十二話
ジュリアに別れを告げられた日から一週間後……。
俺が町に戻ると、大きな歓声が大通りから聞こえた。
理由は分かっている。
終始劣勢だった、フリーガル側の連合が大勝利をおさめたのだ。
その戦場で、俺は何時も通り暗躍していた。
帝国側の死体が、かなりの人数だったので……。
ほぼ半数を俺が狩ったのだ。
まあ、勝てるでしょうよ。
だって、人数が敵の二倍くらいいるんだもん。
兵士一人一人の練度は同等だ。
後は、戦術と人数で決まる。
人数にあれだけ差が出来たら、負けるわけがない。
ただ、民衆はその勝利が戦場の歌姫のお陰だと口々に言っている。
うん……。
これでいい。
何より、戦争の手っ取り早い終結ってのは、どちらか一方の勝利だ。
フリーガル側には例の死体もいない事だし、勝ってもらって問題ない。
大通りでは、凱旋する兵士達に民衆が歓声を送っている。
ワッと一層大きな歓声が上がった……。
オープン型の馬車に座った、ジュリアとクリスが民衆に手を振っている。
ああ……。
上手くいったのか……。
民衆の誰もが気がつかないだろうが、二人が座って見えない手を握っている事が分かってしまった。
多分、俺以外に気が付いている人はほとんどいないんじゃないかな?
【よかったのですか?】
いいに決まってる。
総統夫人だぜ?
俺に近づきすぎて死んじまうより、何百倍もマシだ。
【しかし……】
いいんだ!
いいんだよ……。
これでいいんだ……。
しかし、俺はまともに異性を好きになった事が無かったみたいだ。
『かも知れんな……』
これが失恋か……。
結構きついもんだな……。
胸にポッカリ穴があいてやがる。
いや、元々開いてた穴が広がったのか?
まあ、どっちでもいいや。
ふ~……。
やってらんね~……。
****
情けなくて、弱い俺は二人をそれ以上直視できず、路地へと引っ込んだ。
そして、今日も一人で食事をとる。
何時も通り、馬鹿二人がパンとパスタで騒ぎやがる。
五月蝿いったらないよ。
俺は、本当に修行不足だ。
人類滅亡を防ごうって時に、こんな事で心が乱れる。
情けないよ。
その上、今回の解決の糸口すら見つかっていない。
時間が無いってのに、もう既に一カ月。
なんだか最近全く上手くいかないや。
違うな。
俺の人生で上手くいった事なんて、ほとんどないんだ。
それどころか、自分一人じゃあ上手くいったためしがない。
悪化させるのは得意なんだけどね……。
「ふ~……」
さて!
反省終り!
『もういいのか?』
ああ!
早く亡者どもを潰して、悪魔共と戦う準備だ!
『うむ』
****
なんて言ったけども……。
それから、また一週間……。
全く分かりません!
どうなってるの!?
何処に行って誰に会えば真相が分かるの!?
てか、真相って本当にあるの!?
わかんね~よ!
そんな俺は、今日も今日とて亡者狩り……。
なんか、もうあきてきた。
『しかし、この人数は……』
ついに本当の開戦だな……。
【これほどの人数がぶつかれば……】
死者は何万人出るんだろうね?
モリガーナ帝国五百万に、フリーガル連邦三百九十万か……。
よほどいい作戦でも立てないと、フリーガルが負けるだろうな。
てか、何匹いるの!?
帝国側の、死体の数が分からない!
多すぎる! 馬鹿か!?
何万……何百万!?
流石にこれは、骨が折れそうだ。
それも、可能な限り見つからないようにって……。
無理じゃね?
【まあ、多少は目視されるでしょうね】
ですよね~。
どうしよう。
『帝国兵の鎧を拝借すると言うのはどうじゃ?』
あ! それいいね!
頂き!
取り敢えず、背格好の似てる人間一人をさらうか……。
『なんじゃろうな……』
何?
【なにも間違えていないのに、言い方が凄く不適切に感じます】
はぁ~!?
じゃあ、なんて言えばいいの!?
俺~、間違えてないよ?
『そうなんじゃがな~。何と言うか……』
チョイ待って!
誰か来る……。
俺は、フリーガルのベースキャンプ裏で潜んでいた茂みにさらに身を深く隠す。
うん!?
ジュリア……に、クリスか。
う~ん……。
何か口論してる?
おっと……。
胸がズキンとくる……。
口論をしていたくせに、クリスに引き寄せられたジュリアは……。
すすんで唇を重ねている……。
『大丈夫か?』
ああ……。
ふ~……。
二人とも、冷やかさないのか?
【何度も言いますが、私達は貴方ほど歪んでいません】
ああ、そうかい……。
何か、雰囲気が十八禁になりそうだ。
****
俺は、その場を離れて帝国側に向かう。
そして、気を抜いていた兵士を気絶させて鎧を奪う。
そう言えば、鎧を装備するなんて何年振りだろうか?
開戦までに可能な限り潰す。
せめて……。
せめてあいつが幸せになってくれれば……。
【全く、貴方は面倒ですね?】
五月蝿い……。
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
黒い影となった俺は、森を駆け抜ける。
多少兵士に見つかるが、魔力を通わせていない聖剣で殴りつけた。
聖剣は、魔力の刃を出さなければ只の鈍器になる。
ある意味便利。
被害を報告されないように、連絡要員を潰し、見つからないように身をひそめる。
そして、目的の死体を潰していく。
開戦まであと、三時間!
全員潰してやる!
作業には、神経を限界まで尖らせるような集中力を要求された。
その繊細な作業を何とか完遂した時には、開戦二十分前になっていた。
「はぁ……はぁ……間に合った」
『よくやった』
【お疲れさまでした】
しかし……帝国の兵隊を六割位にしちゃったけど……。
『よほど失敗でもしない限り、フリーガル連合の勝利じゃろうな』
うん。
まあ、決着がつくのも歓迎だ。
よしとしようか……。
****
俺は、元いた茂みに戻り鎧を脱ぎ服に着替える。
仕事は終わってるから、迷彩の方じゃなくて普通の服を着た。
さて、俺は一足先に町に帰るか……。
腹も減ったしな……。
うん!?
なんだ?
『人の気配じゃな……』
おいおい!
