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決戦3

 彼女の言葉を、イリムは自分に都合よく解釈したらしい。


「そうか。俺の傷を治してくれるのか! さすがはロンバル一の聖女、オディーリアだ。解毒剤はブレスレットの中に隠してある。エメラルドの部分が蓋になってるんだ」


 自分の命のためならばと、イリムは解毒剤のありかをペラペラと喋りだした。


 オディーリアは彼の手首に飾られたゴテゴテと悪趣味なブレスレットを外し、言われた通りにエメラルドの部分をこじ開けた。中には小さなカプセルが入っていた。


「それを飲んで、早く俺のこの傷を治してくれ。血が止まらないんだ」


 大した傷でもないのにわめきたてているイリムを無視して、オディーリアはレナートに向き直った。心の底から安堵したような笑みを浮かべる。


「これでやっと、あなたの役に立てる。本物の女神になれるわ」


 オディーリアのこの笑顔を見て、レナートはようやく彼女のこれまでの言動の理由に思い至った。


「そういうことか」

「私が誰を思っているか、レナートが一番わかっているはずでしょう」


 オディーリアはふふっと花がほころぶような笑みを見せた。そんな彼女の背中にイリムは叫び続ける。


「オディーリア。どういうことだ? 早く俺を助けてくれ」


 オディーリアは振り返って、イリムににっこりと笑いかけた。


「もう助けたわ」

「は?」

「私が助けたかったのは解毒剤。あなたはもう用済みよ」

「そんな……」


 イリムの顔からさぁと血の気が引いていく。このままほうっておいても勝手に死んでくれそうだ。


「レナート将軍。お気持ちはわかりますが、彼はクリストフ殿下たちの背信行為の大切な証人です。生かしておかなくては」


 冷静にそう助言してくれたのは、真面目なアスランだった。隣でマイトもうんうんとうなずく。


「それに、こんな小物のためにレナート様の剣を汚すのはもったいないよ。証言させてから、野良犬の餌にでもすればいい」


 部下にたしなめられたレナートはちょっとふてくされたような顔で床に落ちたままだった剣を拾い、鞘に戻した。


「わかっている。少し脅しただけだ」

「にしては、顔がマジでしたけどねぇ」

「とにかく、この王太子殿下をとらえておけ。国王陛下のもとで証言させる」

「は~い」


 マイトたちがイリムを連れて出ていくと、天幕にはまたレナートとオディーリアのふたりきりになった。レナートはオディーリアのお腹に腕を回し背中からぎゅっと抱きしめた。

「お前を疑うつもりはなかったはずなんだが……それでもさっきは少し焦った」


 彼らしからぬ拗ねたような口調がかわいくて、オディーリアはクスクスと笑い声をあげた。レナートの手の上に自分の手をそっと重ねる。


「私がイリムを助けたがっていると思いましたか?」


 いたずらっぽい瞳でオディーリアが振り返ると、レナートはますますむくれた。


「俺はお前とあいつの過去はよく知らないからな」


 元婚約者としての情があるのではと、レナートは誤解したようだ。


「う~ん。イリムとのことは……」


 オディーリアはそこで言葉を止め、考える素振りをした。それを見たレナートはゆるゆると首を横に振った。


「いや、いい。話したくないことを無理やり聞き出したいわけじゃない」


 オディーリアはぷっと小さく噴きだした。


「そうじゃないです。語るほどの思い出も気持ちも、な~んにもないなぁって」


 じっくり考えてみても、レナートに話せるようなことはなにも思いつかなかった。オディーリアはレナートに向き直ると、その温かい胸のなかに飛び込んだ。

「私はレナートに出会ったあの日に魂が宿ったのかもしれません。ロンバルでは意思のないお人形だと言われていました。でも今はたくさんの感情があります。クロエやマイトが大好きだし、レナートを幸せにしてあげたいと思うし、それに自分も幸せになりたいです! 自分がこんなふうに変われるなんて、思ってもいなかった」

「そうか」


 レナートはいつくしむような眼差しでオディーリアを見つめ、微笑んだ。


「オディーリア。さっきあの男から手に入れた解毒剤を見せてくれ」

「これですか?」


 オディーリアはブレスレットをレナートに差し出す。彼はそれを受け取るやいなや、天幕の外に向かって放り投げてしまった。大粒のエメラルドがキラリと宙で輝いた。


「あぁ。なんてことを!」


 オディーリアは外を見つめて、落胆のため息を落とす。レナートはくしゃりと破顔すると、幼い子供をあやすようにオディーリアの身体を高く持ち上げた。


「わっ」

「白い声は不要だ。そんなものなくても、オディーリアは永遠に俺の女神だ」


 レナートはゆっくりとオディーリアに顔を近づける。鼻先は触れ合う距離でそっとささやいた。


「愛してる、俺のオディーリア」


 ついばむようなキスは繰り返すうちに、どんどん深く甘くなっていく。オディーリアの唇からは切なげな喘ぎが漏れる。レナートの大きな手がオディーリアのお腹を撫でまわす。くすぐったいような、もどかしいような感覚にオディーリアは悶えた。


「もっ、ダメです。こんなときだし……」


 ここは戦場のど真ん中だ。イリムをとらえ、ナルエフの勝利で戦は終結しているもののレナートにはまだまだやるべき仕事が残っているだろう。


「俺の部下は優秀だからなんの問題もない」

「で、でもっ」

「戦場の女神は、死ぬ気で戦った将軍にこれくらいの褒美も与えてくれないのか」


 にやりと唇の端を持ち上げたレナートに、オディーリアは自身の敗北を悟った。


「止めたくない。そう思ってるのは、俺だけじゃないだろう」

「もうっ」


 オディーリアは彼の首筋に腕を回すことで、彼に応えた。


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