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27.親の喜び

 ティターニア姫の行方が掴めないどころか、中心部を捜索中の兵士から報告があった宝石店での謎の現象。それらを全て聞いた通信魔法の中心にいるリリスから現在の状況を聞いたジークフリートは肩を落とした。とんでもない事件が起きたと思ったら、訳の分からない事件も起きやがった。見た目は美青年、実年齢はジジィであるとは知らず、嬉々とした表情で一緒に街を歩かないかと誘う若い娘の誘いを断りながら思うのはただ一つ。


(……いつもの仕事がしたい)


 だった。妖精・精霊保護研究課を率いるジークフリートにとって、妖精や精霊と接する機会の多い仕事は癒しに近かった。幼い頃から身近な存在だった彼らの生態を調べる時間は何にも代えられない至福の時間である。魔物保護研究課に一時期所属していた事もあったが、やはり妖精霊を見たり触れたりする方が楽しい。まさに天職だ。


 妖精霊の減少に頭を悩ませる時もある。その度に部下やペット的存在のニールと共に考えたり励まし合ったり。フィリアをセクハラをしようと企む所長から守らなければならなかったり苦労も多いが、満たされた毎日を送っている。


 何より妖精と精霊が可愛過ぎる。言葉は通じずとも喜怒哀楽くらいは何となく分かるし、懐いてこちらに近寄ってくる精霊ともっと仲良くなりたい。

 ストイックに仕事を行うジークフリートに部下は尊敬の念を抱き、女性職員は恋慕の想いを抱く。


 だが、実際はワーカーホリックと妖精霊萌えの二つがチャンポンとなった男だった。つまり残念なイケメン。彼が異性に全く興味なかった理由もそれである。

 そんなジークフリートに今すべき事は一つ。一刻も早くティターニア姫を見付け出し、『漆黒の魔手』を潰す事である。そうすれば明日から再び通常通りの仕事に戻れる。部下と仕事が出来る。


 だが、ティターニア姫に何の感情を抱いていないわけでもない。話によると彼女はウルドの住人の生活ぶりを一目見たくてこの街に訪れる事になったのだ。


 なのに、実際は役所にずっと閉じ込められた状態で、滞在中はずっと過ごす予定だったらしい。こうなってしまった後ではあるものの、もし無事に役所に着いていたらその対処法は最善だったのかもしれない。

 だが、それでは彼女がわざわざここまで来た意味が、なくなってしまうのではないだろうか。


 もし、本当にウルドに来た目的が街を出歩いて楽しむ事であり、安全を考慮するのを名目としてその楽しみを奪われたとしたら。役所から抜け出せばそこに望んでいるものが広がっているとしたら。


(……可哀想な気がするな。ウルド行きを許す条件もあのオベロンとかいう使者との結婚らしいし)


 フレイヤ兵士から聞いた話だ。彼女の父親である国王が亡くなって以来、女王は娘に対して過保護になったのだと言う。城の外に出る事も許さず、結婚相手も姫ではなく自分が決めるのだと言い張っていた。頼りとなる夫を喪い、彼女なりに愛する娘を守ろうとしていただのだろう。姫が母親の歪な愛情を肯定するかどうかは別として。


 そこまで考えてジークフリートは溜め息をつく。様々な悩みを抱えていただろうティターニア姫を浚った『漆黒の魔手』の手掛かりを掴まなくてはならない。

 気持ちを新たにして歩き出そうとすると、懐にしまっていた通信具が強い魔力を放った。リリスからのメッセージだ。

 取り出して淡く発光している玉石に声を掛ける。


「どうしたリリス」

『ジークちゃんに朗報でーす。魔手に所属している男が一人捕まったわよ。というか保護かしらぁ?』

「保護?」

『路地裏で怪我をした状態で寝かされている男を見付けてね、彼の手の甲に魔手の刺青があったそうなの』


 仲間割れでも起きて暴行されたのかもしれない。そう推測するジークフリートにリリスがとても楽しそうに言葉を続けた。


『で、今の所ティターニア姫ちゃんは別の組織に捕まっているみたいよ~』

「……別の? 姫を狙っていたのは他にもいたって言うのか?」

『そうそう。それで姫ちゃんを追い掛けてたらとーっても強い男の人と家来のオーガにケチョンケチョンにやられちゃって、姫ちゃん取られたんだって』

「………………そうか」


 やけに反応の遅いジークフリートにリリスが「ジークちゃ~ん?」と甘えた声を出す。だが、ジークフリートは半ば呆然とした表情で、少し離れた場所を歩く三人組を見詰めていた。


「お父様! 次はあのパンが食べたいですわ! パンの中に茶色いのと野菜が挟まっていてとっても美味しそうな香りがします!」

「ハンバーガーこっちの世界にもあったんですね」

「今度は僕が買ってくるだ。二人共ちょっと待ってるだよ~」


 恐ろしく強い男(まだ少年でアルバイト)と家来のオーガ(やや乙女思考)。そして、総司の側にいるハイエルフらしき幼女。


 軽い目眩を起こしたジークフリートの体がふらつく。そこに更に追い打ちを掛けるような無慈悲なリリスの言葉。


『姫ちゃんは魔法で小さな女の子に変身してるみたいねぇ。オベロンちゃんみたいな触角が生えた金髪のとっても可愛い女の子だって』

「…………」


 残りライフがゼロに近い中、ジークフリートは必死に意識を繋ぎ止めようとする。何か、とんでもない、勘違いが、起きているのではないだろうか。いいや、起きている。


(いつからお前はハイエルフの父親になったんだソウジ)


