十三話
『しっかりせんか! しっかりせい!』
【目を覚まして下さい!】
目蓋を閉じることすら出来なかった俺は、体中から血を垂れ流して、胎児のように丸まって倒れている。
腐敗した死体の散らばる、不毛の大地。
俺が死ぬには、お似合いの場所かもしれない。
何もなす事なく、誰も守る事が出来ず、ただ出鱈目に被害を増やしただけ。
現実ってのは甘くない……。
いや、残酷なんだよな……。
【お願いです! 目覚めて下さい! お願いです!】
中途半端で情けない俺らしい……。
本当に俺らしい……。
『意識が戻らん! ぐうう!』
【貴方はこんな所で死んではいけない! 目を覚まして下さい!】
俺は、何のために生まれてきたんだろう?
人を不幸に巻き込むだけ巻き込んで……。
そして、何も出来ずに死んでいく……。
きっと、俺は生まれて来てはいけなかったんだ。
あ~あ……。
何で俺は最後までこうなんだ?
本当に……。
やってらんね~……。
何で世界は、こんなにも輝いているんだ?
何で、こんなにも命は尊いんだ?
何で、こんなに人は愛おしいんだ?
何で?
【ああ……。空間が崩れていく……】
何で、俺にそんな物見せつけるんだ?
俺には、絶対に手に入れられないのに……。
生まれてきた罰なのか?
お前はそこで、指をくわえて見てろって事なのか?
『諦めるな! 若造!』
【しかし!】
ああ……。
『まだじゃ! まだ!』
世界はなんて残酷で……美しいんだ。
【くう……。目覚めた下さい! お願いです!】
人はなんて儚くて……愛おしいんだ。
【駄目です! 貴方はまだ幸せを見つけていない! 死んではいけないんです!】
『何か……何かないのか!?』
【世界なんてどうでもいい! 貴方は幸せにならないといけないんです! 目を……目を開けて下さい!】
『わしに出来る事……。若造に魔力を流す事のみか……』
【賢者様! 空間が……もう……】
『諦めるな! 馬鹿者!』
【でも……】
『この馬鹿は……この馬鹿は、最後まで諦めなんだ! わし等が諦めてどうする! 考えるんじゃ!』
【しかし、私達だけでは……】
『この馬鹿の戦いに、余裕など一度もなかった! 己の実力以上の怪物と戦い続け、討ち破ってきたんじゃ!』
【私には……】
『どんな困難にも愚痴を言いながら、笑って立ち向かった! 決して諦めなかったんじゃ!』
【賢者様……】
『こいつは、笑いながら死にたいと言った! こんな死に方ではない! 今はわし等しかおらん! 考えるんじゃ!』
【……はい! しかし、私には能力の発動くらいしか……】
『わしのように、体内のみに作用する力ではない! 剣は振るえんか!?』
【無理です……。今使えるのは……障壁を体の下にでも展開させて、体を浮かせる事くらいでしょうか……】
『こいつの精神に、直接語りかける事は?』
【さっきから、やってますが全く反応がありません……】
『時間操作や復元では意味がない……。何か……何か!』
(……だ……)
『うん!?』
(……こっちだ)
『これは!? 若造! 今から、お前に魔力を流す!』
【えっ!? どうするんですか!?】
『こいつの体を障壁で浮かせるんじゃ! そして……うん! あの、蜃気楼に向かわせよ!』
【えっ!? あんなもの何時の間に……】
『早くせい! 急ぐんじゃ!』
【わっ……分かりました!】
若造の障壁で浮き上がった俺の体は、空中で二度三度と展開される障壁に弾かれる。
投げ捨てられた人形のように白いモヤに向かった俺の身体は、そのままその場所から消える。
そして、疑似的に作られたあの世は崩れ去った。
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「そんな……レイ……レイィィィィィ!!」
「馬鹿な……。こんな馬鹿な!」
「おい! お前、何とか出来ないのかよ? 今の丸いのをもう一回開けよ! 俺が飛び込む!」
「そんな……。嘘よ……」
「アネゴ……アネゴ! ヤバいって! これヤバいって!」
「英雄様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「嘘よ……。絶対、私達を騙そうとしてるだけよ! また……何時もみたいに笑ってひょっこりと……」
血を吐いて倒れる所まで見ていた、フリーガル連邦に集まった皆がうろたえる。
全員が全員、俺が何時も通り難なく帰還すると考えていたらしい。
俺は完璧とは程遠い人間なんだけど?
