番外 バチェラーパーティーの夜は2
澄み切った青空のもと、ふたりを祝福するかのように小鳥たちはさえずり花々は咲き乱れる。アスランとクロエの結婚式は華々しく盛大に執り行われた。
見目麗しい王太子夫妻も臨席し、アスランの両親は泣いて喜んだ。
純白のウェディングドレスに身を包んだクロエは楚々として美しく、まるで別人のよう……なのは口を閉じているときだけだ。
「ちょっとアスラン! 一世一代の晴れ舞台だって言うのに、どうしてそんな仏頂面なのよ~」
「そりゃ、自分の意思で出席する晴れ舞台なら俺だって……」
いまだ納得いかなずブツブツつぶやくアスランをクロエは一喝する。
「これも運命よ、アスラン。運命には誰も逆らえないの!」
アスランが逆らえないのは運命ではなく目の前にいるクロエだけだ。アスランは恨みがましい目で彼女を睨んだ。そんなもの意に介さないクロエはアスランに腕を絡めて、肩に頭をもたせかけた。
綺麗に化粧を施した横顔の思いがけない可愛さに、アスランの胸がどきりと鳴る。動揺を隠すようにアスランは頭を振った。
(気のせい、気のせい)
口直しとでも言わんばかりに、参列者席の最前列に座る王太子妃に目を向ける。淡いミモザ色のドレスを見たオディーリアはまさに女神のように美しく、アスランはうっとりとその姿に見惚れた。
(そうなんだよなぁ。俺の好みのタイプは彼女のような……)
王太子妃に横恋慕するつもりは毛頭ないが、ただ憧れているだけなら構わないだろう。そう思ったのも束の間、自身に注がれる殺気だった視線にアスランは振り向く。見れば、王太子が恐ろしい形相でアスランを睨んでいる。アスランは慌ててオディーリアから目を背けた。
すると次の瞬間、アスランの耳たぶに激痛が走る。クロエが引き裂かんばかりの勢いでアスランの耳を引っ張ったからだ。
「花嫁を前にして他の女に見惚れているなんて、いい度胸じゃないの」
「た、いたた」
見惚れていたのは紛れもない事実なのでアスランは甘んじて痛みを受け入れた。クロエはふんと鼻を鳴らす。
「まぁ、いいわ。今夜を楽しみにしてて。私のものすご~いテクニックでアスランを骨抜きにしてやるんだから!」
アスランの好みである清楚な女性とは真逆の発言をするクロエにアスランは苦笑するしかなかった。
そして、夜。大きなベッドのみが置かれた夫婦の寝室でアスランはじっと沈黙に耐えていた。
アスランは部屋の扉の前に座り込み、その対角線上にある窓辺に白い夜着姿のクロエがいた。アスランに背を向け膝を抱えて座りこんでおり、その表情をうかがうことはできない。
かれこれもう一時間近くはこの状態が続いていた。痺れを切らしたアスランが彼女の背中に声をかける。
「あ~。オディーリア様に見惚れていたことを怒っているのか?」
クロエは背中を向けたままふるふると首を横に振った。
「じゃ、新しい遊びか? ルールを説明してもらえないとわからない」
困り果てた声でアスランは言うが、彼女からの返事はない。アスランは細く息を吐くと、ゆっくりとクロエに近づき彼女のそばで腰を下ろした。
「クロエ?」
彼女の名を呼び、肩に手をかけた。すると彼女の身体はびくりと大きく震え、怯えたようにこちらを振り向いた。頬は真っ赤に染まり、今にも泣き出しそうな目をしていた。アスランは呆気にとられた顔でクロエを見つめた。
「もしかして……緊張してるとか?」
クロエは目尻に涙を浮かべ、小刻みに震えながらこくりと小さくうなずいた。その初々しい表情にアスランは心臓を打ち抜かれるような衝撃を受けた。
(これは、反則だろう)
これまで散々こちらのハードルを下げてきておいて、ここぞという場所で魅力を全開にしてくるなんて……さすがは策略家と名高いハッシュの妹なだけはある。アスランは感心してしまった。
「ごめん、アスラン。明日とか、一年後とか、五年後とかにしない?」
震える唇でクロエは言う。アスランは破顔し声をあげて笑った。
「選択肢に幅がありすぎだろ。ものすご~いテクニックを披露してくれるんじゃなかったのか?」
アスランが意地悪を言うと、クロエはたじろいだ。いつも押されっぱなしだったアスランはそれがやけに嬉しい。
「知識はあるのよ。それは誰にも負けない自信があるんだけど……」
必死に言い訳するクロエをアスランは思いきり抱き締めた。
「悪いけど、一年も……いや、一日だって待てないかも」
アスランはゆっくりと顔を近づけ、赤く色づいたクロエの唇を優しく奪った。ふたりの初めてのキスだった。柔らかで甘い禁断の果実に、アスランは酔いしれた。鼓動はどんどんと速まり、息をするのも苦しいほどだった。
「アスラン?」
毎日のように聞いていた彼女の声がいやに官能的に響く。アスランはクロエは見つめて、言った。
「これも運命かもな。運命には逆らえない……だろ?」
そして、もう一度唇を重ねた。彼女の肩にかけていた手をおろそうとしたところで、アスランはぴたりと動きを止めた。
「うっ」
「どうかした?」
クロエがアスランの顔を覗きこむと、彼は苦しそうに顔をゆがめている。
「えぇ。私とキスするのそんなに嫌だった?」
クロエの誤解をアスランは慌てて解こうとする。
「ち、違う。ドキドキし過ぎて息が苦しくて……」
「ちょっとアスランー!」
アスランは息を絶え絶えになり、意識がもうろうとし始めた。クロエの声がどんどん遠ざかっていく。
結局、アスランは一年とはいかずとも結構待った。いや、待ったのはクロエの方かもしれない。
了
なんだかアスランがそんなにクロエを好きじゃないようにみえますが……彼は不器用なので自覚がないタイプなんだと思います。罰として最後はかっこ悪い感じにしてみました。
このお話を書いていたら、マイトとハッシュの恋のお話も書きたいな~と思い始めたので時間にある時に追加するかもしれないです!主役ふたりのもいつか!




