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終章

 戦は終結し、オディーリアはレナートとともに王都アーリエに帰還した。国民は熱狂と歓喜の声で迎えてくれた。オディーリアを女神と崇める声はますます高まり、もう王都ではその名を知らぬ者はいない。

 レナートを次期国王にと推す声もいっそう大きくなり、その声に後押しされる形で国王は自身の後継者をレナートにすることを発表した。レナート自身も国王になる決意を固めたようだった。


「クリストフが王になりたいのなら、俺は将軍としてサポートするのでもよいと思っていた。だが、私利私欲のために敵と通じるような卑怯者にこの国の未来を委ねるわけにはいなかない」


 断罪されたクリストフは恨みがましい目でレナートを睨みつけた。


「お前自身がそう思っていても、周囲はそれを許さなかっただろう。お前が生きている限り俺は王にはなれない。だから、後悔はない」

「バハル兄上を仲間に引き入れたのは自身が疑われないためか?」

「そうだ。お前はバハル兄上のことは微塵も疑ってなどいなかったからな」


 レナートはうなだれているバハルに視線を向ける。バハルはレナートにとって信頼できる兄だったはずだ。彼の痛みが伝わってくるようで、オディーリアの胸もぎゅっと締めつけられた。


「結果的にそれが自分の首を絞めることになったな。クリストフなら、ナルエフとロンバルで剣の構えが違うことに気がついただろうに」


 クリストフは眉根を寄せて、バハルに問う。


「どういうことです? ロンバルの王子から送られた兵は徹底的にナルエフ式に教育するよう進言したでしょう。剣の構えのことも話したはず」


 この発言にはレナートも驚いた。クリストフと揃ってバハルを見つめ、彼の言葉を待った。


「直前になって、わからなくなったんだ。本当にレナートを殺していいのか……だからレナート自身に委ねてしまったんだ。スパイの存在に気がつくかどうか」


 バハルはあえてスパイをそのまま送りこんだと言うのだ。予想もしていなかった裏切りに、クリストフは大きく天を仰いだ。バハルはレナートに向けて、言葉を続ける。


「お前は俺にとって自慢の弟だった。だが、レナートが第一王子だったらよかったのにとみなから言われ続けるのは苦しかった。羨望はいつしか妬みに変わってしまった」

「バハル兄上……」


 バハルは優秀で人望もある。健康に問題がなければ、彼が王位を継いでいたはずだ。

「もういい」


 きっぱりとした口調でそう言い捨てたのはクリストフだった。


「俺もバハル兄上も負けたんだよ。それ以上になにを語ることがある」


 引き立てられていくふたりの背中を、レナートは最後まで見送っていた。

 彼が事前にスパイを見破ったことでナルエフに直接的な損害は出なかった。そのためふたりは死罪だけは免れることとなった。王籍剥奪のうえで離宮で幽閉という刑がくだされた。


 レナートは正式に王太子の身分を賜ることになり、即位式典も開催されることが決まった。

 その夜のこと。少し遅れて部屋に入ったオディーリアを、待ちわびていたレナートが出迎えた。


「遅かったな」


(驚くかな? 怒るかな?)


 オディーリアは期待半分不安半分で、おそるおそる口を開いた。


「う、うん。クロエとマイトと少しお喋りしてたの」

「お前……」


 レナートは大きく目をみはった。オディーリアの声は鈴の音のように清らかなものへ変わっていた。


「ごめんなさい!」

「解毒剤を飲んだのか。捨てたはずだったのに」


 レナートは怒っているというよりは呆れているようだった。


「マイトが拾ってくれてたの。それでこっそり私に」

「まったく。あいつは目端がききすぎるな」


 オディーリアは弁解するように言葉を重ねた。


「マイトを怒らないでね。私が声を取り戻したがってたのを知ってたから……」

「白い声などいらないと言ったろ。それに俺はお前のしわがれた声が気に入っていたのに」


 レナートにそう言われてオディーリアはしゅんと肩を落とした。


「この声は好きではない?」


 するとレナートはむっとした様子で、オディーリアの腰を引きよせた。頬にキスを落としながら言う。


「そうは言ってない。今の声も好きだ。透き通るように綺麗でお前によく似合う」

 「あのね、治癒能力はレナートが必要ないと言うならもう使わない。約束する。ただ……」

「ただ?」


 レナートはぐっと顔を近づけ、オディーリアの言葉を待つ。


「レナートに私の歌を聴いてほしかったの。歌だけはちょっと自信があるから」

「歌以外もお前はすべてがいいぞ」


 直球すぎる誉め言葉にオディーリアは頬を染めた。そんな彼女をレナートは愛おしげに見つめ微笑んだ。


「わかった。じゃあ聴かせてくれ」


 薄墨の夜空に溶けていくような滑らかな声で、オディーリアは歌う。生まれて初めて愛した人、そして生まれて初めて愛してくれた人への思いをこめて。レナートは目を閉じ、その極上の歌声に耳を傾けた。


「ね、なにか聞こえない?」

「音楽? ううん、歌だわ。なんて美しいのかしら」


 女神の歌声は風に乗り、はるか遠くの地までキラキラと輝く光となって降り注ぐ。そして、この夜は多くの傷ついた人々に信じられないような奇跡が起きたのだった。



長らく更新が滞っていましたが、ようやく完結させることができました。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

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