ここ戦場のど真ん中になる地点だぞ?
斥候か?
う~ん……。
一応確認しとくか。
【そうですね。手違いで紛れ込んだ一般人だった場合、助けないと】
だな……。
あ? あれ?
二人いた気配が、一人になった?
あれ?
気配のする場所を、木の陰から覗くと……。
おいおいおい!
何だ!?
何があった!?
あれって……。
『フリーガル連邦の総統じゃな……』
ヤバいって!
「おい! 大丈夫か!?」
俺は、総統を抱き起こした……んだけど……。
【まずいですね、心臓がナイフで貫かれています!】
回復……いや! 復元!
俺は、左手に魔力を流し復元を開始する。
「お……お前は……」
「喋るな! 治してやる!」
「無理だろう……」
「無理じゃね~よ! 黙ってろ!」
数分で、総統の心臓を復元した。
しかし、かなり血液を失ったようで流石にすぐには動かせない。
手持ちの水を飲ませて、総統が落ち着くのを待つ。
「すまないな……」
「いや……」
「君は、ジュリアくんと一緒にいた……」
「レイだ」
「そうか……君がそうなのか……」
はぁ?
「何の話!?」
「勝手な事だが、君に頼みたい事がある……」
「はあ?」
「頼む! 国を……民を守ってくれ! この通りだ!」
おおう。
総統に土下座された。
「訳を教えてくれないか?」
「ああ……」
****
こうして俺は今回の全容を知る。
まさか、こんな所でそれも国のお偉いさんから聞く事になるとは……。
てか、内容が洒落にならん!
「マジかよ……」
「すまない!」
「いや、おっさん何も悪くないじゃん」
「しかし……」
『なるほど、術の核を他所へ移すとは……』
その上、偽装してあるんだろ?
分かるわけないじゃん……。
さて、どうしたもんか……。
いきなり行って叩き斬る訳にはいかないよな……。
ええ!?
くっそ! 何で俺の位置がつつ抜けてるんだ!?
気がつくと、死体の兵士たちに取り囲まれていた。
数は……十体か。
舐めるなよ!
「こいつ等は……」
「ああ、例の死体だよ」
「くう……」
「心配するな……」
ふ!
おうん!?
避けられた?
うおっと!
意外に鋭い剣を、俺がぎりぎりで避ける。
『油断するな!』
おいおい……。
こいつ等、本気出してなかったのかよ。
その死体達は、今までの人間スペックではなく、化け物らしい動きを見せる。
「私を置いて行って構わん! 逃げなさい!」
死体の動きを見て弱気になったか?
「だから……。俺を舐めるな」
少しだけ、真面目に行くか……。
「はぁ!」
「……うっ。どうなった?」
流石に見えなかったか。
「もう全部斬り殺した」
「そんな馬鹿な!?」
誰が馬鹿だ!
殴るぞ! おっさん!
「それより、ここから退避するぞ」
「いや、私の事より……」
「そういうわけにもいかんだろうが! いいから掴まれ!」
「しかし……」
「早く!」
総統……。
多分首都に戻せば、消されるだろうな。
『そうじゃな』
なら、隣町まで行くか……。
【仕方ないでしょうね】
ああ、正常に戻った国にこのおっさんは必要だろう。
てか、多分絶対必要になる。
『ふむ。気に入ったのか?』
国のお偉いさんの癖に自分が間違えた時、俺みたいな奴に土下座出来るって……。
【相当な人物ですよね】
ああ……。
この後、間違いなくこの大陸は混乱する。
このおっさんを生かしといて、損は無いはずだ。
『賛成じゃ』
総統のおっさんを背負った俺は、首都から離れた隣町へ走った。
てか、俺がちょっと本気で走るとおっさんは呼吸困難になった。
まあ、呼吸できないよね……。
仕方なく、おっさんの耐えられる速度で移動し、金を持ってないおっさんに金貨を渡して首都へととんぼ返りした。
*****
ああ?
何この空気……。
町全体が、とんでもなく重い空気に包まれていた。
何で!?
あれだけの戦力差で負けるわけが……。
嘘だろ!?
何かあったな……。
ラジオから流れるのは、圧倒的な敗戦の知らせだった。
マジかよ……。
続報は、一時間後か……。
くっそ!
国が絡んでるから、下手に動けん。
でも急がないと!
ああ! もう!
また面倒な事に!
どうする?
どうやってクリスに接触すればいい?
忍び込むか?
いや……。
一人になるとは思えん……。
【流石に、総統殺しは……】
ああ……。
折角今まで、見つからないようにやってきた事が全部パーだ。
『この大陸でも指名手配か……厳しいな』
ああ……。
この世界最大の大陸だ。
人口も一番多い。
【悪魔の出現は、この大陸の可能性が一番大きいですからね】
どうするかな~。
黒幕はクリスで間違いのかな?
う~ん……。
違うよな?
【そうですね。聞いた限りでは、彼は利用されているだけと判断するべきでしょうね】
てか、何でだろう?
理由がよくわからん……。
黙ってれば、次期総統なのに……。
なんで、亡者どもの加担するんだ?
『わからん……』
てか、術の核って何だろう?
あ~! くそ!
総統のおっさんにもう少し聞ければよかったのに……。
『お前が、全速で走ってヘロヘロにしたんじゃろうが……』
あ~、はい。
しかし、奴らの最終目的はなんだ?
それは、おっさんも知らないって言ってたな。
帝国で作られている、死なない兵士……。
その死体を偽装する、大がかりな術……。
その術はクリスが核を握っている。
小国の紛争を止めようとしたフリーガル連邦。
それに相反するように、モリガーナ帝国の強制武力介入。
それ以降の、帝国皇帝とクリスの密談による予定された戦闘の勝敗。
それに気が付いた総統の排除。
なんだ、この流れは?
何かがおかしい……。
その一、人間を亡者に全て変えようとしている?
その二、帝国が、大陸支配をねらっている?
その三、戦火を拡大させて、死者を増やす事で亡者を増やそうとしてる?
【やはり三でしょうか?】
う~ん……。
でも、連邦の死体は亡者になってないんだよな……。
何が狙いだ?
何かを見落としてるのか?
それとも、思い込みによる勘違い?
戦火を拡大……。
戦火……。
あ! あああ!
