夜会3
オディーリアもこのパーティーを思いのほか楽しんでいた。国王陛下を紹介されたときはさすがに緊張したが、レナートが親しくしている人たちは気のいい人間ばかりで会話も弾んだ。大勢の人間とお喋りに花を咲かせるなんて、ロンバルにいた頃にはとても考えられないことだった。
だが、「女神、女神」ともてはやされるのだけはつらい。
(クリストフのように、偽物だと責めてくれたほうがまだ気が楽だわ)
「元々、ナルエフには治癒能力を持つ聖女なんていない。女神は精神的な支えであって、誰も
特殊な能力なんて期待してない。美しい娘が戦場で共に戦ってくれる。それだけで十分なんだよ」
レナートの主張も理解できないわけではない。でも、現実に戦場で役に立っていたという過去があるからこそオディーリアは心苦しくてたまらなかった。
帰り際、ハッシュがレナートには聞こえないようオディーリアに忠告した。
「病により王位継承が不可能なバハル殿下。レナート殿下を敬愛しているジル殿下。このふたりをのぞいた王子たちは敵です」
「敵対関係にあるの?」
クリストフ以外は友好的なように見えたのだが、そうでもないのだろうか。
「少なくとも、味方だと断言はできません。決して油断しないでください。あなたの失態はそのままレナート殿下の弱みになることをお忘れなく」
「う、うん」
ハッシュにはうなずいてみせたが、オディーリアの胸は不安でいっぱいになった。なんの力もない偽物の女神、敵国であるロンバルから来た女、地位も名誉も財産もなにも持ってはいない。そんな自分が彼のそばにいて、本当にいいのだろうか。
(役に立たないどころか、足を引っ張ったらどうしよう)
寝室でふたりきりになった後で、オディ―リアはレナートにある提案をした。
「正妃?」
「はい。やっぱり私みたいな側室がひとりだけ……ではダメだと思うんです。きちんとした正妃を迎えたほうが」
「なぜ急にそんなことを言いだす? ハッシュあたりに入れ知恵されたか」
呆れ顔の彼をオディーリアはなんとか説得しようとこころみる。
「一国の王になろうというあなたには支えが必要だと思います。私は、そばにいられるだけで十分ですから」
「別に俺は王になりたいとは思ってないぞ」
レナートはあっけらかんとそんなことを言う。王位に執着しないという彼の性格はよくわかるが、ハッシュやマイトは彼が国王になると信じて疑ってはいないし、なにより国民もそれを望んでいることだろう。
「民の声をあなたが無視できるとは思えません。レナートはきっと王になる」
「ま、もしかしたら王になることもあるかもしれん。けど、王になっても俺の妻はお前ひとりでいい」
「そんな無茶苦茶な」
国王となれば、さすがに正妃を迎えなければならないだろう。それはレナートだってわかっているはずだ。
「どうしてもというなら、オディーリアを正妃にする」
レナートはニッコリ笑うと、オディーリアの身体を引き寄せそのまま強く抱きしめた。ふわりと
香る彼の匂いに、オディーリアは昨夜の濃密な時間を思い出してしまった。
オディーリアは慌てて強く頭を振った。
(なにを馬鹿なことを考えて……今日は真面目に話を……)
「俺はお前にベタ惚れで、他の女など目に入らないからな」
「私は真剣に話しているのに。もうレナートなんて知りません!」
オディーリアはレナートの腕をほどくと、ひとり先にシーツにくるまった。
(白い声を取り戻すことはできないだろうか)
白い声は必ずレナートの役に立つ。地位も身分もないオディーリアが唯一レナートにあげられるものだ。それに、聖女の力が戻ればアテナの名も真っ赤な嘘ではなくなる。なんに力もないまま女神を騙り続けることは危険な気がする。ハッシュの忠告を思い出す。油断してはならない。他の王子、クリストフに弱みを見せてはいけない。
レナートはオディーリアの横顔を覗きこむ。思いつめた顔をしている彼女に、珍しく強い口調で呼びかける。
「オディーリア。おかしなことは考えるなよ。俺はお前がそばにいてくれれば、他にはなにも望まない。王位もだ」
オディーリアは彼に背を向けたまま返事をした。
「心配しないで。なにかしたくても、私にできることなんてないもの」
口ではそう言ったが、オディーリアはひそかにある決意をしていた。
(白い声を取り戻したい。なんとか方法を考えてみよう)