「大丈夫……大丈夫……。レイは死なないって言った」
「メリッサよ……。震えておるぞ?」
「そう言う魔王様こそ、痛くないんですか?」
「うん?」
「そんなに強く二の腕を掴んで……血が出てますよ?」
「……お前に見えんか? レイは……レイはどうなった?」
「見えないんです……。全く存在を感じられない……。死んだのでもなく……存在自体が世界から無くなったみたいに……」
「そうか……。ならば、私達は信じるしかないな……」
「……はい! レイは死にません!」
「よし……。では、皆に活を入れるか」
「はい!」
ミアが男性陣に、メリッサが女性陣にそれぞれ歩み寄る。
「がはっ! 何するんだ!」
「痛!」
「ぬおお! 何? なんだ?」
「きゃ! メリッサちゃん?」
「まだ、目が覚めん者はおるか? おれば、私の平手を見舞ってやろう! 前に出てまいれ!」
「皆さん! 彼を信じましょう! 彼はどんな運命にも負けません!」
「そうじゃ! 世界の危機は、まだ去っておらん! レイの帰還までに、出来る事をするんじゃ!」
「そうです! 彼は私に言いました! 絶望は、時間の無駄だと! 諦めては駄目です!」
それからミアとメリッサが中心になり、ラクノギ大陸の戦力が集結する事になる。
レーム大陸の五十倍はあるその大陸で、集まって行く力。
それは、人類滅亡という最悪の事態を避けるための戦力。
勇者、英雄、大魔道士、賢者、魔王、魔族、亜人種、人間種……。
国、人種、老若男女すべてが混在された究極の連合軍。
ヒルダにより、その戦力はレーム大陸までも巻き込み、巨大化していく。
どんどんと力を蓄えると共に、その軍は一人の英雄の帰還を待つ。
世界を危機から救うために……。
本当に、人間ってのは弱くて……何よりも強い。
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【これは……】
『おお……おお! よくぞ!』
(何とか今回もギリギリ間に合ったな)
『いいえ! 本当に助かりました!』
(苦労をかけるな、マリーン)
【あの……賢者様? その立体映像のように透けている方は、どなたでしょうか?】
『この方こそ前に話した、偉大なる死神様じゃ』
【おお! このお方が……】
何故か、半透明でノイズまで走っている師匠は、何時もの深い悲しみをたたえた瞳で寝転がる俺を見下ろす。
(馬鹿弟子が……。無茶をしたものだ……)
『申し訳あしません……』
(お前は何も悪くない……。こいつが自分で決めた事なんだろう?)
不思議なその真っ白い空間に、浮いている俺の顔に師匠は手をあてる。
(もって、あと三時間か……)
【そこまでお分かりになるんですね?】
(ああ……。まさか力の代償が、肉体にこれほどの負荷をかけるとは……)
『褒めてやってはくれませんか? この馬鹿孫は、最後まで立派に戦い続けました』
(無論だ……。俺などより立派に戦いぬいた。)
【あの! 死神様でもどうにもなりませんか? 私のせいで……】
(それも、こいつが望んだ結果だ。自分を責めるな……)
【しかし! 私と契約してしまったせいで!】
『若造……』
(聖と魔の魔力の反発……。それは、莫大な力を生み出すが人に身では耐えられるものじゃない)
【その上で、回復と復元を繰り返しました……】
(肉体の……細胞の限界はとうに超えている。毎日が、激痛との戦いだっただろうな……)
【私のせいで……】
(お前のせいではない。こいつは、その事でお前を責めなかったはずだ……)
【はい……。それが、私には辛いのです。どんなに、辛くて苦しくても笑うんです……。何とか助けられませんか!?】
****
(お前は、望んで地獄を歩むか……。そう仕向けた俺を怨むか?)
