女神1
怪我をした兵の手当てをし、熱を出している兵の看病をする。オディーリアはひとりひとりに、丁寧かつ的確な対応をしていく。
ロンバル軍にいたときとやることは同じだ。だが、どうにもここは……居心地が悪かった。
「女神様が手当してくれたんだ!こんな傷は明日にも塞がるな」
(じゅ、重傷だから……それは無理)
「おぉ、今こちらに微笑みかけてくれたぞ。俺はこの戦で手柄をたてて、大出世するかも!」
(それは実力次第……)
みな、レナートが吹聴した怪しげな噂を信じこみ、オディーリアを戦いの女神だと思っているようなのだ。
〈白い声〉を失くした今は、通常の看護しかできないにもかかわらずだ。
「これは、詐欺……と言いませんか」
夜、本陣の天幕に戻ってきたレナートにオディーリアは詰め寄った。
彼はくすくすと楽しげに笑っている。
「どこがだ? 女神の微笑みには、とびきりの力があると言っただけだ。力とはなにか、と明言はしていないぞ」
「ですが……」
「そもそも、あくまでも噂だ。戦場では真偽のわからぬ噂がいくつも流れる。これもそのうちのひとつ。信じるも信じないも本人次第だ」
オディーリアは呆れた。
「その言い草が詐欺師そのものです! 大体、私は天から舞い降りてなどいませんし。あなたに買われただけです」
「それじゃあ、夢がないだろう」
レナートはオディーリアの腕を引き、自分の寝台にひきずりこんだ。
彼の重みで、オディーリアは身動きを封じられてしまった。
レナートはオディーリアの髪を撫で、そのまま指先で彼女の唇をなぞる。
「男なんて単純な生き物だ。美人に微笑まれたら、それだけで英雄になれる。そして、戦場ではそういう思い込みの力は結構侮れない」
彼の言いたいことも、わからないではなかった。死ぬかもしれないと怯えている兵より、手柄をたてようと意気込んでいる兵のほうがきっと強い。強い兵が多い軍はそれだけ強くなる。
「ですが……私はもう聖女じゃないんです。女神だなんておこがましいことです」
レナートはむっとした顔で、オディーリアの額をぺちっと叩いた。
「いたっ」
「お前は〈白い声〉とやらに、とらわれすぎているな。それがないと価値がないと言うなら、俺やクロエも無価値か?」
「いえ、そんなことは……。ただ、私にはそれしか……」
オディーリアの言葉を、レナートは強い口調で遮った。
「他にもあるだろう。騎馬技術も優れているし、看護もしっかりできる。その美貌も立派な武器だ、存分に使え」
「その使い道が女神……なのですか?」
「そうだ。お前に看病されたら、元気が出たとみなが言ってるぞ。立派な治癒能力だ。自信を持って、女神を演じきれ」
強引に押し切られているような気がしないでもないが……でも、負傷した兵達が元気になるのは、オディーリアも嬉しかった。
〈白い声〉を使わず、自分の手で世話をする喜びをこの場所で初めて知った。
「大体な、クロエを見ろ。あいつなんか、健康なほうの腕や脚をハサミで切りつけて散々苦情がきているがちっとも懲りてないぞ」
「クロエは立派です! 初めてきた戦場に愚痴もこぼさず、そもそも私の身勝手に付き合わされただけなのに……」
レナートはふぅと小さくため息をもらす。
「お前は……人には優しいな。だが、自分にももう少し優しくしてやれ。オディーリアがかわいそうだ」
彼の話は時々とても難しい。
自分に優しくする。その言葉の意味を彼女はしばし考えこんでしまった。
真剣に思い悩んでいる彼女を、レナートはぎゅっと強く抱きしめる。
「な、なんでしょう」
「考え事は、俺のいないときにしろ」
レナートが難しいことを言うからじゃないか。オディーリアはそう目で訴えた。レナートは、ははっと白い歯を見せて笑う。
「女神様は負傷している兵しか癒やしてくれないのか?」
オディーリアが答えるより先に、彼は彼女の柔らかな頬に唇を寄せた。
「俺にも微笑みかけてくれ。それだけで、明日も戦えるから」
「ですから、笑えと言われて笑うのは難しいのです」
「そうか? なら、こっちでいい」
レナートはオディーリアの唇に、噛みつくようなキスをした。
彼のキスは乱暴なようでいて、甘く優しい。彼にキスをされることが、いつの間にか当たり前になっている。その事実に、オディーリアは戸惑っていた。




