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女神2

「はい、おしまいです。傷のせいで今夜は熱が出るかもしれませんので、絶対に無理はしないでくださいね」


 面差しにまだあどけなさを残す年若い兵に向かって、オディーリアはにこりと微笑んだ。


「あ、ありがとうございます! 女神様に手当てしてもらえるなんて……もう死んでもいいですっ」

「そ、それはダメです。早く元気になって、たくさん手柄をたててください」

「が、頑張ります!!」

「はい、頑張ってください」


 ここにきてから、もう結構な時が流れていた。前線を少しずつ移動させながら、戦は続いている。

 オディーリアは女神様という呼び名にもすっかり慣れ、〈白い声〉を使えないなりに、精一杯の看護を続けていた。


「うん、このくらいの傷は問題なし。今すぐ前線に戻れるわよ!」

「えぇ~結構痛いし、少し休ませて……」

「レナート将軍の元で戦いたいなら、そんな軟弱なこと言ってちゃだめ。さ、気合い入れて戻ろ~!」


 クロエも慣れた様子で、疲れた兵を叱咤激励している。

 

「女神様、女神様!」

「はい、なんでしょう」


 オディーリアを呼んだのは、彼女と同じ年頃の大柄な男だ。彼は肩にかなり酷い傷をおっていたのだが、ずいぶんと回復した様子だった。


「肩はもう大丈夫ですか?」

「女神様のおかげでこの通りです!」


 オディーリアが聞くと、彼は腕をぶんぶんと振り回して回復をアピールする。


「よかった」


 オディーリアはふふっと微笑んだ。すると、男はその大きな身体に似合わず、ぽっと頬を染めた。


「明日から戦場に復帰します。め、女神様のためにっ、戦ってきます!」

「はい。ご武運を祈っています」

「うぅ……し、死んでもいい!」


(なんで、みんなして死にたがるのかしら)


 それだけは不思議だったが、レナートの軍の者達は彼に影響を受けているのか、素直で気のいい人間ばかりだった。戦場にいるとは思えないほど穏やかな気持ちで、オディーリアは日々を過ごしていた。


 汚れたシーツの洗濯のため、オディーリアとクロエは外に出る。


「さむっ」


 クロエが思わず悲鳴をあげたのも納得の寒さだった。太陽はどんよりとした灰色の雲に覆われ、ピューピューと吹き抜ける風はすべてを凍りつかせるような冷たさだった。

 

(そろそろ雪になるな)


オディーリアは空を見上げて思った。


「これはちょっと、外で戦う兵達にはしんどいね」


 クロエの言葉に、オディーリアも同意した。


「もう終わるといいね。……お互いのために」


 もちろんレナートに勝利して欲しいと思ってはいるが、カシュガル兵に恨みがあるわけではない。どちらの軍の犠牲者も、少ないほうがいい。

 雪は……きっと犠牲者を増やすだろう。そうなっても、〈白い声〉を持たない自分は、彼らの命の火が消えていくのをなにもできずに見ているしかないのだ。


「そうだね。そろそろ帰りたいな」

「……ごめんね」

「オデちゃんを責めてるんじゃないよ! そろそろ、ケーキとかクッキーが恋しいなぁってだけで」


 夕刻から降り出した冷たい雨は、夜更けには雪へと変わった。


「とうとう降り出したな」

「重症の兵達が心配です」


 寒さは、なけなしの体力を無情に奪っていくだろう。明日の朝、冷たくなっている者はいないだろうか。

 オディーリアの瞳が不安げに揺れる。レナートはそんな彼女を励ますように、言った。


「雪は悪いニュースだが、良いニュースもあるぞ」

「なんですか?」

「おそらく、明日の夜には祝杯をあげられる」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ、約束する」


 オディーリアは全身からどっと力が抜けていくのを感じた。

 慣れている。そう思うようにしていても、本当の意味で戦争に慣れることなんてない。いつだって、恐怖と緊張、目を背けたくなる現実がここにはある。


 なにより、目の前のこの人を失うかも知れないという耐え難い不安からようやく解放されるのだ。

 もちろん、彼は将軍で、これから先も幾度も戦場に向かうであろうことはわかっている。だが、たとえ束の間の平和だとしてもやはり嬉しかった。


「ご武運を……祈ります」


 声が震えた。女神でも悪魔でも、誰でもいい。明日の一日、どうか彼を守って欲しい。そう強く願った。


「……必ず、帰ってきてください」

「大丈夫だ。俺には女神がついてるからな」


 そう言って、彼は頼もしい笑顔を見せた。

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