七話
『よくぞ! よくぞ戻った……』
【よかった……。本当に……】
悪いな。
つまらん策にかかった。
『かまわん……』
ジジィ! キモイぞ!
てか、状況を教えてくれ!
俺の寝ていた場所には、大量の血痕が残っている。
ただ、黒い霧に包まれたイザベラが少し離れた場所で眠っている事から、これは俺の発作の後だと思う。
あんな生温い夢を見てたんだ。
闘争本能も鈍っていただろうし、当然だろう。
だが、今俺の心を埋め尽くしているのは、どす黒い殺意と怒り。
しばらくは発作も起きないはずだ。
日が高い……。
最低、半日は眠らされていたか。
『三日じゃ』
三日も眠らされてたのかよ。
何で殺されなかったんだ?
まあ、助かったからいいとして……。
俺が気を抜くとろくな事が無い。
全く……。
やってらんね~……。
イザベラに纏わりついているのも……。
【悪魔でしょうね。同じ気配です】
ああ……。
今なら識別できる。
酷く分かりにくいが、独特の魔力がある。
コアも……あるな。
大昔の人間が、捕まえた天使に埋め込んだ人造のコア……。
とっととイザベラを解放させるか……。
俺が魔剣を出したままイザベラに近づくと、黒い霧が人の形に変わって行く。
「まさか人間ごときが、我らサキュバスの夢から自力で復活してくるとは驚いたわ。流石は、メシアと言った事かしら?」
ああ?
「俺は、メシアじゃねえ。そいつは、俺が殺した」
「何? あんた本当に何も知らないのね」
何の事だ?
「私達悪魔に対抗できる人間なんて、メシア以外居るわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」
話をするだけ、時間の無駄か。
「もう、いい。お前を殺して、イザベラを返してもらう」
「舐めてくれるじゃない! まさか、私があんたよりも弱いとでも思ってるの? あんたを殺さなかったのは、悪魔王様から指示を受けてたからなんだよ!」
肌の露出がやたら多くて、蝙蝠のような翼をはやした女の体から黒いオーラが立ち上る。
『Sランク……』
天使どもより強いのか?
【あのコアのせいでしょうか?】
そう言えば、この感じは……。
そうだ、海賊の宝として封印されていたクラーケンと感じが似ているな。
『あれも、百八の災厄じゃったからな……』
なるほど、二万年の間にパワーアップする仕組みか……。
「どうしたの? 妹は油断したようだけど、私はそうはいかないよ? 怖くなったのかい?」
ふ~……。
「一つ聞いてやる……」
「くくくっ……なんだい?」
「何か見えたか?」
「えっ? そ……そんな……」
自身が知覚できない速度で、コアを刺し抜かれた悪魔が、自身のコアの崩壊を呆然と見ている。
手加減なんてすると思っていたのか?
****
「イザベラ? イザベラ?」
俺は、イザベラを揺り起こす。
「あっ……」
「大丈夫か?」
「あなた……ここは?」
はい? あなた?
何の夢見てたの?
「悪魔に夢を見せられていたようだ」
「あ……夢……ですか」
「ああ、夢だ。何とか、お前を守れたみたいだ」
「ああ……ありがとうございます」
何で、そんなに泣きそうな顔になってるんだ?
ったく……。
「大丈夫かい? 奥さん?」
その言葉で、イザベラは顔を赤くする。
「あ! あの……申し訳ないです……」
「いいよ。恋人の前に、奥さん出来ちまったな」
俺は、精一杯の笑顔を作った。
作ったつもりだった……。
イザベラは、俺の頬に手を添える。
「ご存知ですか? レイは今……酷い顔をしていますよ?」
「悪いな……。今はこの顔が俺の限界らしい……」
自分の殺意が爆発しそうだ……。
イザベラには何が見えているのだろうか?
