お悩み相談
レナートの容態が落ち着くのを待って、オディーリア達はアーリエへと戻ってきた。
幸い、彼は順調に回復しており心配していた後遺症も問題なさそうだった。……利き腕も、以前通り動かせるようになった。
「なんかすっかり恒例って感じになったよね。オデちゃんのお悩み相談会!」
「もう寒くて中庭には出られないけどね~。あー、でもやっぱりこうして甘いお菓子を食べられる日常は素晴らしいわ。戦争なんてこりごりよ」
「同感だけど、それだと僕は無職になっちゃうしなぁ」
マイトとクロエは焼き菓子をつまみつつ、楽しそうにお喋りを続ける。平和な日々を嬉しく思うのは、オディーリアも同じだった。
「戦争処理でレナート様やハッシュは忙しそうにしてるけどね」
「ねー。今日も誘ったんだけど、ふたりとも王宮に呼ばれてるから無理だって」
「うげっ。僕、王宮はほんと無理~あの堅苦しい空気、いるだけで気分が悪くなるよ」
皇帝の住まう王宮は、この城からさほど離れてはいない場所にあるらしいが、オディーリアは一度も訪れたことはなかった。もちろん、そんな立場にないことも自覚しているので、行きたいと思ったこともなかったが。
「あっ……今日はあのふたりは、いないほうが都合がいいというか……」
オディーリアがうっかり漏らした本音に、目を輝かせたのはクロエだ。
「え、なになに? オデちゃんのお悩みはあのふたりには聞かれたくないってこと?」
「いや……その、えっと……」
慌てながらも否定はしないオディーリアの態度に、クロエはにんまりと笑う。
「推測その一、うちの兄が小姑みたいでうんざりだから追い出したい」
「そ、それはない。違う、違う」
ハッシュが小姑のようにちくちく嫌味を言ってくるのは事実だが、最近ではわりと慣れてきた。最初は嫌われているせいだろうと思っていたのだが、レナートいわく彼が小うるさいのは元々の性質らしい。
「うーん、じゃあ推測その二。 レナート様が怪我してて夜が不満。浮気相手を募集中! ってのはどう?」
完全に面白がっているクロエをマイトがたしなめた。クロエといるとマイトがとても常識人に見えてくるから不思議なものだ。
「まったく。クロエはすぐそういう下品な話に持っていくんだから。アスランは清楚な子が好みだって言ってたよ!」
「うそ⁉ それって、やっぱり脈ありってことじゃない? だって、私、見た目は清楚だってよく言われるもん」
クロエは目をハートにして、くねくねと身体をよじっている。マイトは付き合いきれないといった顔で、深いため息を落とした。
「つっこむ気力も失せてるけど、一応言っとくと、中身が清楚な子が好みってことだからね。あと、見た目は清楚って多分褒め言葉じゃないから!」
「でも好みのタイプと好きになる相手は違うって、みんなよく言うし~」
「……嫌味じゃなく羨ましいよ、そのポジティブさ。ま、クロエの絶対実らない恋の話は置いといて、オデちゃんの話を聞こうじゃないの」
マイトはオディーリアに向き直る。長い脱線を経て、ようやく本題に戻ってきてくれたらしい。
オディーリアはためらいつつも、口を開く。
「それが、その……下品な話に戻ってしまうんですが……」
「えっ、マジで浮気相手募集なの?」
マイトは目を見開く。オディーリアは間髪いれずに否定した。
「違います!」
「そう? なら、よかった~。ちょっと僕、立場的に相談にのりづらいもんね」
「じゃ、なんなのよ? オデちゃんの悩み事って」
クロエが急かす。
「その……クロエが前に言ってた……って話を」
「えぇ?なに、もっと大きな声で!」
「テ、テクニックを、教えてください!」
三人の間に、しばしの沈黙が流れた。
「えっ、あぁ! 床上手の話ね」
クロエはぽんと手を打った。オディーリアはこくこくとうなずいた。
「私、そういうことに自信がなくて……あんまりにもがっかりさせたらと思うと不安で」
オディーリアは正直に打ち明けた。イリムとは婚約者という関係ではあったが、お互いに愛情はなく、そんな雰囲気になることは一切なかった。
「なるほど、なるほど。話は理解したわ! でもアドバイスしてあげたくても、私も嫁入り前の乙女だからね~。ここは、経験豊富なマイトに聞くのがいいかも」
話を振られたマイトは別の方向に驚いているようだった。
「え~いまだに清い関係だったの? なにしてたのさ、これまで」
「……笛を吹いていました」
「ふ、笛!?」
マイトはふきだしそうになったが、オディーリアの真剣な顔を見て必死にこらえた。
「いや、まぁ……がっかりとかはないよ、きっと。レナート様、そんな嫌な奴じゃないし」
「そんな面白くもなんともない綺麗事で済ませないで、ちゃんとアドバイスしてあげてよね!」
「え~そんな無茶な! いくら僕でも、レナート様の趣味なんて知らないし」
「……そう、ですよね。ごめんなさい、馬鹿なことを聞いて」
しゅんとしてしまったオディーリアがかわいそうになったマイトは、慌ててつけたす。
「あ! ひとつだけあった、全ての男が喜ぶテクニック」
「ど、どんなことですか?」
オディーリアは身を乗り出すほどの勢いで、マイトにつめよる。
「にっこり笑って……」
「笑って?」
「大好きって言うの。語尾にハートマークをつけることが超重要ポイントだよ!」
「わ、わかりました。特訓してみます」
本当は、もっと実践的なアレコレがないこともないのだけれど……具体的なアドバイスなんてしようものなら、レナートが一生口を利いてくれなくなりそうだ。
そう思って、マイトは口を噤んだのだった。




