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側室1

「うわっ、このお茶すっごい美味しい~」

「そりゃそうよ! 超希少な舶来品だもの。厨房を漁ってみたら、高級品があれこれいっぱい放置されててさ~勿体ないったらないわ。これだから男所帯はダメねぇ」

「てゆーか、この優雅な生活が羨ましすぎる! 僕なんて朝っぱらから、男・男・男に囲まれて剣を振り回してさぁ」


 クロエとマイトは息もぴったりに、延々とマシンガントークを繰り広げている。

 今日は曇りの多いナルエフには珍しい晴天の日で、オディーリアとクロエは中庭で午後のティータイムを楽しむことにしたのだ。そこに稽古終わりでたまたま通りかかったマイトが参戦してきた形なのだが、もはやオディーリアはすっかり蚊帳の外に置かれていた。ふたりの会話のペースにはとてもついていけない。


「マイトも側室になれば? レナート様なら許可してくれそう」

「うーん。優雅な暮らしには憧れるけど、僕こう見えても女好きだしねぇ」

「それは知ってる。ねね、マイト。うちのお兄ちゃんに女遊びを教えて上げてよ! あの人、いい年して実は童……」


 オディーリアはすぅと息を吸うと、勇気を出してふたりの会話に割り込んだ。


「あ、あの!」


 ふたりが同時にオディーリアを振り返る。


「どうしたのさ、オデちゃん。声裏返ってるけど」

「毛虫でも出た?」


「いえ、そうではなくて……そろそろ本題に戻ってもよろしいでしょうか」


 今日のティータイムの本題はオディーリアの悩み相談だったはずなのだ。いつの間にか話題がどんどん

逸れていき、なぜかハッシュの女性問題に行きついてしまったが。


「あ、そうだったね。お茶とお菓子が美味しすぎてすっかり忘れてたよ」

「なんだっけ? 側室から正室に成り上がる方法についてだっけ? そりゃ、うちのお兄ちゃんの弱みでも握らない限りは難しいと思うわー」

「違います!」


 オディーリアにしては大きな声で叫んでしまった。マイトはともかく、クロエは一体なにを聞いていたのだろうか。


「側室としてすべきことについて教えて欲しい、です!」


 オディーリアなりに一所懸命考えたのだ。好きでここに来たわけではないが、かといって他に行くあてもない。そもそもレナートに買われた以上、彼がここにいろと言うならいるしかない。

 〈白い声〉を失くした役立たずの自分でも、できることを探すのだ。

 少しでも役立つことができれば、レナートに対して感じてしまう惨めな気持ちも薄らぐかもしれない。


「側室としてって言ったら……やっぱりアレ……じゃないの?」


 マイトはためらいがちに、言葉を濁した。


「アレとは?」

「だから~夜の充実っていうか」


 マイトに代わって、クロエがオディーリアに向き直りずばりと言い切った。


「もちろん、テクを磨いて床上手になることよ! そんで、子供を5.6人産んであげれば完璧じゃない?」

「もうっ、クロエは恥じらいがないなぁ。せっかく僕がオブラートに包んだのに」

「オブラートって美味しくないし、邪魔なだけじゃないよ。それに、オデちゃんはずばり言わないと気づかないでしょ、鈍いから」


 クロエがずばりと言ってくれたので、オディーリアもふたりのアドバイスの意味は理解した。

 だが……それは実現不可能であろう。


「それは無理です」

「え~なんでよ? テクニック向上は努力次第って聞いたわよ」


 どこで聞きかじったのかもわからぬ知識を、クロエは得意気に語る。


「そうではなくて……私とは嫌だと言ってました。虚しいと」


 オディーリアは苦笑しながら、そう言った。彼は自分を好きな女しか相手にしないと言っていた。

 いわゆる色恋的な感情を理解できない自分は、彼の好みの範疇から外れてしまっているだろう。

 これまでオディーリアは男性に特別な感情を抱いたことはないし、これから先もきっとないだろうと思っている。


「じゃあ、難しいこと考えずにレナート様が喜ぶことをしてあげたらどうかな?」


 マイトはにこにこしながらオディーリアに言う。


「喜ぶこと……」


(なにをしたら、あの人は喜ぶんだろう)


 オディーリアの脳裏にレナートの笑顔が浮かんだ。あの人はどんな時に笑ってくれたのだったか。


「だから、それがテクを磨くことなんじゃ」

「もうっ! クロエはちょっとそこから離れて」


 クロエの口を、マイトが慌てて塞ぐ。


「レナート様の好きなものはね、剣と馬とお肉と……あとなんかある?」

「絵とか歌とか芸術的なものも意外と好きよね! さすがは王子様ってとこかしら」


剣と馬とお肉と、絵と歌……。クロエの口から「歌」という言葉が出た瞬間、オディーリアの胸はちくりと痛んだ。


(もし、今も歌えたなら……喜ばせることができたかもしれないのに)

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