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25.少年と妖精姫

「くそっ、やられた! あの小娘なめた真似しやがって……!」


 ウルド中心部入口付近。そこで顔を怒りで赤く染めるのは、変装を解いて本来の姿に戻った『漆黒の魔手』のギルドマスター、バイドンだった。彼を囲むように立つメンバー達は不安げにバイドンを見遣る。ティターニア姫誘拐を失敗した事を心配しているのではない。その姫に出し抜かれたバイドンによる八つ当たりが自分達に来ないかを案じているのだ。


 馬車がウルドに近付いた時、ティターニアの体は突然白く発光した。そして、少女は黄金の羽毛に覆われた鳩に変化し、バイドンが捕まえようとする前に馬車から飛び去っていったのだ。彼女はバイドン扮する従者と穏やかに会話をしつつも、自身が『漆黒の魔手』に狙われていると気付いていたのだろう。呑気に暮らしているだけの姫君ではなかったという事だ。

 バイドンは奥歯を噛み締めながらウルドへ飛んでいく鳩を見上げた。


(でも、残念だったな姫様。俺らはテメェを逃すつもりはねぇのさ……!)


 万が一に備えてウルド中心部にもメンバーは待機させていた。彼らには通信魔法で魔力を帯びた金色の鳩が飛んでくるはずだから、それの動向を見張っておけと命令していた。


 すると、中心部に待機していた二人から金色の鳩を発見したと報告があった。更にティターニアは何故か鳩から幼い少女に化けたとも。理由は不明であっても捕まえるのには都合がいい。後はメンバーが彼女を捕らえれば作戦成功のはずだった。


 だが、彼らは一向にやって来ない。通信もしてこない。何をもたついていやがる。バイドンの苛立ちが最高潮に達しようとした時、ようやく一人やって来た。一人だけ。


「テメェ! 姫はどうした姫は!!」

「そ、それが……」


 汗だくの男は恐怖で全身をガクガクと震わせながらも、何とか掠れた声で伝えようとする。自分達が遭遇したとんでもない存在を。


「お、俺らの他にもいたんですよ、姫を狙っていた奴らが……」

「はぁ?」


 ティターニアの来訪がここまで公になっている以上、彼女を狙う組織は『漆黒の魔手』だけではないと予想はしていた。メンバーもそれは分かっていたはずだった。

 だが、この怯えようは異常だ。額に脂汗を浮かべ頭を抱える仲間の姿に、メンバー達に動揺が走る。バイドンは舌打ちをした後、恐怖に震える男に詰め寄った。


「姫はそいつらにかっ拐われたってわけだな?」

「はい……奴は滅茶苦茶強くてオーガを家来にしている凶悪な男でした……」










「あの犬の形をしているのは風船でしょうか? わたくしあのような風船は初めてみますわ」

「そうですね。細長い風船を捻ったりしてああいう形にしているみたいです。一つ買ってみましょうか」

「本当ですか!? 嬉しいですわお父様!」


 無邪気に微笑む幼女と共に動物の形をした風船を見上げる少年。

 パッと見では兄妹な雰囲気であるものの、幼女の「お父様!」発言がその雰囲気を木っ端微塵に破壊する。獣人や魔族のハーフは長寿故に見た目と実年齢が釣り合わない場合が多いのだが、いくら何でも十代後半の少年の姿をした父親というのは少々違和感があった。

 「お父様」とやらに犬のバルーンアートを渡している露店の店主も訝しげな顔をしている。後ろに並んでいた客も違和感クライマックスで謎の親子を見ていた。


(やっぱり無理があるだ、ティターニア姫様……)


 周囲の好奇心に満ち溢れた視線から逃れるため、噴水前のベンチに座っていたブロッドは切なげな表情を浮かべていた。オーガの存在にびっくりして吠えまくる子犬にも気付かないくらい、友人と異国の姫君の事でハラハラしていた。