少しだけ悲しそうな顔をした後は、何も言わなかった。
「悪魔達は、魔力を隠しているから探知しにくい。サリーを追う」
「はい……。おそらくはアイン王国に向かったはずです」
「俺達が眠って三日だ。まだ、追いつけるかもしれん」
「いいえ。あの子は転移の魔法を使えます。もう、何かをしているでしょう……」
くそ……。
「お前は、転移可能か?」
「申し訳ありません。私は、使う事が出来ません」
なら、方法は一つか……。
「きゃ! あ……あの?」
イザベラを力ずくで背負うと、崖を駆け上がる。
そして、家の中に置いてあった背負う椅子をとった。
「悪いが、道案内頼めるか?」
「はい……。私は、死ぬ事になったとしても貴方のお傍に……」
「死なせない……。絶対に死なせるか」
「はい……」
台所から持ち出した食料を携帯し、イザベラを背負う。
「お前は、防御のフィールドを展開できるか?」
「はい。可能です」
「なら……少し全力で走る。何かあれば、肩でも叩いてくれ」
意味が判らないイザベラが、小首を傾げる。
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
イザベラの疑問は、俺が走り始めてすぐに解消された。
「速い……。くう……」
人間とはとても思えない速度で、俺が疾走する。
イザベラでは、進行方向と逆向きでやっと呼吸が出来るほどの速度だ。
もちろん、声なんて届かない。
なので、合図は声ではなく肩をたたく。
【これは……想像以上ですね】
『元々こいつは、自身の力に制限をつけて戦う癖がある。今は、それが無くなっておるのじゃろう』
俺は、イザベラから聞いた大体の場所へ……。
全速力で疾走する。
先程から、既に足は地に着いていない。
疾走と言うよりは、飛んでいるに近いだろう。
俺の走った後は、風圧で木々がなぎ倒され、地面がえぐれている。
今までなら、体中が悲鳴を上げる所だが……。
全く問題がない。
これ以上の速度は、イザベラに負荷がかかり過ぎて無理だが……。
これでも、目的地へすぐに到着できるだろう。
殺す……。
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
悪魔共に、俺を殺さなかった事を後悔させてやる……。
死の淵でな……。
【少々、気負い過ぎでは?】
『いや……。これでいい。この状態のこいつは、誰よりも冷静に動けるんじゃ』
「ぐうう……」
イザベラに肩をたたかれ、俺は緊急停止をする。
「はぁはぁはぁ……。あの丘を越えれば王国です」
一時間かからずに到着していた。
「まずは、王国に潜入して状況を確認しよう」
「はい……」
「どうかしたか?」
背中からおろしたイザベラが、俺を見つめて……。
抱きつかれた?
「どうしたんだよ?」
「本当に申し訳ありません……。少しだけ……少しだけ……」
ああ……。
こいつには、全部お見通しなんだな……。
俺も、イザベラを抱きしめる。
「悪いな……。恨んでくれてもいいぜ?」
「お断りさせて頂きます。愛する人を恨んで生きていくのは……。辛すぎて、耐えられそうにありませんので……」
「悪い……」
数分間だけ……。
数分だけの……。
俺の……。
多分、最後の人間らしい時間……。
****
二人で、王国の裏門へ向かっていると兵士数人に、女性らしき人影が追われていた。
追いかけてくる兵士達は……。
【悪魔の様ですね】
女性に斬りかかろうとする、兵士の剣を受けとめた。
「何だ? 貴様!」
「うん? お前は……」
何かを言いかけた三人は、塵へと変わる。
「あなたは……キャサリンではありませんか」
「あの? 貴方がたは?」
「分かりませんか? 私です。イザベラです」
「はっ?」
まあ、そうなるだろうよ。
場所を移動し、俺達はキャサリンから状況を聞く。
