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思惑

 戦場の宿営地としてはいやに豪華なその部屋で、イリムはゆったりと椅子に腰かけ自身の側近からもたらされた報告を聞いていた。話を聞き終えたイリムはふふんと満足気に鼻を鳴らす。


「なるほど、いい作戦だ。あの男の断末魔が楽しみだな」

「ナルエフの王子はよほど弟が憎いのでしょうね」

「情けない男だがな。でもまぁいい。あの男を殺すだけでティラが手に入るのなら、ありがたいことだ」


 イリムは右手に握っていた長剣を高くかがげ、ぺろりと舌なめずりをする。気分が高揚するのを感じた。自分に屈辱を与えたあの男にこの手でとどめをさす。愉快でたまらない。


「ナルエフ軍にもぐりこませた駒とはしっかり連絡が取れているのか」

「はい、準備は万全です。必ずレナート将軍をとらえてくることでしょう」


 ナルエフ軍のなかにスパイを潜りこませることはあちらからの提案だった。イリムは腕がいいと評判の十数名をナルエフへ送った。あとはあちらの采配で、スパイはレナート軍の懐深くに入りこんでいるはずだった。


「では、私はこれで。万事、作戦通りにすすめますので」


 頭を下げ退出しようとする側近に、イリムは声をかけた。

「もうひとつ。今回の戦ではお前に大事な仕事を任せたい」

「はっ。なんでしょうか」

「オディーリアだ。あれがナルエフでどうしているか探れ」


 側近はいぶかしげに眉をひそめた。


「オディーリア様はレナート将軍の元に……生かされているとは到底思えませぬが」


 敵国の王子の婚約者だ。たしかに厚遇される存在ではない。


「だが、あれだけの美貌の女はそうはいない。慰み者として生かされている可能性も十分にあるだろう」

 あのとき、あの男はオディーリアの容姿を気に入ったようだった。案外まだ生き延びているかもしれない。


「あれが生きているなら取り戻せ。かわいげのない嫌な女だが、俺の輝かしい戦績のためにはもう少し仕事をしてもらわなければ困る」


 毒を飲ませて聖女の力は奪ったが、解毒剤はある。取り戻せたなら、白い声を返してやってもいい。イリムはそう考えた。


「ですが、オディーリア様本人が拒否するのでは? あっ、いえ、余計なことを申しました」


 うっかり口を滑らせた側近は、慌ててイリムに詫びた。正論を言ってはイリムが機嫌を損ねると思ったのだろう。だが、彼の想像に反し、イリムは声をあげて愉快そうに笑う。

「あれは綺麗なだけのお人形さんだ。自分の意思などない。言われたとおりに動くはずだ」


 自分を捨てた男の元でもう一度働くなど、普通の女ならばたしかに拒絶するだろう。だが、オディーリアは普通の女じゃない。人間らしい感情など持たない女だ。そこが気味悪くもあり、便利なところでもある。


「は、はい。では、行方を探ってみます」


 イリムはくっくっと肩を震わせて笑い続けた。


「返してもらうぞ。一応は俺のかわいい婚約者だからな」


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