 どうして総司がティターニアの『父親』になっているのか。それは少し前の会話のせいであった。暴漢に追い掛けられていた幼女が、ティターニアだと気付いて回し蹴りを喰らった後、ブロッドは涙目になりながら彼女に会話がしやすくするため、しゃがむように指示された。


「あ、二人は顔見知りのようですね。どうぞ」


 何がどうぞなのか知らないが、二人から距離を取る総司。どうやら知り合いだと勘違いされているらしい。こんな大物と知り合いなわけがないと反論しようとするも、まだ残る脛の痛みとティターニアの睨みがそれを阻止する。また、あの細い脚から繰り出される蹴りを受けるのは遠慮したい。

 ブロッドはティターニアにだけ聞こえるような小声を出した。


「……ほ、本当にティターニア姫君だ?」

「はい。今は子供の姿に変えていますが。ですが、よく私だと気付きましたわね……」

「ま、まあ……でも、何でこんな所にいるだ? 姫様は今頃役所にいるはずなのに」


 しかも、何故追い掛けられていたのだろう。姫である彼女の側にいるはずの護衛の姿も見当たらない。

 その事に突っ込んでみると、ティターニアは幼い顔をくしゃりと歪ませて答えた。


「……役所に到着する前に逃げ出してきたのです。鳩に変身して馬車から飛んで」

「え……!?」


 一国の王女がそんな大それた事をするなんて重大な理由があるのだろう。ブロッドは身震いをした。

 まさか、命に関わるような事が。


「私……自由に町を回りたかったのです」


 まさか、命に関わるような事は、なかったようである。その理由にブロッドはオーガらしくなく、こてんと首を傾げた。予想していた反応だったのか、ティターニアはブロッドを見上げて寂しげに微笑んだ。


「今回のウルド訪問は私の希望でした。何年も行きたいと言い続けてようやく叶った願い。ですが、それと引き換えに私はとある貴族の男との婚約を強要されましたわ」

「え……」

「貴族で容姿もよく魔力も高く私と同じハイエルフ。お母様や城の者には以前から彼を愛するように言われ続けてきました。ですが、私にはそれが出来なかった……」

「えーと……他に好きな人がいるだ?」


 何気ないブロッドの言葉は図星だったようだ。ティターニアはゆっくり頷いた。


「私、実は前に一度だけ亡くなったお父様と一緒に、こっそりこの都市に訪れた事があるのです。その時、私はある少年に恋をして……けれど、あの人は私の身分を知って離れてしまった……」


 ティターニアは付けていたペンダントの中心で輝く石をそっと撫でた。それだけで『彼』の声が心の中に響く。


「私達は約束をしました。また、いつか二人が出会えた時、その時が来たら二人は二人のために生きていこうと。……そんな事会えたとしても出来るはずがないのに幼稚な約束でしょう?」

「そ、そんな事ないだ!」

「ありがとうございます……私がウルドに再びやって来たのは、あの人との幸せな思い出に浸りたかったからです。勿論、最初は約束が果たせるかもしれないという下心もありましたわ。ですが、あの人はこの街を去ると言っていた……それに結婚の話を持ち掛けられる度に、私は自分がどんなに望んでも私がフレイヤ国の姫である限り姫として生きていかなければならないと気付かされて来ましたわ」

「うぅ……」

「だから、私は貴族の男との婚約を決断し、ウルドにやって来たのです。『フレイヤ国』のティターニアとして生きるため、『初恋の人を追い掛ける』ティターニアをこの地に残すために……」

「うおぉぅぅぅぅんっ!!」


 ティターニアの瞳から涙が零れる前にブロッドの号泣が始まった。何事かと総司がポケットティッシュ片手に駆け寄ろうとするのを、「まだ来ちゃ駄目ですわ!」とティターニアが止める。律儀に総司は動きを止めた。


「うぅ……姫様可哀想だ~~~……」

「は、はぁ。……それで私のウルド行きが決まったのですが、どうも私はウルドに着いても街を一切歩かせてはもらえず、ずっと役所の中で護衛される事になると分かったのです。それでは意味がありません」

