道中2
国境をこえナルエフ領内に入り、しばらくすると大きな街に着いた。
レナートはその街で一度軍勢を止めた。そこで軍を二手に……といっても、大多数を先に行かせてしまいレナートと彼の率いる隊のうちの数名だけを街に残した。
「ここがアーリエですか?」
首都に到着するのは明日の予定と聞いていたが、行軍がずいぶんと早まったのだろうか。
「いや、アーリエはもう少し北、ここはリムという街だ。俺たちは今夜はここで宿を取ることにする」
「なにかあったのですか?」
アーリエまで一気に戻るという話だったはずだ。
レナートは大きくうなずいた。
「ある。オディーリア、お前具合が悪いだろう」
「へ?」
「騎馬のスピードが急に落ちた」
「それは、一日中駆けさせていれば馬も疲れるでしょうし……」
「俺の軍の馬はそんなにひ弱じゃない。疲れてるのはお前だ」
言いながら、レナートは額を寄せた。
「ほら、やっぱり熱い」
「そんなこと……」
そう言われてみれば身体が熱いような気もするが、額ごしにレナートから伝わってきた熱のせいのようにも思える。
リムの街で一番高価な宿にレナートは部屋を取った。
イリムはナルエフを「辺境の民が野蛮な暮らしをしているところだ」と嘲っていたが、この宿を見る限りではナルエフの文化水準はロンバルになんら劣るところはなさそうだった。
「この街は俺の庭のようなものだ。安心していい。護衛の兵も残してるしな」
そう言って、レナートはオディーリアを部屋へと連れて行った。
豪華な部屋だった。真紅のビロードばりのソファと天蓋のついた大きなベッド。調度品はどれもセンスがよく、高級感があった。
案内をしてくれただけで出て行くのかと思いきや、レナートは自分もスタスタと部屋に上がりこみ、ソファに腰かけ、ふぅと息を吐いた。
「同じ部屋……」
オディーリアがつぶやくと、レナートはふっと可笑しそうに目を細めた。
「味見……するんですか?」
別に嫌だとは思わなかった。今のオディーリアは彼の所有物なのだし、なんならイリムよりはマシかもしれないとすら思う。
「どうするかなぁ。して欲しいか?」
クスクスと笑いながら彼は言う。
「別にどちらでも。お好きなように」
オディーリアは正直に答えた。彼の好きにすればいい。本心からそう思っていた。
「では、来い」
ソファに座ったまま、彼は両手を広げた。オディーリアはそろそろと彼に近づいていく。
彼女が目の前まで来ると、レナートはソファから立ち上がった。
長身の彼が、獲物を前にした獣のような鋭い目つきでオディーリアを見下ろす。オディーリアはさすがに少し恐怖を感じて、ぴくりと身体を強張らせた。
次の瞬間、レナートはひょいと彼女の身体を抱えあげ肩にかついだ。まるで荷物のような扱いだ。
彼はそのままオディーリアをぽいとベッドに放り投げた。
「寝とけ。なんのために宿を取ってやったと思ってるんだ?」
「…………」
どうやら味見のためではないようだ。
レナートははぁと深いため息を落とした。
「たしかに美しいんだが……お前を抱くのは虚しくなりそうだな」
「虚しい?」
「人形じゃないんだから、自分の意思くらい持て」
「自分の意思? どちらでも構わないと言いましたが」
どちらでもいい。
それがオディーリアの意思だった。いつも、どんなときでもそうだったように思う。
聖女になるため聖教会に入ることも、イリムとの結婚も、今彼に抱かれるかどうかも……どちらでもいいことだった。
(そういえば……)
レナートにイリムを殺すかと聞かれたとき、あのときだけは明確に否と意思表示をした。レナートには長剣がと言ったが、本当は少し違った。
輝くような光を放つレナートが、イリムごときの血で汚れるのはもったいないと、そう思ったのだ。
「いいか、俺はな、俺に抱かれたいと思ってる女しか抱かん。だから、そう思ったときにまた誘え」
「……わかりました。そんな日は来ないと思いますが」
真顔で言うオディーリアにレナートは眉根を寄せた。
「かわいくないな。300デルは払い過ぎたか」
300デルどころかたとえ1デルだって、払い過ぎだろう。〈白い声〉を失くした自分には価値などないのだから。
オディーリアはそう思ったが、言葉にはしなかった。レナートの言う通り、ひどく疲れていた。
ゆっくりと瞼を閉じれば、意識は身体の奥深くへと沈んでいく。




