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自覚2

 オディーリアは鏡に向かい悪戦苦闘していた。


「だ、だい……す……き?」


 マイトに伝授してもらったテクニックをものにしようと頑張ってはいるのだが、語尾にハートマークは彼女には高すぎるハードルだった。


(私よりマイトのほうが、ずっとかわいいんじゃ…)


 自分のかわいげのなさに、絶望感すら覚える。


(そもそも、私ってレナートをす、好きなのかしら)


 戦場にいるときはそうなのだろうと思った。だが、日常に戻ってみたら、またよくわからなくなってしまった。そもそも、経験がなさすぎて恋愛感情とはなにかが、オディーリアにはよくわからない。


(それに、レナートだって……側室は形だけのものだと言っていたし)


 元々、彼は別に自分を気に入ったから連れ帰ってきたわけではないのだ。ひとりは妻を迎えたという事実が欲しくて、その相手として都合がよかっただけのことだ。

 あのときと今と、彼の心情に変化があったのか……考えてみても、よくわからなかった。 


「なにしてるんだ?」


 背中に届いた声に、彼女はびくりと身体を震わせた。ぱっと振り返ると、そこにはレナートが立っていた。


「い、いえ! 別になにも……」

「鏡なんか見て、珍しいな」


 彼は優しく目を細めたが、オディーリアにはその顔がなんだか浮かないように見えた。


「お疲れですか? 王宮に行かれてたんですよね」

「そうだ。カシュガルとの終戦の報告にな」


 レナートは上着を脱ぐと、ベッドにどかりと座り込んだ。そして、手招きでオディーリアを呼び寄せる。

 オディーリアはそろそろと近づいていくと、ちょこんと彼の隣に腰かけた。


「疲れて見えたか?」

「はい。なんとなくですが……」

「勘がいいな。たしかにひどく疲れていた。だが、お前の顔を見たら回復したぞ」


 そう言ってレナートは甘い笑みを浮かべる。

 その笑顔にオディーリアの心臓は小さくはねた。


(こういう現象は恋……なのかしら。よくわからない)


「王宮にはレナートのご両親が?」


 オディーリアは聞いてみた。そういえば、これまで彼の口から家族について語られたことはなかった。

 だが、彼はきっと両親に愛されて育っているのだろうとオディーリアは想像していた。彼の明るさは、陽のあたる道を歩んできた者特有のものだと思った。オディーリアにはないものだ。

 レナートは特に気を悪くした様子もなく質問に答えてくれた。


「国王陛下……父は元気にしていたが、母はいない。亡くなっているからな」

「えっ。そうだったんですか? ご病気で? あっ、ごめんなさい……立ち入ったことを」


 レナートはオディーリアの過去に必要以上に触れてはこない。そんな彼の思いやりを、ありがたく、嬉しく思うのに……自分は無神経なことを聞いてしまった。オディーリアは自分の言動を恥じた。


「いや、気にするな。話したくないことではない。お前が知りたいなら、なんでも聞いていい」

「知りたい!……です」


 心のままにそう言ってしまってから、オディーリアは自分の発言に驚いた。かつての自分は、こんなふうに誰かの内面に踏み込むことはしなかった。レナートのような、気遣いなんて立派なものではなく、単純に他人(ひと)に興味がなかったからだ。


 だが、彼のことは知りたいと思う。どんな両親から生まれて、どんなふうに育ってきたのか。今の彼が、どのようにして形作られたのか。すごく興味があった。


 レナートは小さくうなずくと、語り始めた。


「母が死んだのは、ずいぶん昔、俺がまだ子供だった頃だ。まぁ、病気といえば病気……なんだろうな」


 彼が語る生い立ちは、オディーリアの想像とは大きくかけ離れたものだった。

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