「ぐすっ……だから姫様はこんな所に一人でいただ?」

「はい。鳩に変身して逃げ出した後は、護衛兵に気付かれないようにこの姿になって街を歩いていたのですが、先程あの男達に何故か追い掛けられてしまいまし、て……………………」


 ティターニアはそこで黙り込んで、ブロッドと総司を交互に見た。何となくブロッドはちょっとだけ大変な事になりそうな予感がした。


「そうですわ……あなた達にお願いがあります。私と共にこの街を回って欲しいのです」


(やっぱり!)


 ブロッドは息を呑んだ。


「私、恥ずかしい話なのですが、全然この街の事が分からなくて案内人になって欲しいのですわ。お礼なら後でたくさん……」

「そんなのは要らないだよ! でも、ソウジ君はいいけど僕といて姫様大丈夫だ?」


 オーガである自分といて大丈夫なのだろうか。恐る恐る聞いてみればティターニアはぷっくり頬を膨らませた。


「私は種族の事など気にしませんわ! それに私の初恋の方もオーガでしたから」

「……最初僕を見てたのもそういう理由で?」


 王女という身分のせいで叶わない恋に苦しむティターニアの力になってやりたい。見た目とは裏腹に色んな意味で女子力が非常に高いブロッドは、このまま姫君を役所に連れ帰る事が出来なかった。


「あの、お話終わりました?」


 待ちくたびれたらしい総司が近付いて来る。下からは「お願い!」と視線で訴えるティターニア。


 ブロッドは覚悟を決めた。


「ソウジ君! この子はライネルのお友達だ! それでティターニア姫様が来るって言うから、遠い所から遥々こっそり一人で街に来たらしいだ! だから僕とソウジ君でこの子にこの街を案内してやりたいだ!」

「ブロッド君大丈夫ですか? 何か顔がすごい強張ってますけど」

「大丈夫だ! ソウジ君も巻き込んじゃうけど、協力して欲しいだよ」

「僕はいいですよ。僕もブロッド君に『協力』してもらってますし」


 即興で作った嘘とは言え、色々とツッコミどころのある話に一つも質問をせずあっさりOKした総司に、ブロッドはちょっとだけ不安になった。もしかしてティターニアの正体に気付いたのでは、と。

 そんなオーガの不安など知らずに、ティターニアは明るい笑顔を総司に向けた。


「私はティアですわ。よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いしますティアさん。僕は……」

「あ、それなのですが……あなたの事お父様と呼んでよろしいでしょうか?」

「!?」


 ブロッドは総司の横に並ぼうとしたティターニアを抱えて、総司から素早く離れた。


「お父様ってソウジ君の事だ!?」

「カモフラージュですわ。私が子供になっていると知らないとは言え、今頃フレイヤの兵達が私を捜しているはず。親子の振りをしていた方が自然ですわ」

「ソウジ君まだ十代だ……」

「おーい、ブロッド君どうしたんですか?」

「ソソソソソソウジ君ごめんだ! この子最近お父さん亡くしてて、お父さんがソウジ君に似ているらしくて……」


 心の中でティターニアの父親、つまりフレイヤ国の王と友人に全力で謝りながら、ブロッドはものすごく適当な言い訳をした。


「そうですか。ティアさん、今はまだ辛いかもしれませんが、今日は三人で楽しみましょう」

「「は……はい!」」


 ヘリオドールやジークフリート辺りが見たら明らかに怪しがるだろうオーガと幼女のやり取り。それを気にした様子もなく、父親役も了承した総司にブロッドは異世界の人ってやっぱり器大きいと思った。


 んな事思ってる場合じゃないと気付くのは、街の人々の視線に気付いてからで。無駄にノリがいい総司と、ものすごい勢いではしゃぐティターニアに父娘から兄妹設定に直せとも言えず、ブロッドは一人悩むのだった。

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