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夜会2

「でもなぁ、もっと地味な恰好でもよかったんじゃないか」


 レナートはオディーリアの全身を眺めながら言う。


「クロエが選んだドレスのなかでは地味なほうだったと思いますが」


 ハイネックにロングスリーブで露出は少なく、清楚で控えめなデザインだ。


「まぁ、お前はなにを着ても美しいだろうから仕方ないか」


 レナートに褒められ、オディーリアは照れた。オディーリアにとって容姿を褒められるのは慣れたことだが、嬉しいと思ったのは初めてだ。

(相手がレナートだと、どうしてこんなにも心が弾むんだろう)


 オディーリアが胸の高鳴りを不思議に思っているところに、ひとりの少年がやってきた。


「レナート兄様!」


 十五、六歳だろうか。面差しにまだ子供らしさを残している。


「ジルか。元気にしてたか?」

「はい!」


 ジルと呼ばれた彼の頭をレナートはくしゃりと撫でた。ハッシュが横からオディーリアに説明をしてくれる。


「末の王子のジル様です」

「あぁ、仲がいいという弟さん」


 ジルはくるりとオディーリアを振り返ると、恭しくお辞儀をしてみせた。


「第八王子のジルと申します。噂のアテナにお目にかかれて光栄です」


 レナートがオディーリアの肩を抱いて、ジルに言う。


「初めて迎えた俺の妻だ」


 寄り添う兄夫婦の姿を見て、ジルは楽しげにクスクスと笑う。


「もちろん知っていますよ。兄様が女性を迎えたことも、その女性がとんでもない美女であることも王都中の噂になっていますから。ほら、他の兄様方の視線もアテナに釘付けでしょう」


 ジルが視線で示した先には身分の高そうな男達がいた。どうやら、あの一団がレナートの兄王子達らしい。

「あれがレナートのお兄様たち?」

「あぁ、紹介するよ」


 レナートはにこやかだが、ハッシュは眉をしかめて厳しい顔つきになった。それを不思議に思っていたオディーリアにジルが教えてくれる。


「僕と違って、あの人たちのなかにはレナート兄様をよく思わない者もいる。十分に気をつけて」


 ジルの忠告の意味はすぐにわかった。第二王子だと紹介されたクリストフ。彼がレナートを目の敵にしているようだ。


「なるほど。これだけの美貌の女神が戦場に舞い降りたとなれば、兵の士気があがるのも納得だな。病と戦う私にも、どうか君の加護を分けておくれ」


 第一王子のバハルは線の細い優しそうな青年だった。どこの馬の骨とも知れないオディーリアにも気さくに声をかけてくれる。


(身体が弱いという第一王子様。たしかに、顔色があまり良くない。血の巡りが悪いのかしら)


 オディーリアはバハルの手を取ると、祈りの言葉を捧げた。


「あなたに女神の加護が届きますように。それから、冷たいものは控えて温かい食べ物を多く取るようにしてください」

「ありがとう」


 弱々しいバハルの笑顔にオディーリアの胸はちくりと痛んだ。

(祈りの言葉なんてただの気休めだと、この人もわかってる。白い声が……白い声さえ戻れば……病を治してあげられるのに)


「女神を騙る怪しげな女が今度は医師の真似事か? バハル兄上、離れたほうがいいですよ。女神どころか、その女は死神かもしれないですからね」


 クリストフの蔑むような冷たい視線がオディーリアのに注がれる。でも、オディーリアは彼に言い返すことなどできない。


(女神を騙る怪しげな女。その通りだものね)


 レナートがオディーリアをかばうように彼女の前に歩み出た。そして、クリストフを見据えて静かに口を開いた。


「クリストフ兄上。私の妻を侮辱しないでいただきたいな」

「侮辱ではない。ありのままを指摘しただけだ」


 クリストフとレナートの間に不穏な空気が流れる。ピリピリとした緊張感は見ている者にも伝わってくる。


「まぁいい。今夜は偉大なる陛下の誕生日パーティーだ。揉め事はよそう」


 クリストフはおもむろにオディーリアに顔を近づける。そして、にたりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「精々化けの皮がはがれぬよう注意するんだな。奥方様」

 くるりと踵を返して去っていく彼の背中を、レナートとオディーリアは見送った。


「あの人は誰にでもああなんだ。気にするな」


 レナートの気遣いの言葉に、オディーリアはこくりと頷く。


「気にしていません。女神の話は私ではなくレナートの罪です」

「ははっ。たしかにそうだな」


 存外に気丈なオディーリアをレナートは頼もしく思った。オディーリアは別の人間と談笑しはじめたクリストフを見つめている。


「レナートにはあまり似ていないのですね」


 クリストフは爬虫類を思わせる神経質そうな顔立ちをしている。長い黒髪を後ろでひとつに束ねていて、戦場よりは本と書類の似合う文官タイプだ。無表情で感情が読みづらい。


「そうだなぁ。兄弟とはいっても、みな母が違うしな」

「でも、ジルとレナートはよく似ています」


 ジルの持つ明るいオーラはレナートにそっくりだ。ふたりとも太陽に愛されている。


「そうか? なら、あいつはあと数年もしたらいい男になるな。お前を奪われないよう気をつけておこう」


 レナートはほんの軽口のつもりで言ったのだが、オディーリアはこの発言を大真面目に受け取った。

「なにを言ってるんですか? よく似ていてもレナートとジルは別の人間でしょう。私が好きなのはレナートで、それは永遠に変わらないことです」


 不意打ちすぎる愛の告白に、レナートは思いきり動揺してしまった。オディーリアは首をかしげて彼を見る。


「私は怒っているのに……なんで赤くなるんですか? レナートはやっぱり変です」

「いや。世の中にこんなにかわいい生き物がいるなんて……俺が思うより世界は広かったんだな」

「言ってる意味がさっぱりわからないです」


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