再び、頬に手をあてた師匠の腕を掴む。
「師匠! 時間を下さい!」
(お前……)
何とか、深層意識の底から戻ってこれた。
起き上がる力もないが、腕くらいは動かせる。
「お願いです! 時間が欲しい! 一年……いや! 半年でいい!」
(まだ、戦うと言うのか……)
「お願いです!俺に、戦える力を下さい!まだ、俺は何も終わらせてない!」
師匠は、俺の歪な心を感じ取る。
戦闘本能と殺意のみが特化した、破綻している思考を。
しかし、悲しい目の死神はその根底が人を守りたいという、優しさだと理解している。
自分が殺したと思いこむ、死んでしまった人の思いを全て背負い戦うことしかできない悲しい存在。
(この運命へお前を巻き込んだ俺を、まだ師匠と呼ぶのか? 怨んでもいいんだぞ?)
「そんな事は、どうでもいいんです! 俺はまだ戦いたい! まだ何も守れてないんです!」
(この先も、待っているのは地獄だぞ? それでも……)
「はっ……。生憎、地獄しか知らないんですよ! そここそ、俺の生きる場所なんです!」
師匠は少しだけ目を瞑った後、胸のポケットから液体の入った小瓶を取り出す。
どうやら、迷いはあったようだけど最初からそのつもりだったのだろう。
その小瓶だけが、師匠の身体のように透けることなく、この世界に存在している。
(これは、俺が研究していたミスリルの実験で偶然生まれた、オリハルコンとの液体合金だ)
「それを使えば、俺は戦えますか?」
(ああ……。だが、死ぬよりも辛い苦痛を伴うぞ?)
「構いません! お願いします!」
師匠は、その液体を無言で飲むように、口に運んだ。
「ぐっ! くそったれぇぇぇぇ!!」
体中を引き裂かれるような痛みが、襲ってくる。
「ぐうう! ぐああああああああ!」
俺は、その場で転げまわる事しか出来ない。
体中から血が吹き出し、痛みがどんどん増していく。
体を内部からナイフで抉られるような痛みだった。
あまりの痛みに、気を失う事すら出来ない。
「ぎゃああああああ!」
正直ちょっと洒落にならん。
これだけでも、廃人になるかも知れん。
****
「はぁ……はぁ……。キツイですね……」
(よく頑張った)
『おお! 体が補われておる!』
「みたいだな……はぁはぁ……。マジきつい……」
【よかった……。本当によかった】
『この金属はいったい? 体の細胞と融合しておりますな……』
(これは青生生魂[アポイタカラ]、精神感応液体合金だ。お前の戦闘本能が尽きない限り、魔力を糧に自己増殖してお前の体を生かし続ける)
「なるほど……。俺は、心が折れた時死ぬって事ですね?」
(そうだ……。果てしなく戦う事でしか生きられん……)
「まあ、今まで通りですね。よっと!」
俺は、はねる様に飛び起きた。
「うん! これならいける! 聖魔合成魔力に対応出来てます!」
立ちあがった俺は、自分の体の機能と魔力を確認する。
魔力に馴染んだだけじゃなく、強度まで飛躍的に上がってる。
よっしゃぁぁぁ!
パワーアップだ!
(お前は、本当に強いな……)
「そうですか? 普通ですよ」
(俺がガキの頃は、支えてくれる人がいてさえ、そんなには笑えなかった)
「笑わないと、やってられないもんで!」
悲しい目の死神は笑う……。
くっそ……。
師匠も、もてるんだろうな~……。
いいな~。
五億年か~……。
何人と……。
『お前の思考は、全部伝わるんじゃぞ?』
はうああ!
「あ……。気のせいです!」
(ふふふっ……。全くお前という奴は……)
「まあ、俺は何処まで行っても俺です」
【くくくっ……】
(あはははっ!)
あれ? なんか笑われてる?
何故に!?
『アホ……』
アホじゃありませ~ん!
なんだよ……。
笑う事ないじゃん!
あ~あ!
やってらんね~……。




