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戦争1

 その夜も、オディーリアはレナートの隣で笛を吹いていた。

 彼のために覚えたナルエフの軍歌だ。勇猛果敢なその曲は、彼の率いる軍によく似合うことだろう。


 レナートがオディーリアの絹糸のような銀髪を優しく撫でる。なぜかは知らないが、彼は頭を触るのが好きなようだった。そして、オディーリアも彼の手を嫌いではなかった。


「今夜にぴったりの選曲だったな」

「ぴったり……とは?」


 彼が好きだと言っていたこの曲をオディーリアは少し前から練習していた。ガラス笛は音域が狭いので、重厚な曲をうまく吹くのは案外と難しいのだ。

 ようやく聞かせられるかなというレベルになったので、今夜が初披露だったのだが……。


「オディーリア。すまないが、俺はしばらく城を留守にする」

「しばらく……とは」

「早くてふたつき、長いと半年かそれ以上か……」


 要するに、はっきりしないということだった。


「戦争ですか?」


 ぴったりとはそういう意味だったのだろう。オディーリアの問いに、レナートはうなずく。


「そうだ。カシュガルとの国境付近で起きてた小競り合いが大きくなって収拾がつかなくなった」

「カシュガル……」


 カシュガルはロンバルとは友好国だった。同じように歴史のある古い国だ。オディーリアは頭の中に地図を思い浮かべる。イリムに付き合ってあちこち回っていたから、オディーリアの脳内地図は細かく、正確だ。


(たしかに。ナルエフとはあのあたりで国境を接することになるのか)


「ロンバルでなくて、安心したか?」


 難しい顔をしてしまったオディーリアにレナートは笑いかける。


「え? いえ……それは、特になにも思いませんでした」


 我ながら薄情だと思う。ロンバルで戦があって、オディーリアの知る誰かが傷つくことになったとしても自分の胸はこれっぽっちも痛まないだろう。


「カシュガルは大国ですよね」

「まぁ……新興の我が国に比べたら、ロンバルもカシュガルも伝統ある大国だな」

「大丈夫なのですか?」


 勝算はどの程度あるのだろうか。ナルエフは破竹の勢いのある国だが、伝統国には歴戦をくぐり抜けてきた経験がある。

 レナートはあっけらかんと答える。


「わからん」

「そんないい加減な……」

「あちらがどの程度本気で来るのかまだ読めないし、そもそも戦争に絶対はない。圧勝する戦でも、死ぬときは死ぬ」


(死ぬ……この人が?)


 オディーリアは自分がひどく動揺していることに気がついた。指先がかたかたと震える。

 オディーリアの震える手を、レナートは力強く握り締めた。


「ま、そう心配するな。俺はそんなに弱くはないし悪運の強さには自信がある」


 そう言ってレナートは笑うが、オディーリアは笑えなかった。


(イリムが戦に出るときはこんな気持ちにはならなかった。こんな感情は知らない)


 オディーリアは無意識のうちにレナートの手をぎゅっと握り返していた。


「どうした? めずらしく情熱的だな」

「わ、私も連れて行ってください! 治癒能力はないですが、戦場は慣れています。負傷した兵の手当などもひと通りできますから」

「なんだよ。そんなに俺と離れがたいか?」


 レナートは冗談めかして言いながら、繋いだ手とは逆の手で彼女の頬をさらりと撫でた。


『そういうことでは、ありません』


 いつもの彼女なら少し怒りながらそう答えたことだろう。だが、今夜のオディーリアは違った。


「はい、離れたくないです。あなたのいない城では、私はまたすることがなくなってしまう」


 レナートのいない城で暮らすなど、もはや考えられなかった。いつ帰ってくるのかも……いや、本当に帰ってくるかもわからない彼を待ち続けるなんて耐えられない。そう思った。


 レナートはものすごく驚いた顔をしている。開いた口が塞がらないようだった。


「お前の口からそんなかわいい台詞が出てくるとは……」

「はい、おそらく最初で最後です。ですから、どうか……連れて行ってください」


 レナートは目を閉じ、腕を組み、長いこと思い悩んでいた。


「運が悪けりゃ、死ぬかも知れないんだぞ」

「運が悪ければ、この城にいても雷に打たれて死にます」


 オディーリアはふっと、薄く笑んだ。


「その心配は無用です。私の命はイリムに売られたあのときに、終わっていてもおかしくなかった。死ぬ覚悟はとうにできています」


 レナートじゃなければ、とっくに殺されていただろう。自分の命など、いまさら惜しくはなかった。


 彼は閉じていた目をかっと見開くと、オディーリアを見据えてにやりと笑った。


「わかった。では、オディーリア。300デル分の働き、この戦でしてもらおうか」

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