自覚1
軍事国家であるナルエフの王宮は、きらびやかさとは無縁の堅牢な城だ。国王の住まう正殿までには、何重もの城門が置かれている。
最後の城門を通り抜けて外に出たレナートは、ほっと肩を撫でおろした。
「何度来ても、息のつまる場所だな」
隣を歩くハッシュに思わず愚痴をこぼす。
レナートは13になる歳まで、この王宮で過ごした。だが、懐かしさなどは微塵も感じない。いつも一刻も早く帰りたいと思うだけだ。
「即位されれば、ここがあなたの城になりますよ」
ハッシュはけろりとした顔で、とんでもない発言をする。
「上がいるのに、それを押しのけてか?」
「我が国は長子相続ではなく、実力主義です。ならば、一番玉座に近いのは殿下でしょう」
「うーん」
レナートは苦笑を返すだけにとどめた。
彼には6人の兄と、弟がひとりがいる。そして、ハッシュの言うとおりナルエフの王位は長子相続ではなく実力重視で、国王と議会が指名する制度になっている。つまり、彼を含む8人の王子全員に、次期国王となる可能性があった。
とはいえ、実力以外の暗黙のルールのようなものは存在していた。たとえば、生母の身分が低すぎる王子が後継者に指名されることはほぼない。
レナートの父、現国王陛下には12 人もの妃がいる。側室は国王が気に入りさえすればなれてしまうので、8人の王子のうち5人はこの暗黙のルールにひっかかることになる。
最も血統がよいのは、正妻の産んだ唯一の子かつ第一王子でもあるバハルだが、彼は生まれつき身体が弱く王位を継ぐのは難しいだろうと言われている。
「まぁ……順当にクリストフが継げばいいんじゃないか?」
母親の身分、健康な身体と王となるに足りる知性。これらの条件が揃っているのは第二王子であるクリストフとレナートだけだ。
次期国王はふたりのうちのどちらかだろうと目されている。
その事実はレナートも認識してはいるが……。
「俺は生涯、軍人でいるのが性に合ってるように思うんだがなぁ」
彼はあまり王位にこだわりがなかった。ハッシュはそれを歯がゆく思っている。
「クリストフ殿下をどうこう言う気はありませんが、ナルエフのためを思うなら殿下が王になるべきです」
ハッシュが自分を高く買ってくれていることは嬉しく思うのだが、その意見に素直にうなずく気にはどうしてもなれなかった。
「……お前は知っているだろう。俺はなににも執着しない人生を送りたいんだ」
理想や野心は執着に繋がる。レナートはそれがどうしても嫌なのだ。だが、王になるにはそれらが必要であることも知っている。
ハッシュは悔しそうに、唇を噛んだ。
「では、私やマイトにも執着はしていないんですね? もちろん、あの娘にも?」
「……相変わらず、嫌なところをついてくるな。お前は」
レナートの脳裏にオディーリアのはにかむような笑顔が浮かぶ。
ハッシュの指摘は腹が立つほどに的確だ。
なににも執着したくない。そう言いながらも、やはりレナートにも大切なものはある。ハッシュやマイトの代わりはいないし、オディーリアも……もはや手放すことなど考えられなくなっていた。
「それと王位とは話が別だ」
レナートは無理やり話を終わらせたが、ハッシュもそれ以上しつこく説得しようとはしてこなかった。
彼は知っているからだ。レナートが執着を嫌う理由を。
「クリストフがなぁ……」
レナートは思わずぼやいた。彼が信頼のおける人物なら、レナートが悩むこともないしハッシュだって納得したはずなのだ。
腹違いとはいえ血のつながった兄ではあるが、クリストフは信用できない男だった。頭の切れる男なのだが、利己的で軽薄なところがあった。王の器かと問われると、疑問が残る人物だ。
だが、国は王がひとりで治めるものではない。自分は彼に足りない部分を補う役割を担えばいいのではないか。レナートはそんなふうに考えていた。だが、どこかでそれが自分自身への言い訳であることもわかっていた。
「面倒だな……」
政治的なことより、戦場で馬を走らせているほうがよほど気楽だ。
レナートは憂鬱な気持ちを抱えたまま、帰途についた。無性にオディーリアの顔が見たくなった。