『なんじゃ? 分かったのか?』
そうだよ……。
そうじゃないと、ここまで手の込んだ事はしない。
若造! 前に、戦火が拡大したらどうなるって言った?
亡者は関係なくだ!
【それは、人間同士の戦争による人類……ああ! 滅亡!】
そうだよ!
亡者は切っ掛けだ!
亡者の復活と人間同士の戦争を、別物と思い込んでたんだ!
『なるほど、人間に偽装した亡者で人間同士の戦争を誘発するのか!』
ああ!
そのあと、多少生き残った国があっても亡者で潰せる!
これなら、説明がつく!
【確かに! 亡者の数が少ないわけでも、増える速度が遅いわけでもないですが……】
ああ! 億単位の人間を潰すには、時間がかかる。
それを、億単位同士で人間が自滅するなら……。
『ならば、今回負けた後は……』
対抗できる国が無くなった帝国軍で、各地に占領戦をしかけるとか。
帝国傘下の国と、連邦傘下の国をもっと巻き込んで戦争を一気に拡大するとか!
やり方なら、俺でも思いつく!
クリスは……。
その中で、自分だけでも安全な場所にいるようにしようとしてるのか?
それとも、国の拡大でも約束された?
『それは、分からんが目的はろくでもないはずじゃ!』
でも、どうやって防ぐ?
【そうですね……。ただ、亡者の存在を教えても、その亡者で人間を攻撃しそうですよね?】
民衆には、この戦争が間違ってるって事を……。
無理!
俺、只の不法入国者だもん!
『ならば、戦争自体を潰すか?』
潰すなら、黒幕っぽい皇帝側かな?
『黒幕が皇帝とは決まっておらんぞ?』
そうなんだよ……。
総統のおっさんから話を聞いた時点では、今日の戦闘に勝ったクリスが世界制覇にでも乗り出すとおもったんだけどな~。
あ~あ。
『お前の今考えた方法は、もっとも負荷がかかるぞ?』
【今の貴方は、戦闘回数を抑えるべきでは?】
でも、こんな事しか思いつかん……。
【全てを……守るですか】
『難儀な奴じゃ』
うるせ~よ。
さあ、もうすぐ国民への報告ってやつが始まるぞ。
俺は、ホテルの部屋にあるテレビをつける。
壇上には正装したクリスが映る。
そして、国民への説明が始める。
「おいおい……また予想の上かよ」
『一番効率的と言えるじゃろうな……』
あ~あ……。
放送の内容は、総統が戦闘中に死亡して、クリスが新しい総統になった事。
そして、今回の敗北で連邦は帝国に降伏をする事。
ただ、クリスが帝国皇帝の娘と婚姻を契る事で、国民の生活は保障される事。
フリーガル連邦の国名が無くなり、モリガーナ帝国のフリーガル領になる事。
最後に、数時間後帝国皇帝が娘と軍を連れて、この国を支配した事を宣言しにくるそうだ。
クリスは演技だろうが、涙ぐんで喋っていた。
アホらしい。
全部お前が仕組んだ事だろうが……。
てか、この放送も多分撮影された映像だな。
【映像の……壁の時計が、三十分前ですね】
取り敢えず、クリスには会いに行かないといけないが、場所が判らないか……。
『どうするんじゃ?』
議会から捜そう。
捜すしかない。
【そうですね】
窓から見た空は、雲が全面を覆っていた。
まるで、この国の国民の気分と未来をあらわしてるみたいだ。
****
「……ジュリア?」
「あっ……あの……えへへ」
ホテルを出ると、そこには泣きそうな……涙の跡があるな。
泣きやんだジュリアが立っていた。
「放送聞いた?」
「ああ……」
「捨てられちゃった……。私って馬鹿だよね~……ははっ」
うん?
「私にはもう何も残ってないの……。あ~あ……。こんな仕事引き受けるんじゃなかった」
「お前には歌があるだろう?」
「レイィィィィ!」
泣きながら、ジュリアが俺の胸に飛び込んできた。
止めてくれよ……。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 身勝手なのは分かってる! でも、もう貴方しか……」
これはキツイ……。
通行人に見られるのは、恥ずかしいな……。
仕方なく、俺は部屋へジュリアを連れていく。
ジュリアは、ベッドに座った状態でも俺にしがみついて泣いたままだ。
勘弁してくれよ……。
「ごめんなさい。でも、私が本当に好きなのはレイだったの」
止めてくれよ……。
立ちあがったジュリアの腕が、俺の首にまわる。
「ああ……大好きよ。レイ……」
本当に止めてくれよ。
お前は知らないだろうが、その顔は俺が愛した人の顔なんだ。
その顔で……。
俺に嘘をつくな!
「お願い……。私を幸せを頂戴……」
ジュリアの腕に隠されていたナイフが、俺の首に刺さる。
そして、俺はそのままドサリと倒れ込んだ。
「やった……やった! これで私はクリスに愛して貰える!」
ジュリアは、俺のかばんを勝手にあさり始めた。
「やっぱり! クリスの言った通り……このクズ男!」
カバンの中から迷彩服を見つけたジュリアは、倒れたままの俺を踏みつけ唾を吐きかけた。
そして、写真をとると部屋を走って出ていく。
向かうのは、もちろん愛するクリスの元だ。
どうやら、クリスは議会にいたらしい。
****
総統の部屋で窓から、クリスはこちらに向かってくる土煙を眺めていた。
帝国軍がもうすぐ到着する。
今回引き連れてきた帝国の兵士は、ほぼすべて亡者のようだ。
それを、武器を持たない状態で敬礼して待っている連邦兵は、皆唇をかんだり涙を流したりしている。
まあ、悔しいよね。
「クリス! やった! やったわ!」
部屋に飛び込んだジュリアは、すぐさまクリスに飛びつく。
「そうか……。御苦労さま」
「ねえ? これでいいのよね?」
「ああ……もちろんだとも」
「これで、私を愛し続けてくれるのよね?」
ジュリアは血走った懇願の目を、クリスに向けた。
「もちろんだ。嘘はつかないよ」
それが嘘じゃんか。
「でも……結婚は……」
「ああ……。ジュリアは愛人としてになってしまう」
唇をかんだジュリアが、クリスに背を向ける。
そのジュリアに、クリスは後ろから抱きついた。
そして、首筋に舌を這わせる。
「もちろん、本当に愛しているのは君だけだ。皇帝の娘とは形の上だけの結婚だ」
「ああ……クリス……私も愛してる」
なんとも性格の悪い……。
『この方法を、一瞬で考え付くお前が言うか?』
俺はただ合理的なだけだ。
「で? 君は、何時までそうやって見ているつもりだい?」
「えっ?」
目をトロンとさせたジュリアが、クリスの目線を追う。
そこには、腕を組んで壁にもたれかかる……。
「そんな!? レイ……。ちゃんと殺したのに……」
あの顔は俺にとって、凶器以外の何物でもないな。
「大丈夫だよ、ジュリア。彼は、ナイフでは殺せない」
当然だ。
嘘だって分かってたんだからな。
【一瞬で急所をずらした上に、強化した首にわざとナイフを刺させる。その上で、ジュリアさんにクリスの元へ誘導させる……】
見事に成功だっただろ?
