戦争2
「えっ、クロエも来るの?」
やや迷惑そうに眉をひそめたマイトに、クロエはふんと鼻を鳴らす。
「私だって戦場なんて嫌よ。でもお兄ちゃんが、侍女ならば主が行くところへはどこへでもついて行けって。いざって時はオデちゃんの身代わりになる覚悟で行ってこいって言うんだもん」
「え~ハッシュ、いつの間にオデちゃんを認めたの? ていうか、主が行くならって……レナート様が行くのにハッシュ自身は留守番じゃんか」
「そうよね! あの人、私がいるのが嫌なだけなのよ。あれこれ理由をつけて追い出したいだけ」
マイトとクロエの会話をレナートは苦笑しつつ聞いていた。
「……ハッシュは戦場では役に立たんから留守番でいい。クロエ、ついて来るなら無茶はするなよ」
「はーい、わかってますよ。マイト、私になにかあったらしっかり守ってよね」
「え~。クロエはたくましいし、強運そうだから、僕の出番なんてきっとないよ」
「か弱い乙女にたくましいとは失礼ねぇ」
(戦場に向かうと言うのに……まったく緊張感がないわ)
オディーリアは呆れてしまった。
クロエのおかげで、まるで物見遊山にでも行くかのような和やかなムードでレナートの軍は城を出た。
向かう先はカシュガルとの国境地帯であるビナ鉱山だ。
良質な銀が採掘される鉱山で、ここの利権を巡ってナルエフとカシュガルは、これまでも小規模な小競り合いを繰り返してきた。それがとうとう戦争にまで発展してしまったのだ。
冷たい風が、馬を駆るオディーリアの肌をさす。
(……雪の季節になる前に終わればいいのに)
おそらく難しいだろうとわかっていたが、祈らずにはいられない。寒くなればなるほど、戦死者は増える。
「疲れたか?」
「いえ、大丈夫ですが」
「怖い顔してる」
「えっ……」
「疲れてないなら、笑っていろ」
レナートに言われ、オディーリアは口角をあげ笑顔を作ろうとしたがなんだかうまくいかない。
「笑えと言われて、笑うのは難しいてす」
「ははっ。そりゃそうだ。だが、いつでも笑えるよう訓練しといてくれ」
「どういうことですか?」
「じきにわかる」
レナートは微笑む。だが、それ以上の説明はくれなかった。
馬を走らせること丸三日間。ようやくビナ鉱山に到着した。
レナートやマイトは息つく間もなく、すぐに前線へと向かう。
「どうか……ご無事で」
かつて、同じ言葉をイリムにもかけたことがある。だが、イリムには悪いが、こめた思いが全然違う。
彼に対しては、心から無事で戻ってきて欲しいと思う。
(この人を失うのは……嫌だ)
誰かに対して、そんなふうに思うのは初めてのことだった。
「そんな心配そうな顔するな。ーー離れ難くなるだろう」
言いながら、レナートは顔を近づけてくる。至近距離で、視線がぶつかる。
「なにか?」
「忘れものだ」
レナートがオディーリアの唇を奪う。いつもより、ずっと情熱的なキスだった。
「……戦いの女神からキスを賜ったから、俺は大丈夫だな」
「女神?」
「あぁ、行ってくる」
レナートはあっという間に馬上の人となり、戦場へと向かって行った。
(そういえば、300デル分の仕事ってなんだったんだろう。戦場についたら教えるって言われてたのに、聞き忘れちゃったな)
オディーリアやクロエは前線から少しさがった場所に構えたレナート軍の本陣で、負傷者の手当てや看病にあたった。
オディーリアは慣れているから問題ないが、クロエのことは心配だった。詳しく聞いたことはないが、きっと彼女は良家の娘なのだろう。
「クロエ、大丈夫? 無理しないで。もっと後方の仕事でもいいと思うから」
食糧や備品の管理なら、戦場に慣れていない者でもやりやすい仕事と言えるだろう。看護は……その言葉から受けるイメージより数倍は過酷だ。足を負傷した者に肩を貸したり、大量の汚れた衣類を洗濯したりと、力仕事も多い。なにより、血と臓腑の……戦場特有の匂いがきつい。
向かない者には心底つらい仕事だろう。
クロエは眉をひそめ、唇を噛み締めていた。
(やっぱり……)
オディーリアがそっと彼女の肩を抱こうとすると、クロエはぽつりとこぼした。
「……私って、不器用だったのね」
「え?」
「どう頑張っても、包帯にゆるみが出ちゃうのよ! さっきもね、すっごい好みのイケメンだったから、いいとこ見せなきゃって頑張ったのに……」
「な、なんの話?」
「自分でやるから大丈夫ですって言われちゃったのよー! しかも、私より数段は上手なのー。屈辱だわ」
クロエはぐわっと勢いよくオディーリアに抱きついた。
「お願い、オデちゃん! 素人が包帯をプロっぽく巻くコツを伝授して」
「……そんな便利なコツはありません。実践あるのみよ」
オディーリアはくすりと笑う。マイトの言った通り、クロエはたくましい。包帯の巻き方なんて慣れの問題だ。きっと彼女はすぐに戦力になってくれるだろう。




