しそうにオディーリアを見ている。
(なんだこの女はって、思われてるんだろうな)
嫌われるのは慣れているが、だからといって気分がいいものではない。オディーリアは小さくため息をついた。
「悪いな。この城に女を連れてきたのは初めてだから、みんな驚いてるんだ」
レナートが言うと、マイトが補足して説明してくれる。
「レナート様の身分なら、奥さんは7~8人くらいいてもいいんだけどね。まだひとりもいないんだ」
妻が7~8人というところにオディーリアは衝撃を受けたが、マイトの説明によるとナルエフは一夫多妻を可としていて、身分の高い男は複数の妻を持つのだそうだ。
「ロンバルは王様でも奥さんはひとりだけなんでしょ? 僕からしたら、そっちのがびっくりだけどな」
「はい。もちろん権力者には愛人がいたりしますが、彼女達に地位の保障はありません」
「なるほど。愛がなくなったら、放り出されちゃうのか~それはそれで、大変だなぁ」
マイトはなぜか愛人側の視点で、彼女らの境遇に同情している。
「ロンバルの民と我々とでは、民族的なルーツが異なるからな。文化の違いは色々あるだろう」
外見はさほど変わらないし、言葉も訛り程度の差異しかないが、やはりここは異国なのだなとオディーリアは改めて実感した。
「なぜ妻を娶っていないんですか?」
オディーリアはレナートに聞いてみた。彼はオディーリアより4つ年上の23歳だと聞いた。ロンバルならちょうど適齢期にあたる。
「僕が好きだから! だよね?」
マイトは笑いながら、レナートの顔をのぞきこむ。レナートも苦笑している。
「そ、そうでしたか。えーっと、余計なことを聞いてしまって……」
オディーリアはちょっと面食らった。すごく仲がよいなとは思っていたが、そういう仲だったとは……。