『ずるさは相変わらずじゃな』
いちいち文句言うな。
これが一番早期解決につながるんだよ。
さて、拷問でもするかな?
「くくく……。予想通りとは言え、本当に死んだふりまでするなんて。やはり、ジュリアに未練があるのか?」
「いや……」
「無理するなよ。この女が欲しいんだろう?」
「あっ……」
胸を背後から鷲掴まれた、ジュリアの顔が赤くなる。
何やってんだか……。
「どうだ? 本音を言ってみろよ!」
なんだこいつは?
「レイの……レイのせいよ!」
うん? ジュリア?
「あんたが全部悪いのよ! こうなったのは、全部あんたのせい!」
ふ~……。
「でも、感謝してる! 私は、クリスに愛されて幸せなの! 後は、あんたさえいなくなれば……ねえ? 死んでよ! 私に気があるなら、今すぐ死んでよ! お願いだから!」
これは、また……。
凄い嫌われようだな。
「えっ!?」
クリスは、笑いながら俺の方にジュリアを突き飛ばした。
うん……。
これが一番かな?
【茨の道ですよ?】
知った事か……。
『難儀な奴じゃ』
「ガキン!」
ジュリアを受けとめて魔力を使い、気を失わせる。
それと同時に、ジュリアごと俺を切ろうとしたクリスの剣を聖剣で受けとめた。
クリスの剣をはじいた俺は、ジュリアを少し離れた場所に寝かせた。
「お前に、いろいろ聞きたいんだが?」
「くくくっ! いいだろう! 何でも聞いてくれ!」
素直だな。
「亡者を隠ぺいする術の核は、何処にある?」
バリッと服を破ったクリスの胸には、水晶の玉が埋め込まれていた。
それ……ジュリアが不振がらなかったのか?
「最終目的は、連邦と帝国の合同軍による戦火の拡大か?」
「その通りだ。人間など滅びればいい!」
おいおい……。
お前も人間だろうが。
「何故俺の事を知っていた? 所見の時も……俺を知っていたよな?」
「世界に仇なす者よ! お前は、常に世界に監視されているのだ!お 前が、亡者を狩っていた事など筒抜けだ!」
ちっ……。
流石は、神様ってところか?
まあ、いい。
「最後だ。お前の目的が分からん」
「くくくっ……。私を倒せたら……いや! 今際の際に教えてやる!」
クリスは、俺に斬りかかってくる。
なるほど……。
『動きはAランクかのぉ?』
それも、ゴルバとタメはれるな。
【なるほど、人間では力におぼれるかも知れませんね】
いや……あの……俺も人間なんだけど。
「どうした! 速過ぎて反撃も出来んか?」
俺は、後ろに下がりながらクリスの剣を受け流す。
これだけの力があれば、俺に勝てると踏んでいたのか。
俺を舐めるな。
「なっ!」
部屋に軽い衝撃音が響く。
俺は、術の核ごとクリスを斬り捨てた。
クリスは胸部から上下に分離する。
Aランク程度で、俺の相手になるかよ……。
さて、理由を……。
「何でだ?」
「ああ? 質問をしてたのは、こっちだったはずだが?」
「レイ……。なんでお前は、僕の持っていない物を持っているんだ?」
てか、こいつ……。
『術が解けた様じゃな』
コアが見える。
既に亡者になってたのかよ。
「僕は、最初の戦闘で戦死した。そして、モリガーナの皇帝に、この計画に手を貸す代わりに、生き返らせてもらったんだ」
う~ん……。
会話する気あるのか?
人の話聞けよ。
「そして、世界の意思の情報……。お前の事を知った」
「それで?」
「僕は……お前が羨ましかったんだ! だから、ジュリアを……オリビアそっくりなジュリアを奪えば……」
最悪だ……。
結局、ジュリアを巻き込んだのも俺なのか……。
「僕は、英雄になりたかった……。なのに……なんで僕にはお前みたいな力が無いんだ?なんで……」
世界を敵に回すなんて、ろくな事じゃないんだがな……。
『まさか、お前が嫉妬されるとはな……』
ああ、ビックリだ。
「最初は……この計画を止めようと考えたんだ……。でも、お前を知ってから……悔しくて……悔しくて」
何が悔しいだよ?
俺は不幸の塊だぞ?
「だから……おかしくなっても僕のせいじゃない! 全部お前が悪いんだ! お前が……」
泣くくらいなら、最初からするな。
「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジュリアが目を覚ましたのは、俺がクリスのコアを貫いた瞬間だった。
まあ、もともとその予定だったんだけどね。
「ああ! クリス! クリス! 私の……あああ……」
腐食したクリスの上半身を、ジュリアは必死に抱きしめている。
さて、期待した言葉を言ってくれよ?
俺には、それくらいしかしてやれないんだからな……。
「……してやる……殺してやる!」
うん。
「なら、俺を殺しにこいよ。必ずだ」
「この悪魔! 私がお前を殺してやるんだ!」
これで……。
これで、こいつは自殺なんかしなくなるだろう。
こいつに必要な、時間と言う薬が稼ぎだせる。
「ああ!」
『難儀な奴じゃ』
ほっといてくれ。
どうせ、俺は殺さなくても死ぬんだ。
これでいい。
****
俺は、部屋のテラスに出る。
町の中は大パニックだ。
当然だろうな。
【まあ、帝国兵が全てゾンビに早変わりですからね】
でも、あの術の解除は正解だったな。
『そうじゃな……。魔力が全てを教えてくれとる』
皇帝の乗った馬車から、空間をゆがませるほどの魔力が立ち上っている。
【町の人が襲われ始めてますよ?】
分かってる……。
行くぞ!
