番外 バチェラーパーティーの夜は1
作者の贔屓によりまたも番外編の主役はアスランです!
部屋に入ったアスランの目に飛び込んできたのは、分不相応すぎるほどの高級酒とごちそうの数々だった。ここは上官であるマイトの私室で、食事も酒もすべて彼が手配してくれたものだ。
「じゃ~ん。僕のかわいいアスランのために奮発しちゃった!」
いつまでたっても少年のようなかわいらしさを維持し続けている彼がアスランに笑顔を向ける。
「いつもマイトに仕事を押し付けられているんだ。遠慮することはないぞ」
ハッシュが高級酒を惜しげもなく注ぎ、アスランに手渡した。アスランは受け取り、ぐびりとひと口、喉に流し込む。芳醇な風味が口いっぱいに広がり、アスランは思わず「うまい」とうなった。
「レナート様も参加すればよかったのに~」
「自分がいてはアスランが気を遣うだろうからとのことだ」
「高貴な生まれなのに、妙なとこで庶民的な気遣いするんだね」
「それは殿下の美点だろう」
レナート将軍がこの場にいたら、たしかにとてもじゃないが酒など飲めないだろう。だが、アスランはそもそもなぜ自分がこの場に主役として参加しているのかもよくわかっていなかった。
「ま、なにはともあれ今夜は無礼講で盛り上がろうか! アスランの独身最後の夜だもんね」
マイトにはっきりそう宣言されても、首を傾げざるをえなかった。
「独身最後の夜ってことは……俺、明日には既婚者になるってことでしょうか?」
「そうだねぇ、そういうことになるよね」
マイトはまるで他人事で、うんうんとうなずいている。そこにハッシュが追い打ちをかけた。
「君は明日うちの妹と結婚式を挙げて既婚者になる。残念ながら、もうくつがえせない事実だ」
「そうそう、今さら返品されても困っちゃうもんね」
アスランは呆然とつぶやいた。
「俺がクロエと結婚……」
戦場で初めて会ったあの日から、クロエとの関係はなにも変わってはいない。クロエが一方的に喋りまくりアスランは呆れ気味にそれを聞いているだけだ。知人と友人の間のような関係。少なくともアスランはそう認識していた。
「どうして俺があのおかしな女と結婚を?」
アスランは兄であるハッシュの存在も忘れ、思わず本音をこぼしてしまった。マイトが同情めいた眼差しをアスランに向ける。
「クロエに目をつけられちゃった時点でね、もうアスランの負けだったんだよ」
「あいつは思い込みだけで生きてるからな」
なんだかよくわからない間に、クロエはアスランの両親と仲良くなっていていつの間にか結婚式の日取りまで決まっていたのだ。身分が違うとクロエの両親が反対してくれるのをアスランは期待したのだが、彼らは大喜びで娘を押し付けてきた。
「兄の欲目で見ても……取り柄は少なく欠点は多い女だが、まぁ身体は丈夫だ。そこは保証する」
貴族のご令嬢に対する評価とはとても思えないような言葉をハッシュは口にして、これまた憐みの目でアスランをいたわった。
「まぁ、頑張ってくれ」
アスランの結婚話はもう終わったものと、マイトはハッシュに水を向ける。
「ていうか、ハッシュは妹に先を越されちゃっていいわけ?」
「お前もまだ独身だろう」
ずばり言い返したハッシュの言葉をマイトは笑って受け流す。
「僕はほら、レナート様の愛人だからさ~」
「ただ遊んでいたいだけのくせに」
ハッシュの言う通り、マイトはこう見えて遊び人で恋の噂は数知れずだった。ハッシュのほうは真逆で、浮いた話などアスランは一度も聞いたことがなかった。
「私は女性を見る目が厳しいんだ」
「それって、モテない男の特徴じゃ……いたっ」
ハッシュに頭をはたかれて、マイトは顔をしかめる。
アスランの独身最後の夜はこうして賑やかに過ぎていった。
(って、本当に独身最後の夜になるのか? 結婚を申し込んだ覚えもないのに!?)




