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恋心1

 夜中から朝へと向かう、まだ日も昇らぬ時間にレナートはふと目を覚ました。目の前には、伏せられた長い睫毛と甘い果実のような唇がある。すぅすぅという規則正しい寝息は、もうすっかり耳に馴染んだものだ。


 離れ難い。いつからか、朝が来る度にそう思うようになった。


 彼女と出会ってから、短くはない月日が経った。

 ロンバルの王子があんまり腑抜けだから、少し遊んでやるかと、そう思っただけだったのに。敵国から来た女に、こんな感情を抱くようになるとは自分でも想像もしていなかったことだ。


 オディーリアはとても美しい女だ。だが、自分は女の美醜にはさほど関心がなかった。美醜なんて所詮は面の皮一枚の話だ。美しさに目が眩んだわけではない。


 強く心を惹かれたのは、そのアンバランスな内面だった。彼女のなかには、強さと脆さが同居している。


 婚約者に売られようが戦場に放り込まれようが、少しも揺らがない強い女かと思えば、治癒能力とやら以外にはなんの価値もないと信じこむ自信のない女でもある。


 その強さを眩しく感じるし、弱さは守ってやりたいと思う。


 この感情は、恋心ってやつなのだろうか。


「まずいな……」


 レナートは思わずつぶやいた。彼が結婚しないのには実は理由があった。

 執着を恐れているからだ。特別ななにかは、そのまま自身の弱みともなる。


 これまで、レナートは戦に恐れを抱いたことはなかった。明確に戦力差のあるときでも、だ。自身の腕にそれなりの自信があることも理由のひとつだが、一番は死を恐れていないからだろう。


 戦い、その結果、死んだとしても構わないと思っていた。将軍だろうと一介の兵士であろうと、軍人の人生とはそういうものだと考えていたからだ。


 だが、昨夜は初めて、戦場に向かうのが怖いと思った。オディーリアがあんな顔をするから……。


 俺が戻らなかったら、彼女は泣くだろうか。彼女を泣かせることは、ある意味で死より恐ろしい。


 レナートはオディーリアの美しい髪を撫で、眠る彼女の横顔にそっとキスをした。


「執着……だよなぁ」




「レナート様、すべて作戦通りに進んでいると各地から報告があがってます。僕の推測では……夕刻までには終わります」


 マイトの推測はかなりの確率で事実となる。彼が夕刻と言うなら夕刻なのだろう。

 カシュガルの将軍の首は、もう手を伸ばせば届くところにあるということだ。


「あぁ。また雪がちらつきはじめたな。視界が悪くなるから、十分気をつけろよ」

「はっ」


 レナートは空を仰いだ。ハラハラと落ちてくる雪は今はかわいいものだが……下手すれば吹雪になるかもしれない。

 悪天候での戦はできれば避けたい。だが、今は退くときではないだろう。むしろ急ぎ、一気にカタをつけてしまうべきだ。


 「気をつけろ」


 部下にそう言っておきながら、自分が足をすくわれるとは思ってもいなかった。

 早くカタをつけたいと強く思うあまり、目の前の敵に集中し過ぎてしまっていた。

 後ろから飛んできた流れ矢の存在にまったく気がつかないなど、いつもの彼なら絶対にありえないミスだった。


 はっと気がついたときには、もう矢は彼の背中を貫いていた。


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