『うむ!』【はい!】
魔剣を出した俺は、その場で剣を振るう。
<ホークスラッシュ>乱舞!
俺が自分の上空へ放った真空の三日月状衝撃波は、大気中の魔力で放物線を描き亡者どもに雨のように降り注ぐ。
よし、住民と亡者どもを分離できたな。
「なっ……レイ……あんたいったい?」
ふ~……。
うん!?
おいおいおい!
皇帝の乗る馬車から、超高密度の魔力の粒が雲の中へ入って行く。
ヤバい! 町ごと消す気かよ!?
「俺は、世界に仇なす者。……必ず殺しに来てくれよ」
振り返らずにそう言った俺は、三階のテラスから飛び出す。
そして、空から落ちてくる巨大なエネルギー砲に飛び込む。
核は……あそこだ!
<シャイニングシザー>
先端へ魔力を集中させた魔剣と聖剣を、加速した状態から上体だけで交差する様に、一点へ突き出す。
魔力の衝突による衝撃波で、町を覆っていた雲が吹き飛んだ。
そして、亡者どもの目の前に降りた俺の戦闘が始まった。
****
ゴルバと同等の速度で動くゾンビ……。
反則だから!
どうやら、俺には亡者の中でも高レベルの奴が、優先して跳びかかってきているようだ。
町の人間を追いかけている奴らは、そう強くないか……。
まあ、最低Cランクだから洒落になってないけどね……。
さっさと片付けて……あれ?
俺は立ち止まり、跳びかかてきた相手から斬り捨てている。
いるんだけれども……。
なんだ!?
さっきから数万は斬り捨てたのに、全く敵が減ってない!?
どうなってるんだ!?
町に入ってきた軍は二万もいなかったのに……。
うお……。
マジかよ。
皇帝の馬車の下から、亡者どもが次々と這い出して来ている。
『空間がゆがんでおる……』
【通りで今まで、狩っても狩っても減らない訳です。既に、十万は斬り捨てています】
くっそ!
何体倒せば終わるんだよ!
ええい!
俺は飛び上がり、空中を蹴る。
そして、皇帝に向かって剣を振り下ろした。
違う……。
「愚かなり……」
しまった!
俺の斬りかかった皇帝は、只の死体だった。
その隣に座っていた、皇帝の娘が敵の本体。
思い込みってのは恐ろしい……。
若造が展開させてくれた障壁で衝撃波を防げたが、吹き飛ばされた俺は民家の壁に激突した。
「ごほっ……てめぇぇが黒幕か」
「そうだ。我こそは、世界の意思を実行せし者……ヨルムンガンドなり」
立ちあがった女性が、こちらに向かい名乗ってきた。
ヨルムンガンド……。
世界の意思ねえ。
「さあ! 世界に仇なす者よ! 我らが意思と、お前の信念! どちらが正しいかその身で思いしるがいい!」
うおおお!?
半径数キロの風景がゆがんでいく。
『異界化した!? 何と言う魔力じゃ!』
これがあの世って事か。
聖書に書いてあったあの世ってのは、魂の故郷の事じゃなく、この異空間をさしてたのか。
【そのようですね。多くの魂が、故郷に帰ることなく取り込まれたのでしょう】
何体居るんだよ……。
その場所は、完全に異界化したようで、元いた世界が窓のように見えているが全くの別世界になっていた。
驚くほど雷雲が空を埋め尽くし、広大な赤茶けた何も生えていない土地だけが続いている。
そして、それを埋め尽くすような亡者の群れ。
地平線まで死体しか見えね~……。
くそ!
ここで引くわけにはいかない!
「おおおお!」
何!?
右から迫る亡者を魔剣で切り裂いたが、左から迫る亡者は聖剣で殴り飛ばしただけになってしまった。
切れない!?
【まずいです! 魔力が一瞬でかき消されました!】
くっそ!
『魔の属性以外を拒む世界の様じゃ!』
どうする!?
全く聖剣の魔力は使えないのか!?
【いえ、ほんの一瞬ですが刃を形成します。ただ、すぐに霧散しますが……】
はっ……。
なら何の問題もないな!
【えっ!?】
行くぞ!
聖剣に、敵と接触する一瞬だけ魔力を流す。
そして、亡者を切り裂いた。
よし!
コントロールが少し面倒なだけだ!
「おおおお!」
俺は、その異界で剣をふるい続ける。
全ての亡者を死体に戻す為に……。
****
その頃、亡者に追い立てられた住民と兵士が混乱したまま町を逃げ回っていた。
「も……もう駄目だ!」
「馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉ!! 民を守るのが兵の責務だ!」
「あ……ああ!総統!」
「すぐに兵をかき集めるんだ! そして、陣形を作って住民の避難を優先させろ!」
「は……はい!」
隣町に逃がしたはずのおっさんが……帰ってきやがった。
馬鹿か?
