夜会1
初めての夜の後は、レナートはそれまでのもどかしかった時間を取り戻すかのように幾度もオディーリアを抱いた。この夜もそうだった。彼の手によって快楽を与えられ続けたオディーリアはぐったりと倒れこむようにベッドに横たわる。
レナートが額ににじむ汗を拭ってくれる。オディーリアはこの甘やかな時間もたまらなく好きだった。
そのとき、コンコンと部屋の扉がノックされた。レナートは怪訝そうな顔をしながらも短く返事をする。
「誰だ。いま開けるからしばらく待て」
「ハッシュです」
予想通りの相手だった。こんな時間に遠慮もなしにレナートの部屋をたずねてこれる人間など彼くらいのものだろう。レナートはオディーリアに服を投げてよこすと、自身も身支度を整えてから彼を出迎えた。情事の直後に人に会うなんて……とオディーリアはなんとも言えない気分だったが、彼らはまったく意に介さない様子で話をはじめた。
話題が急に自分にも及んだので、オディーリアは目を丸くした。
「パーティ―って私もですか?」
「あぁ。国王陛下の誕生日パーティーだ」
レナートが簡単に説明してくれる。
「それなら息子であるレナートが出席するのは当然でしょうけど、なんで私も?」
「お前が出席するのも当然だ。なにせ俺のただひとりの妻なんだから」
オディーリアは慌ててしまった。妻として出席するだなんて、荷が重すぎる。
(公の場で妻としての務めを果たすなんて、私にできるかしら)
「あなたの感情はどうでもいい。戦いの女神がレナート殿下のそばにいることを示すことが重要なのですから」
鋭い声でハッシュは言う。相変わらず、クロエの実兄とはとても思えない陰気なオーラを振りまいていた。
「アテナってまさか私?」
オディーリアが聞き返すと、レナートは笑って首を横に振った。
「そんなに難しく考えることはない。戦場で大きな話題をさらった美しい女神を王宮の連中もひとめ見たがってるんだよ」
「でも、アテナの噂はレナートの策略で!」
(本当の私は、もうなんの力も持っていない)
「なんでもいいから、一緒に来い。俺も美しく着飾ったお前とダンスを踊ったりしたいしな」
「ダンスなんて無理ですよ!」
「なんて言ってたわりには、うまいじゃないか」
優雅なステップでオディーリアをリードしながら、レナートはくすりと笑った。今日の彼は、王子としての正装である騎士の装束に身を包んでいる。紫紺色のジャケットにも、腰に携えた長剣にも、獅子をかたどったナルエフ王家の紋章が刻まれている。
軍人らしいラフな服装もよく似合うが、こういう品格あるスタイルは彼をもっとも輝かせる。その証拠に、この場の視線を誰よりも集めているのは間違いなく彼だった。主役である父王や数多いる兄王子たちよりも。
オディーリアは彼を引き立たせる淡いラベンダーカラーのドレスを選んだ。と言っても、見立ててくれたのはオディーリア自身ではなくクロエだ。サラサラの白銀の髪はゆるく編み込み、高い位置でお団子にしてもらった。
「レナートのリードが上手なんだと思います。私、ダンスはあまり得意ではなかったので」
ロンバルでも一応ダンスの特訓は受けた。王太子の婚約者として必要な嗜みだから。だが、生憎オディーリアにはダンスの才能はなかった。イリムと踊っても下手くそ同士で、とても見れたものではなかった。だが、相手が違うとこうも違うのか。今日のオディーリアは音楽にのれていた。ターンをすれば、スカートのすそがまるで計算しつくされたかのように、ふわりと美しくひるがえる。
「初めて知りました。ダンスって楽しいんですね!」
音楽が鳴りやみ、花がほころぶように笑うオディーリアをレナートは優しく見つめた。
「俺もお前と踊るのは楽しい。できれば、ふたりきりならなおよかった」
「どうしてですか?」
パーティーは賑やかなほうがいいものではないのだろうか。オディーリアがそう問うと、レナートは苦笑する。
「俺の美しい宝物を他の人間に見られたくない」
独占欲を隠さないレナートにつっこみを入れるのはハッシュの役目だ。
「今日は彼女を見せびらかすのが目的です。忘れないでくださいね」
今日はマイトもクロエもお留守番だ。付き添い人はハッシュのみ。悪い人間でないことはわかっているものの、オディーリアはまだハッシュとの接し方がよくわからないので彼が近くにいると少し緊張する。




