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ティラ3

 ひとたび戦が始まると、レナートとゆっくり過ごす時間などは取れなくなった。彼は前線に出たきりで宿営地に戻らぬ日もあるし、オディーリアも物見遊山に来ているわけではない。負傷兵の看護という仕事があった。


「状況はどうですか?」


 オディーリアは比較的軽傷の兵士を選んで、戦況を聞く。


「女神様! なにも心配はいりませんよ。ロンバルはかつては大国と呼ばれていましたが、今やもう我々の敵ではないですね」


 彼らはもちろんオディーリアの故国がロンバルであることなど知らない。ロンバルの凋落ぶりを嬉々として語ってくれた。


(たしかに。今の国王が倒れたらロンバルの衰退はもう止められないだろう)


 なにせ次の国王はあのイリムなのだ。政治・軍略・人望・知性に教養、どれを見ても彼がレナートの相手になるとは思えなかった。ふたりを間近に見てきたオディーリアにはそれがよくわかる。


「こう言っちゃなんですが、ロンバル軍を指揮している王子はあまり戦上手には見えないです。ロンバル兵は優秀なんですが」

「ロンバルの王子はどのあたりにいるの? 前線に出てる様子?」


 お喋り好きらしい兵たちは聞き知った情報をあれこれとオディーリアにも教えてくれた。それらの情報を総合すると、イリムは今回もロンバル軍の本営の奥深くにこもっていて戦場には出てきていないようだ。

「ふぅ。イリムの剣はただのアクセサリーだものね」


 彼は昔からそうだった。本人は巧妙に隠しているつもりのようだが、彼はそもそも身体能力が高くない。はっきり言うと、運動音痴なのだ。予想通りではあったが、オディーリアは頭を抱えた。ロンバル軍の本営にいる彼に会うのはなかなか難しいだろう。ロンバル兵は自分を覚えていて迎え入れてくれるかもしれないが、そこに辿りつくまでにナルエフ兵に見つかまってしまうだろう。この状況でロンバル側と接触しようとしているなんて、スパイだと疑われて文句は言えない。そうなれば、レナートの責任問題にもなる。


『あなたの失態はそのままレナート殿下の弱みになる』


 いつかハッシュに言われた言葉を思い出す。今回の戦にはクリストフも来ている。レナートの評判を落とすような真似は絶対にできない。


「歯がゆいなぁ。すぐ近くにいるのに」

「どうしたのよ、オデちゃん。難しい顔しちゃって」


 今回も一緒に来てくれたクロエがひょいとオディーリアの顔をのぞきこむ。


「ううん。なんでもないの。それよりクロエは大丈夫?疲れてない?」

「全然! さっき、アスランに包帯の巻き方がマシになったと褒められたのよ。オデちゃんから戦場の女神の座を奪っちゃう日も近いかもしれないわ」


 オディーリアの口元が自然と緩んだ。いつでも、どんなときでも明るいクロエをオディーリアは心から尊敬している。

「うん。女神の名前はクロエのほうがふさわしいわ」


 だって、彼女は白い声などなくてもみんなを元気にできる。オディーリアからすれば、それは魔法のように思えるのだ。


(そうか。レナートの言いたいこともコレだったのかも……)


 オディーリアは彼の気持ちを初めて理解したような気がした。聖女の力がなくてもできることはある。いつもレナートやクロエがオディーリアに力をくれるように。


 褒められたのに、クロエはなぜか不満気に唇をとがらせている。


「そんな~後宮で女の争いがなくて退屈しているオデちゃんに女の争いを提供してあげようと思ったのにー。ね、私と女神の座を巡ってバチバチと戦おうよぉ」

「そんな展開、誰も求めてないと思う……」


 クロエはいつでもどこでも相変わらずだ。


「やだ~。オデちゃんが大人の女になっちゃってる~。つまんなーい!」


 くだらない話を延々と続けるクロエを無視して、オディーリアは兵士たちの看護に戻った。


(白い声は取り戻したい。でも今は、自分にできること、兵の看護をしっかりしよう。それがきっとレナートのためにもなる)


 イリムには会いたいが焦りは禁物だ。余計なことはせずにじっとチャンスを待ってみよう。オディーリアはそう決意した。


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