イザベラを追いだした代表の一人であるキャサリンから、現在の王国内の状況を聞いた。
最悪だ……。
たしか、魔界の門を開くカギは人間の血と魂……。
そして、憎悪が材料。
もうすぐ魔界の門が開く。
謎の兵を連れたサリーが三日前に戻り、その力を示す事で王を取り込んだらしい。
世界を滅ぼす敵が来ると予言し、実際に数回の襲撃を受けたそうだ。
多分、悪魔どもの猿芝居だろうが……。
隣国との協力を取り付け、今城の中には、この大陸のほとんどの戦力が集っている。
そして、サリーを虐めていた宮廷巫女達は、滅亡の神託を握りつぶそうとした重罪人として処刑されているらしい。
このキャサリンだけが、魔法で命からがら逃げ出したそうだ。
かなり周到だな……。
『悪魔が、事前に色々仕込んでおったのじゃろうな』
【どうしますか?】
かなり分かり難いが、多分敵の親玉はサリーの近くに居るはずだ。
【全く……】
『お前のそれは、策とは言わんぞ?』
俺は、何処まで行っても俺なんだよ。
これが俺流だ。
「イザベラ?」
「はい」
「悪いが、そのキャサリンってのと協力して後始末頼めるか?」
「はい」
こんな俺に……。
笑ってくれるのか。
「何をするかまで、分かってるって顔だな?」
「はい……。偽りの世界とはいえ……。私は、貴方の妻のつもりです」
ああ……。
こいつは、俺に勿体ないくらいのいい女だ。
これで、心おきなく……。
『このバカ孫は、一番困難な道しか選ばんのぉ』
これが、一番被害が少なくて済むはずだ。
【困った方です。ですが、嫌いじゃありませんよ!】
そうかい……。
俺は、俺が嫌いだがな。
聖剣を出した俺は、城へ真っ直ぐに進む。
****
俺がみんなの前で悪魔の正体をさらけ出してやれば、サリーが集めた戦力がそのまま悪魔に対抗できる力になるはずだ。
「おい! 貴様! 何を!」
「なっ!? ぎゃん!」
俺を止めようとした兵士を、魔力の刃を出していない聖剣で殴り倒す。
そのまま城の内部へと、真っ直ぐに侵入していく。
この中には……。
【居ないようですね】
なら、魔力は出すなよ?
【分かっています】
「あれです! あれこそが、世界に仇なす存在です!」
城のテラスから、俺を指差すサリーが叫んでいる。
悪いな……。
少しだけ待っててくれ。
今、助けてやる。
サリーの声で、場内から庭園へと出てきていた兵士達が、一斉に向かってくる。
ふん!
話しにならん……。
もちろん、俺は兵士達を聖剣で戦闘不能にしていく。
そして、真っ直ぐにサリーを目指す。
どけ……。
「下がれ! お前達!」
「ここは、私達に任せて下さい」
ひげ面の大男と、端正なマスクの剣士が他の兵を引かせた。
これが、サリーの言っていた将軍と剣士か……。
【なるほど、Aランクですね】
竜人ってのは、確かに他の種族とはレベルが違うんだろうな。
『人狼やバンパイアと同等のようじゃな』
ひげ面が、目の前で五メートルほどのドラゴンへと変化する。
剣士は、変化しないのか……。
【剣で戦う方が強い……と、とるべきでしょうかね?】
まあ、そうだろうな。
「さあ……覚悟!?」
爆発のような轟音が、場内にまで届く。
俺に殴られた将軍が、城壁へ吹き飛ぶ姿をみて剣士が呆然としている。
馬鹿が……。
戦闘中に隙を作り過ぎだ。
剣士を鞘から抜けかかっている剣ごと、薙ぎ払う。
その衝撃で、剣士の装備していた剣と鎧が粉々になった。
二人には、俺の動きすら見えてなかっただろうな……。
その光景を見ていた、兵士達が恐怖を感じたようだ。
俺の進行方向から、人が居なくなった。
手間が省けてなによりだ。
サリーの両隣りに居る、二国の王らしきおっさん共も、ただその光景を呆然と眺めている。
やっとお出ましか……。
二十人ほどの兵士の姿をした悪魔共が、俺に向かってきた。
<ミラージュ>
コアは……。
そこだ!