 とりあえず、まずは事情を聞くべく彼らに近付こうとするジークフリートだったが、その足がピタリと止まる。ブロッドが離れた後、ティターニアらしき少女が寂しげな表情を浮かべて総司を見上げたのだ。


 二人の目の前には幸せそうに微笑む恋人の姿があった。


「ねえ、お父様」

「はい?」

「お父様は私が大好きな人と結婚するって言っても許してくれますか?」

「許すと思いますよ」


 総司は即答した。望む答えだったのかティターニアは安堵の笑みを浮かべていたが、すぐに顔から消える。代わりにまた不安そうに総司を見上げた。


「そのせいでお父様が悲しむ事になってもですか?」

「子供が結婚するのにどうして僕が悲しむんですか」

「それは……」

「子供の結婚を喜ばない親なんていないと思いますよ。親の意思に背く形になっても、あなたを本当に愛していて大事にしてくれる人が相手なら僕はそれでいいです」


 その言葉にティターニアは目を見開いた後、苦笑した。あのオーガと違い、事情も知らずに聞かずに父親役を引き受けた総司の言葉は、今まで求め続けていたものだった。

 父親が亡くなってから必要以上にティターニアに愛情を注ぐようになった母親も、ティターニアを次期女王にと考えている城の者もそんな事は言ってくれなかった。位の高い者と結婚させる事しか考えていなかったのだ。誰もがティターニア姫ばかりを見て、ティターニアを見てくれなかった。


(私……)


 自由に生きたい。そう強く思い始めた時だった。ハンバーガーを無事に買う事が出来たブロッドが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。

 包装されたハンバーガーは出来立てで柔らかいパンはほんのり温かく、肉とソースの匂いが食欲をそそる。一番楽しみにしていたのか、ブロッドは二人にハンバーガーを渡してから急いで包装を開けてかぶり付こうとした。


「待ってくださいブロッド君」


 総司の非情なる一言がそれを止めた。絶望に打ちひしがれる友人に、総司は財布を取り出す。


「せっかくだから『妖精の涙』の皆さんの分も買いましょう。ここのが一番美味しいと思います」

「確かにここ一番人気あるみたいだ……じゃあ、お土産はここにするだ!」

「あの……妖精の涙というのは?」


 二人で話を進めていく様子にティターニアは首を傾げた。ハンバーガーでテンションが高くなっているブロッドが陽気に答える。


「僕の友達が働いてる宝石店だ! とっても綺麗だ!」

「あなたも遊びに行ってみますか?」

「え? よいのですか?」

「みんな優しい人だから大丈夫です」


 今度は総司とティターニアがハンバーガーを買いに列に並ぶ。が、総司が突然キョロキョロと周囲を見渡し始めた。


「お父様?」

「……誰かに見られているような気がしたんですけど多分気のせいです」


 二人からやや離れた場所の露天の脇に避難したジークフリートは深く溜め息をついた。気配を殺していたというのに流石は新人である。何が流石なのかはよく分からないのだが。


『ジークフリートちゃーん? もしもーし?』

「あ、ああ……」


 リリスからの呼び掛けに答えつつ、ジークフリートは物陰から少女を見る。彼女の事を報告すれば、全ては解決する。オベロンも喜ぶ事だろう。

 あの幸せそうに総司に話し掛けるティターニアを役所に連れて帰れば。


『もしかしてティターニア姫ちゃん見付かったの?』

「それは」


 その時、ジークフリートの背後で何かが落ちる音が聞こえた。何故か絶対に振り向いてはいけないと思った。後にジークフリートはそう語っている。


 だが、背後から伝わってくるおぞましいオーラの正体を知るべく、ジークフリートは振り向いた。直後、そこにいた同僚に引き攣った悲鳴を発した。


「そ、総司君に隠し子……?」


 顔面蒼白のヘリオドールにジークフリートも顔を青くした。どこからどう見ても修羅場の序章である。先程の音の正体は、現在の彼女の心理状況のような有り様になっている通信器だった。

 意外に耐久性がないんだな、とジークフリートは地面の上で砕け散ったそれを見て思った。そんな事を思っている場合じゃないだろと、どこかで自分の声が聞こえた。かなりややこしい事態が起こったのだ。少しだけ現実逃避させて欲しい。


「しかも、あの子エルフみたいだし……え……?」

「ヘリオドール、落ち着け顔色が……」

「大丈夫分かってるわ。私は現実をちゃんと見ているわ。総司君に隠し子がいても私は総司君の味方だから……」


 空笑いを浮かべるヘリオドールに恐怖を感じながらも、ジークフリートは総司達に視線を戻した。ハンバーガーを買い終わった後だったのか、もうそこに彼らの姿はなかった。


「ああああああああ……!」


 ジジィ、魂の絶叫。


「ジ、ジーク?」

「早くあいつらを捜すぞ! ……あの少女が恐らくティターニア姫だ」

「……はぁ!?」


 小声でのジークフリートの言葉にヘリオドールは一瞬で正気に戻り、素頓狂な声を上げた。

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