「きゃぁぁぁぁ!」
「ふん!」
「兄さん! 後ろ!」
「ふんん!」
真っ赤な鎧を着た大型のゴリが、かなり大型の槍を振りまわし女性に襲いかかろうとした亡者を撃退する。
「あ……ありがとうございます」
「いいですから! 早く逃げて下さい!」
「はい!」
「ふん! ずあ!」
「兄さ……准将! 兵の展開完了しました!」
真っ赤なゴリに女性兵が、敬礼と共に報告をする。
「メリンダ……危ないぞ?」
「何言ってるの!? 私は今はもう、正式な通信兵よ? さあ! ご指示を!」
「お……おう! 全軍! 住民の退路を守るんだ!」
「なるほど……あれが、噂の准将か。化け物だな」
その光景を見ていた黒鎧の男が、呟いた。
「何をしておる! はよう戦わんか! デュラル!」
「へいへい……。まさか、この俺が魔王と肩を並べるとはな……」
「無駄口をたたくな! ミア様! 前衛はこのゴメスが!」
「右翼は俺達が対応する!」
「抜かるなよ! ウインス!」
「無用な心配だ! はあああ!」
二組の勇者パーティーと、亜人種のパーティーが連携して町の避難場所を守る。
「一対一になるな! 一体を囲んで確固撃破だ!」
「ラング出すぎよ!」
「フローレ! お前は弓兵だろうが! お前こそ下がれ!」
先程の軍とは別の部隊の先頭には、片腕の男とそれを援護する女性がいる。
「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁ!! 来いよ! 化け物!」
その軍を縫って、女性を先頭に銃を主武器とした部隊がなだれ込む。
通常の兵との動きの違いで、上手く遊撃隊として機能している。
「総統! 私の軍で避難場所を設けました! 早くそちらに誘導を!」
「大公……恩に着る! 全軍! 住民をこちらに向かわせろ!」
「メリッサちゃん? 本当に彼が?」
「うん……。間違いない。さっきまで気配がぼやけてたけど、今ははっきりと分かる」
「はああ!」
英雄と呼ばれる王子様は、ロザリー大公の背後から迫った亡者を一瞬で三体切り捨てた。
「王子……。有難う御座います」
「しかし……。まさか、各地の戦力がこれほど集うとは……」
総統のおっさんは、かなり困惑しているようだ。
まあ、町の中で一人おろおろしていた所で、突然メリッサに声をかけられてこの状況。
困惑ぐらいするでしょうよ。
「ここに集ったのは、世界を救い続ける英雄に救われた命達です。彼の為なら、命を惜しむものはここにはいません」
異界からあふれ出した亡者の数二百万。
それに対して、三十万の兵が集まった。
数では圧倒的に不利な状況だが、集まった者の中に一騎当千の勇者や英雄達が多数存在する。
二百万の亡者が徐々に活動を停止する。
人間側は、多少の負傷者のみでどんどんと敵を駆逐していく。
「英雄……まさかあの青年の事なのか?」
「その青年が黒と白の剣を携えていたならば、彼です。真なる世界の守護者……レイ:シモンズです!」
「そうだ! 彼はそう名乗っていた。しかし、これほどタイミングよく……」
「それは、このメリッサちゃんが予知の力をつかって、各地へと事前に呼びかけた結果です」
「レイは……。私が死なせない。彼はこんな所で死んでいい人じゃない」
「世界の守護者……」
その前代未聞の巨大な勇者軍は、三時間ほどで亡者達を全滅へと追い込む。
「なんだ!? これは!?」
そして、議会へと続く大通りに浮かぶ不思議な円を発見する。
それは十メートルほどの宙に浮かぶ丸い窓……。
不思議なそれは、どの方向から見ても常に円を描いて浮いていた。
円の中には、死体が山積みになった不毛の大地をうつしている。
「異界の淵の様じゃな……」
「ミアラルダ……。これはいったい……」
「あれ! あそこ!」
「レイィィィィィ!!」
俺を知る皆が、俺の名を叫んだ。
しかし、俺の耳には届かない。
既にゾーンに入り、数千万の亡者を斬り殺し続ける。
「おい……。俺の目はおかしくなったのか? レイが何百人にも見える」
「兄さん……私にもそう見えるわ」
「メリンダもか……」
「准将……あれが、彼の戦っている世界です。音のさらに向こう側の世界……」
「おお! メリッサ殿にハンナ殿! 向こうの世界?」
「はい……。伝説の怪物たちと、たった一人で戦い続けた彼が到達した……。人間の到達出来る、限界の世界です」
****
自分に限界を作るな……。
<ブレードタイフーン>!
回転……円の力を最大に発揮させて放つ連撃は、一撃一撃に真空の衝撃波を纏わせる。
一振りが数体を切るだけではなく、衝撃波がさらに後方の亡者を行動不能にしていく。
****
「マジかよ……。なんだよあれ……。反則だろ……」
「なんだ、デュラル? もう、レイに追いついたつもりだったのか?」
「フォビア! 居候のくせに余計な事言うな! それに、追いついたなんて思ってない。ただ……」
「ただ?」
「俺もこの半年必死で修行したんだ……。奴の、足元でも良いから見えるように……」
「実際にお前は、人間にしては飛びぬけて強いぞ。なあ、リンダ?」
「そうね。レイが異常なのよ……。あいつはあれからも、死線を……地獄を超え続けたんだわ」
「フィス! レイじゃ……レイがおる!」
「ミア様! 痛いです! 痛い! そんなに強く掴まないでください!」
「駄目だ……。ミア様、完全に見とれてる……」
「でも! でも~! 角が折れる~! 痛い! 痛い!」
「フローレ?」
「な……何? 今ちょっと目が離せないの!」
フローレはラングの問いかけに振りかえらずに、俺を只凝視していた。
「お前……ライバルがおおそうだぞ?」
「ちょ! ……まあ、分かっています。あんな人に、惚れないほうが変でしょうね」
「ああ……そうだな」
「うん!? ヒルダ殿? どうしたんだ?」
「ああ……英雄様……貴方はまだ……」
「うわ~……凄腕剣士が泣いてる」
「サマンサ! 冷やかさないの!」
「無様でも構いません。王子……あの方は以前話した通り……」
「たった一人で、世界の闇を背負うか……。何が奴を狩りたてるのだ?」
三十万の人間が俺を只見つめる。
その中へ入っても、自分たちが戦力にならない……。
それどころか、俺の邪魔になると理解できているようだ。
****
「総統様! あいつです! あいつが、クリス様を殺した犯人です!」
「ジュリア……」
髪と服を振り乱したジュリアが、人をかき分けて総統のおっさんに俺の罪を訴えかける。
「あいつを! レイを殺しましょう! 私は、その為なら何でもします!」
「無用だ……。息子は既に死んでいたのだ」
「は!? 何を……」
「そこに転がっている帝国兵同様に、死んで尚操られていたのだよ。彼は、それを救ってくれたのだ……」
