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ティラ4

 もたらされた吉報にイリムは薄く微笑んだ。


「そうか。やはり生きていたか」


 側近は頭を垂れたまま、イリムに報告する。


「はっ。ナルエフ軍で戦場の女神と評判になっている女がいるようなのですが、その者がオディーリア様かと思われます」

「女神?」


 イリムは自身の顎を撫でながら、はてと首を傾げた。


「あいつの声は奪ったはずだろう?」


 側近も困惑気味の表情で話を続ける。


「えぇ。そのはずなんですが……」

「まさか、白い声を失っていなかったのか」


 イリムは眉をつりあげた。失った自分が大打撃をうけているあの力を、敵国に渡してしまったとなれば大問題だ。


「いえ、それはありません。そうではないんです。なんでも、魔力ではなくあの笑顔に癒されるなどとナルエフの兵は申しておりまして」

「笑顔?」


 イリムの知るオディーリアには最も無縁な単語だった。いつも無表情で、笑いもしなければ、怒りも悲しみもしない。オディーリアは感情のない人形のような女だった。


 イリムは側近の持ってきた話を疑いはじめる。


「その女神とやらは本当にオディーリアなのか? まったくの別人じゃないだろうな」

「私も最初はそう思ったのですが、白銀の髪に紫水晶の瞳を持つ絶世の美女。女神とやらの話を聞けば聞くほど、オディーリア様としか思えず……」


 白銀の髪は希少だ。ロンバル人にもナルエフ人にもほとんど見かけない。


「まぁいい。この戦に勝利するのは俺だ。そうなれば、その女神とやらも俺のものになる」


 その女の正体は、レナートを殺した後でじっくりと確かめればよい。イリムはそう考えオディーリアの話を打ち切った。いま重要なのは、オディーリアではなくレナートの喉元に放ったスパイの動向のほうだ。


「あいつらからはまだなんの報告もないのか。そろそろあの男をここに連れてくる手筈になっていただろう」

「そうですね。ですが、怪しまれぬよう連絡は必要最低限と言いつけましたから。連絡がないのは首尾よく進んでいる証かと……」

「だといいんだがな」

 イリムは横柄な仕草で足を組み替えた。すると、その瞬間にイリムの天幕に数名の兵がなだれ込んできた。側近がイリムを守ろうと前に歩み出た。彼は兵に向かって短く叫ぶ。


「止まれ! 我が軍の鎧だが……まさかナルエフ兵か?」


 自軍の鎧を身に着けているが、どこか異質な空気をまとう兵たちはにやりと笑ってイリムを見つめた。


「ご心配なく、イリム殿下。我々はあなたの味方です」


 その言葉にイリムと側近はほっと安堵のため息をついた。


「では、ナルエフの王子殿下の?」

「えぇ、そうです。私たちは殿下の配下のものです。実は作戦を変更せざるをえない事態になりまして」

「なにがあった?」


 話を聞いていたイリムも椅子から立ち上がった。その一瞬の隙をついて、一番後方にいた兵士がぴょんとイリムに飛びかかり、うなじをひと突きした。イリムは膝から崩れ落ち床に倒れこんだ。


「ひぃ。イリム殿下」


 驚いた側近は腰を抜かして後ずさる。


「な、お前たちは何者だ?」


 イリムをしとめた小柄な兵士が顔をあげてにこりと笑った。


「ナルエフのレナート殿下の配下のものさ。嘘はついてないよ」

「マイト隊長。悠長にお喋りしてる暇はありません。ここは敵陣。さっさと引き上げましょう」

「はいはい。真面目だなぁ、アスランは。ちょっとごめんね」


 そう断りを入れてから、マイトは側近の男のうなじにもひと突きお見舞いし、彼を失神させた。


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