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ティラ1

 ティラは緑豊かな美しい国だった。ロンバルにもナルエフにもない珍しい花々がオディーリアの目と鼻を楽しませてくれる。爽やかな風が頬を撫で、まるでピクニックにでもきているかのような牧歌的な気持ちになる。長い列を作って進む軍の姿がなければ、ここがこれから戦場になるのだなんて誰も信じないだろう。


「こんなに綺麗な景色なのに」


 馬上で揺られながら、オディーリアは思わずつぶやく。言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。隣にいるレナートだって、好き好んで他国の領土を荒らそうとしているわけではない。誰よりも戦上手な彼が、戦を心底嫌っていることはよくわかっているつもりだ。


「ごめん」


 無神経な発言を詫びるオディーリアに、レナートは気にするなと言うように首を横に振った。


「気にするな。むしろ、正直にそう言ってくれる人間をそばに置いておきたい。俺のしていることは残虐非道な行為だ。それを忘れて麻痺するようじゃ困るしな」

「うん……」


 オディーリアは小さくうなずいた。そんなことないと嘘をつくことは彼女にはできなかった。レナートを愛している。将軍の責務を全うする彼を誇らしいとも思う。だが、殺戮は殺戮だ。それはどうしても肯定できない。

 難しい顔でうつむいてしまったオディーリアの頭をレナートはポンポンと叩いて、にこりと笑ってみせた。


「俺はお前のそういうところがものすごく好きだ。そのままでいい。ずっとそのままでいろ」

「はい」


 レナートはこうやって簡単に自分の心を軽くしてくれる。自分も同じようにしてあげたいと思うのに、生来から不器用なうえに、これまでろくな人間関係を築いてこなかったオディーリアにはとても難しい。オディーリアは自己嫌悪のため息をもらす。


「私、レナートみたいな人間になりたいです」


 それを聞いたレナートはくしゃりと破顔した。


「俺は自分に似た女など好きにならないぞ。絶対にやめてくれ」

「そうですかね。きっとモテると思うけど」


 もしレナ―トが女性だったら、自分なんかよりずっと魅力的で、さぞかしモテることだろう。


「お前は俺にモテている。それで十分だろう。むしろ他の男に好かれることなど許さないぞ」

(そういうことじゃなくて……レナートみたく強く優しい人間になりたいって意味なのに)


 オディーリアは少しむくれてみせたが、すぐに「まぁいいか」と表情を緩めた。レナートの子供のような嫉妬はかわいくて嬉しい。それに、彼がそのままでいいと言ってくれるのならそれでいいのだ。レナートも言うように彼以外の人間に好かれる必要などないのだから。


 オディーリアはレナートに出会って、ようやく自己を肯定してあげることを覚えた。自分を愛することはとても難しい。でも、自分を愛することができて初めて人は幸せになることができるのだ。


(もしかしたら、イリムは私の恩人なのかもしれない)


 彼の愚かな行動がなければ、レナートと出会うことなどないまま、一生を終えただろうから。


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