「そんな! それじゃあ!」
「彼に罪などあるはずがない……」
わなわなとふるえたジュリアは、叫ぶ。
「どうしてよ? あいつが私から幸せを奪ったのよ! あいつは死ぬべきなのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
パンっと、かわいた音が響く。
ジュリアの頬を叩いたのは、メリッサの手のひらだった。
「悲しい人ですね、貴方は。そんなに、彼を裏切った自分が受け入れられませんか?」
「な……あんたに何が分かるのよ!」
「分かるんですよ。私には心を読む力があります。彼は、貴方を一度でも裏切りましたか?」
「何を!?」
「レイは、あのように戦い続けるのです。それは、名誉やお金の為じゃありません。ただ、私達人間を守るためだけに……」
「そんなの、分かるわけないじゃない!」
「そうですね……。でも、彼は自身が何時死んでも悲しむ人がいないように、人を遠ざけます。ですから、彼が全てを終わらせてるまで待たなければいけないんです」
「そんなの……」
「もちろん、それを女の直感で悟った私や、他の女性も焦って近づこうとしたんですけどね。でも、駄目でした……。彼は、優しすぎるんです……。だからこそ近づけない……。一人で……たった一人で、地獄を歩くんです。笑いながら……」
うっすらと涙を浮かべたメリッサが、俺に視線をうつすと同時にジュリアが崩れ落ちる。
分かっていた……。
ジュリアにも、薄々分かっていた事だった。
クリスが悪であり、自分を真には愛していないと……。
ただ、弱い心が俺を怨む事でしか正常ではいられなかった。
しかし、それも俺から与えられた優しさだと理解していた。
その場でうずくまったジュリアは、声も出せずに涙を流す。
信じ切れなかった自分を悔やみ……。
「メリッサといったか? どうやら、お前は私のライバルとして合格の様じゃな」
「ありがとうございます、魔王様」
「ほう、それが予知の力か」
「はい」
****
ミアがメリッサに話しかけると同時に、俺は亡者の群れをせん滅した。
「はぁ……はぁ……はぁ」
「流石は、世界に仇なす者。ミルフォスとの戦闘時よりも、格段に力をましているな」
ミルフォス……やっぱりそっち側か……。
ミルフォスとの戦闘時には、天使どもから無限に近い魔力を吸収できたが、今回は普通のモンスター程度にしか吸収できない上に、聖剣を振るうたびにかなり消費する。
正直、レベルアップしてなければ亡者だけで負けていた。
「では、最後の勝負だ」
女性の皮を脱皮するように現れたのは、十メートルはある三首の大蛇。
中央の顔に、金だろうか? 女性がつけるような装飾品を纏っている。
その頭の奥にコアの反応を感じる。
「化け物が……」
『何と言う魔力……』
【SSSランクとでも言うんでしょうか?】
本当の邪神ってのは、これほどなのか?
師匠でも苦戦するんじゃね?
っと……。
左右の首が、強力なエネルギー砲を放ってくる。
おっと……。
へへっ……。
なんだ遅いじゃないか……。
「はあ!」
えっ!?
『止まるな!』
うおおおおお!
中央の首の前で棒立ちになった俺に、左右からエネルギー砲が降り注いだ。
何とか転がりながら回避したが、体制を立て直す前に追撃が襲ってくる。
「どうした!? 逃げてばかりでは、私は討てぬぞ?」
五月蝿い!
うおっと!
「はぁはぁ……」
何とか、距離をとった俺は先程の現象を思い出す。
魔剣も聖剣も、全く奴を傷付けられなかった。
どうなってるんだ?
【障壁や結界の類は、全く感知できませんでした】
だよな……。
どうなってるんだ!?
『簡単な事じゃ……』
えっ!? ジジィ分かるの?
『あ奴の根本的な魔力が強すぎて、わしの魔力でははじかれてしまう』
くっそ……。
確かに、空間を歪めるほどの魔力だもんね。
どうする?
速度は俺が上だが……。
魔力なしで切れるほど、奴の皮膚は柔らかくない……。
【そうですね……。腹部の弱い方でも全く剣が通りませんでした】
何とか、あいつに対抗できる魔力が必要って事か!?
『そうじゃ。このまま戦闘が長引けば、こちらの魔力が尽きる』
時間を遅らせても術でもないから、意味ないよな……。
【そうですね。それに、この空間では効果が出るかも疑問です】
なら……あれしかないか。
エネルギー砲を回避しながら、後方へ飛びのいた俺は魔剣を頭上に掲げる。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
いくぞ!
『待て!』
えっ!?
魔力……魂が集まってこない!?
くっそ!この空間のせいか!
【あのアストール戦で使った力は?】
いや……。
多分、俺の推測通りなら使えん。
どうする?
ジジィ?
『なんじゃ?』
後もう一回しか使えないか?
『いや、まだ発動前じゃ。もう二回発動可能じゃ』
でも、二回……。
一回目でせめて、傷でもつけられれば……。
どうする?
よし!
「ほう?どうする?」
俺はヨルムンガンドに背を向け、元の世界への窓へ走った。
<スペースリッパー>!
よし! 空間を切り裂き、一時的に元の世界へと戻る。
そして、再び秘言を唱える。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
よし! いける!
『今じゃ!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
よっしゃぁぁ!
<スペースリッパー>
魔剣を光の大剣へと変え、聖剣で切り裂いた入口からヨルムンガンド目がけて走る。
「おおおおお!」
<ドラゴンバスター>!
エネルギー砲を回避して、光の剣が中央の頭へと直撃する。
「そんな……」
最大の攻撃力を誇る、光の大剣はヨルムンガンドを傷付けることなく元の魔剣へと戻った。
全く通らないなんて……。
「それが限界か?」
うおおおお!
エネルギー砲は左右の首だけでなく、中央からも出せたようだ。
剣をクロスして何とか直撃を防いだが、数キロ吹っ飛ばされた。
『よし! 回復箇所は少ない! よくいなした!』
ギリギリ反応出来た。
【しかし……打つ手が……】
…………。
いや……。
ある。
『まさかお前! 駄目じゃ!』
もう、これしかないだろうが……。
【しかし!】
ここで、逃げればどの道全部が失敗になるんだ。
出し惜しみしても仕方ないだろうが。
【しかし! 死んでしまうかも!】
『そうじゃ! 一度退避して作戦を……』
それじゃあ、駄目だ。
どうせ、こんな化け物を打ち破る力なんて他にないって……。
『じゃが!』
ここで……。
ここで引いたら死んじまうんだよ!
俺の魂が!