誰にも気づかれない速度で、虚像だけを残してテラスへと飛び上がった俺は、サリーの影へと剣を突き立てる。
ちっ……。
「流石はメシアだな。まさか、サキュバスの夢から戻ってくる人間がいるとは予想外だ」
影から、黒い鎧を着た蝙蝠の羽をはやしたゴリラが滑り出てきた。
避けられたか……。
「だが! もう鍵は完成している!」
その言葉と共に、悪魔共が兵士から元の姿へと戻って行く。
そして、庭園の上空へと羽ばたき、その場でほホバリングを始めた。
俺は、悪魔が抜けた事で力なく倒れ込むサリーを、抱きとめた。
「悪いな……。待たせた」
意識のないサリーをその場に寝かせる。
****
庭園の上空には、悪魔的な気持ちの悪い十メートルはある門が浮かんでいた。
その周囲には五十匹ほどの悪魔達。
その中心に、さっきの牙の生えたゴリラが浮かんでいる。
「さあ! 今こそ、我等の世界を解放する時だ!」
「お前は……」
王が俺に声をかけようとしてくるが、相手をしてる余裕はないんでな。
「我らは悪魔軍先遣隊! お前にはまだ役目がある! 今なら見逃さんでもないぞ?」
先遣隊……。
『門を開く為に、この世界に隠れ住んでいた悪魔か……』
ようは、ぱしりだろ?
【それでも、この魔力ですか……】
悪魔達全員から、Sランクの魔力を感じる。
まあ、それはどうでもいい。
俺はもう……。
もう、我慢する必要はない!
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
「うおおお! 何だこれは!?」
「この男はいったい!?」
俺の全身から噴き出すオーラで、二人の王は壁際まで吹き飛ばされていた。
さあ!
「これほどの力が……。お前たち! 門が開くまで足止めをしろ!」
ゴリラが両手を開くと同時に、真っ黒いオーラを纏った結晶が出現する。
そして、それは門のくぼみへと吸い込まれていく。
これで、魔界への門が開く。
「なっ? 何が!?」
作業を終えたゴリラが振り向くと、全ての手下が塵へと変わっていく所だった。
「馬鹿な! メシアとは言えこれほどの力が……」
キョロキョロと俺を捜しているようだが、もう終わっているんでな。
「はっ!? こ……こんな事が……」
ゴリラは、テラスに俺の姿を見つけたと同時に、自分のコアが砕かれている事に気が付いたようだ。
そのまま塵へと返って行く……。
****
「レイ!」
階段から上って来たイザベラが、俺の姿を見つけて叫ぶ。
俺は振り向かずに、ゆっくりと開いて行く門を眺めていた。
まだ、入れない。
「ああ! サリー? 無事ですか?」
俺の方へと駆け寄ってきていたイザベラは、サリーに気付き、抱き起す。
「んっ……。先生」
サリーも無事だ……。
これで、心残りもない。
魔界の門は、外側からではどうやっても閉められない。
このままにしておけば、悪魔がこの世界へとなだれ込むだろう。
だが……。
中からならば、閉められる。
師匠は、二万年前にそうやって人を守った。
今度は俺の番だ。
「先生……ごめんなさい。ごめんなさい。分かっていたのに……」
「いいんですよ、サリー……。よく頑張りましたね」
うん……。
流石は、いい女。
後は、任せていいだろう……。
「待って!」
空中へ飛ぼうとした俺に、サリーが叫びかけてきた。
「お願い……何も望まないから……私は何も望まないから! だから! 生きて帰ってきて!」
ふ~……。
無理な注文をしてくれるもんだ……。
「ああ、必ず帰ってくるさ……」
そう言った俺は、振り向かずに跳び上がり、空中を蹴り開ききっていない門の中へと飛び込む。
「嘘付き……」
「サリー……」
「ああああ! レイは嘘付きです! 最後まで……」
「これが彼の運命なのです……」
泣きじゃくるサリーを抱きしめるイザベラの目にも、涙が浮かんでいた。
俺は、本当に女を泣かせてばかりだ。
その上、嘘しか付けない。
本当に、最低の大馬鹿だよな。
あ~あ……。
やってらんね~……。