俺は……俺の全てをかけて真っ直ぐ進むんだ!
それ以外の選択肢は無い!
【そんな……】
『……分かった』
【賢者様!】
『若造よ。残念な事に……。わし等の契約者は、どうしようもない馬鹿者じゃ。じゃが、主が決めた事にこたえるのがわし等の定め!』
【……分かりました! ならば、最善を尽くすのみですね!】
やるぞ!
『うむ!』【はい!】
回復の完了した俺は、再び元の世界へと向かう。
<スペースリッパー>!
元の世界へと戻った俺は、精神を極限まで集中させる。
そんな俺には、周りに人がいることすら認識できない。
体中の全てを、一撃に集中する。
一割程度の魔力を両足に残し、全てを聖剣へと流し込んだ。
集中しろ……。
全てを……。
魂を最大まで高めるんだ……。
閉じた目を開いた俺は、再び秘言を唱える。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
『今じゃ!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
行くぞ!
<スペースリッパー>
聖剣で空間を切り裂き、ヨルムンガンドへ真っ直ぐに走る。
数キロの距離を一瞬で、無にする。
極限まで高めた俺の動きは、まるでコマ送りのように空間に魔力の残像を出現させた。
ヨルムンガンドも全く反応しない。
中央の首の手前で、右足を地面に突き刺し体を捻転させて、左下段に構えた光の剣を斜めに振りあげる。
魔力を纏った衝撃波……<バーストスラッシュ>。
右手を振りあげた力と、左足を蹴った力を使い左手の聖剣を衝撃波に合わせて突き出す。
そして、ヨルムンガンドにヒットする瞬間、二つの魔力を重ねた一撃を放った。
<バーストインパクト>!!
その一撃はヨルムンガンドのコアを……。
貫いた。
(見事な一撃……)
えっ!?
(しかし、愚かな選択だ……)
誰だ!?
全ての力を込めた左腕と、支点となった右足がブチブチと音を立ててちぎれ飛んだ。
しまった……。
一撃に全てをかけて回避を考えていなかった俺は、魔力の衝突による爆発の直撃を食らった。
視界が真っ白い光に、飲みこまれていく。
意識が……。
駄目だ! 今意識を失えば、百パーセント死んでしまう!
意識をつなぎとめるんだ!
ぐうううう!
「レイィィィィィィ!」
****
ぐううう……がああ!
うつぶせの状態から、首を持ち上げた俺に激痛が走る。
左目……潰れたか……見えない。
右目も血で真っ赤に見える……。
アゴ……アゴが無い?
舌に感覚が無い……骨が折れたか……最悪吹き飛んだな。
ジジィ? 若造?
左腕は、さっき付け根からちぎれ飛んだんだったな……。
右腕……くそ……。
二の腕から先がない……。
最悪だ……。
下半身からの反応も、返ってこない。
全部吹き飛んだか?
それとも神経が全てキレちまったのか?
どっち道使えない……。
え?
鼓膜の破れた俺には、音は聞こえないが視界に異空間の崩壊がうつる。
そうか……ヨルムンガンドが居なくなったから。
俺は、ここまでなのか?
ここで終りなのか?
ここで……。
何も終わってないのに死んでいくのか?
今までの苦労は何だったんだよ?
全部無駄だったのか?
はぁ~……。
やってらんね~……。
****
「何をしているおる! アンチマジックを使うんじゃ!」
「駄目です……。これは、通常の魔法では打ち破れません……」
「レイが! レイが死んでしまう!」
元の空間で、みんなが色々と動いているようだが、無理だろうな……。
空間を支配する魔法なんて聞いた事もない。
これは、今の邪神クラスでやっと実現できる事だ。
亜人種が混じっていても、人間ではこれは打ち破れない。
俺が出入りできたのは、死神の剣があったからこそだ。
「レイィィィ!」
****
ここまでなのかよ……。
――忘れて――
まだだ!
まだ俺は終われない!
まだ何も守っちゃいない!
「あ……あああ……があああ!」
何とか動く右の二の腕だけで、俺は這うように動く。
「あああああ!」
ジジィ……。
何処だ!?
「あ……ああああ!」
数メートル動いた所で、地面に突き刺さった魔剣と、それを握ったままの右腕が見える。
何とか!
何とかあそこまで!
俺が近づいた瞬間魔剣が消え、ボトリと音を立てて落ちてきた。
俺は右腕の傷口同士を合わせる。
それと同時に煙が吹き出し、右腕が接合される。
『魔力は充填出来ておる! 回復を全力でする!』
頼む……。
「あ……ああ……かぞう……若造!」
回復していく俺の叫びに……。
光った!
若造は、白く光るオーラを出す事で場所を教えた。
俺は、右腕の肘で再び這うように左腕にたどり着き、腕を接合した。
俺の全身を、煙と白い光が覆う。
あれ?
若造能力使えてる?
【はい!ヨルムンガンドの死で、能力を使えるようになったようです】
そうか……。
痛っ!
『下半身への神経を回復させた! 砕けただけの左足はわしが回復を!』
【右足の復元は私がやってます!】
まだ、ボロボロだが動けるようになった俺は、元の世界へと向かう。
『回復させる! させてみせる!』
【もっと魔力を!】
二人は、必死に俺の体を直していく。
そして、どんどん力の戻ってくる俺は元の世界へと走る。
何とか……。
走っていた俺の体全体が、ドクンと脈動した。
こんなときに……。
『気を抜くな! 意識をつなぎとめるんじゃ!』
【駄目です! 今は!】
くっそ……。
まだ終われないのに……。
まだ何も成し遂げてないのに……。
何でだよ!?
どうして俺の願いは届かないんだよ!?
頼むよ!
全部終わったら、すぐにでも死んでやるから!
今は駄目なんだよ!
まだ死ねないんだよ……。
まだ……。
最大の発作に襲われた俺は、その場に倒れ込む。
気力ではどうしようもない発作に、意識がもたなかった。
目から、耳から、鼻から、口から……。
全身から血を噴き出した俺は、その場で倒れ込むと血だまりを作る。
そして、元の世界との窓はゆっくりと閉じた。
異界は大きな揺れを伴い、今も崩壊を続けている。
俺の死が確定してしまった。
俺は……。
俺は……。




