十二話
「レイ……」
「説得したとしても、両軍とも止まる様な状況じゃない……」
もう……。
駄目だ。抑えられない。
いや! 抑えたくない!
「じゃあ……」
「カリン……。あそこの道具、貰っていいか?」
「えっ? もちろんいいけど……」
俺は何に使うかは分からない手頃な長さの鉄の棒が二本付いた道具をとり、魔剣で切り落とした。
そうして二本の鉄の棒を作った。
『お前の選んだ道はもっとも困難じゃ』
分かってる。
『皆から怨まれ、嫌われるぞ?』
分かってる。
『もう覚悟を決めてしまったか?』
ああ……。
このまま逃げれば、俺は俺を許せずに死んじまう。
俺が俺であるために……。
俺はまっすぐ進む!
「レイ? 何処に行くの? どうするの?」
「ちょっと……戦争を止めてくる」
「駄目! レイが死んじゃう! 駄目……」
カリンが俺の背中に抱きつく。
オニ族ってのは、力が強いな……。
「お願い! 行かないで! 行くなら私も一緒に行く!」
「それこそ駄目だ……。お前はアカネの命も背負ってるんだぞ?」
「今まで……今までお父様の計画を子供の頃知ってしまってから、毎日が拷問だった! お父様に壊されてから喋る事も出来ないし、身体も思い通りに動かせない毎日だった。それでも覚えてる! あなたとお姉さま達だけが優しくしてくれた! もう、これ以上大好きな人に居なくなって欲しくないの! お願いよ!」
「そうか……でも、俺は止まれない性分なんだ」
「嫌よ! お願い! いなくならないで!」
「これ以上俺に近づくと、お前まで不幸になるぞ?」
「そんなことない! 私は貴方の近くが……貴方のひざの上が私の幸せなの……」
そんな事言われたら……。
余計に止まれなくなっちまうじゃないか……。
俺はカリンの腕を解き、正面から抱きしめる。
そして、両腕に魔力を込めて、気を失わせる。
「レ……イ……」
「悪いな……行ってくる」
さあ……。
行くか!
『うむ!』
大きな人の動きで、戦場が何処になるか分かっている俺は先回りをするように走る。
****
「貞武よ。良いのか? 娘を戦場に出しても? 死ぬ事もあるのだぞ?」
「綱吉様……あれも武家の娘! 覚悟はできています!」
「そうか……。ならば! 勝たねばな!」
「もちろんです」
「ん? あれは? 琴音!あ れは……」
「えっ? は……はい、確かにレイです」
「何故あのような場所に?」
コトネ達は、戦場のど真ん中で腕組みをしている俺に驚いているようだ。
まあ、当然だろう。
「レイよ! 心はきまったか!」
安岐軍から遅れる事五分ほどで、タチカワ軍が戦場に到着した。
さあ……かますか!
俺は、大声で……。
宣戦布告をした。
「俺はこの戦争を潰す! 安岐軍もタチカワ軍もだ! ここを通りたければ俺を倒して通れ!」
「なっ……何を考えているんだ! こちらに来い!」
動揺したコトネが叫んでいる。
「それが、お前の出した答えか!」
スケオキもブチキレといった表情だな。
悪いが、馬鹿な俺はこれしか思いつけないんでな……。
さあ、行くぞ!
「俺がお前達の敵だ! かかって来い!」
俺は二本の鉄の棒を構える。
「……よかろう! 刀の錆にしてくれる!」
まず、タチカワ軍が俺に向かってくる。
その数、三万五千……。
「これも定めか……全軍前進! あの小僧を打ち取れ!」
安岐軍五万二千……。
本気のおれはちょっとすごいぞ……。
射程に入った兵士を端から殴り……吹き飛ばしていく。
いくら刃のない棒でも、死人が出るかもしれん。
それでも俺は覚悟を決めている。
怨まれても、憎まれても……。
この戦争を潰す!
アカネの為に!
黒い影となった俺は、兵士の武器ごと鎧を殴りつける。
両軍を接触させるもんか!
全員俺が倒す!
<ソードストーム>
人間、亜人種関係なく乱撃の餌食にしていく。
俺の攻撃は、普通の人間に避ける事も防ぐ事も出来るはずがない。
ただ、時間経過とともに戦闘不能者を増やしていく。
もちろん、どちらかではなくどちらもだ。
「何と言う武……」
「琴音! あの者はいったい何者なのだ……」
「分からない……。あれは……私の知っているレイでは……ありません」
「輔沖様! お下がりください!」
「そうはいかん! 何としても奴を倒すのだ!」
「しかし……我が軍の半数はもうすでに……」
「奴とて人間だ! 疲れたところを叩くのだ!」
「はっ!」
俺が通った後には、大勢の気絶した兵士の山が出来上がる。
兵が三分の一ほどになったところで、両軍に変化がおこる。
「ひぃぃ! 嫌だ!」
「死にたくない!」
「悪魔だ! あれは悪魔だ!」
「黒い影……黒い影が殺しに来る!」
兵士達がどんどん離反していく……。
「くっ! 毘沙丸! 行くぞ!」
「はっ!」
「動くか……輔沖よ。こちらも行くぞ! 貞武!」
「琴音はここで待て!」
俺の前に、この戦場での四強がそろった。
ツナヨシ、サダタケ、スケオキ、ビシャマル……。
シテンノウの剣を持つ四人。
「まさか、お前達と共闘する事になるとはな……」
「ふん! 足を引っ張るなよ!」
「うん!? これは……」
『気をつけるんじゃ! 魔力が抑制されておる!』
四本の刀が共鳴している……。
四人に囲まれた俺の周囲に、魔力を封じるフィールドが出来上がっていた。
これが鬼蜘蛛を封印した力か……。
「どうやらこの者を、刀も邪悪と判断したようだな……」
「ならば! 迷うまい!」
生憎だが……。
魔力は抑制されているだけで、無くなったわけじゃないんでな……。
まず飛び込んできたビシャマルの胴を……<シーザースラッシュ>全体重を乗せて横に殴りつける。
「ぐごおお!」
ビシャマルは、戦場の先にあった岩にまで吹き飛び、活動を停止する。
次に、ツナヨシの肩に<ドラゴンバスター>棒を打ちおろす。
「ぐがああ!」
その一撃は、鎧を砕き鎖骨をへし折った。
さらに飛び込んできたスケオキに、棒を高速でつきだす。
「うげぇえぇ!」
腹への一撃で鎧が砕け、地面を転がったスケオキは気を失った。
「ぐうう!」
最後にサダタケのおっさんは俺に首を殴られ、その場で倒れ込み動かなくなる。
「父上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
コトネが走ってくる。
出来れば、女には手を上げたくないんだけどな……。
「殺せ! 殺せぇぇぇぇぇ!」
なっ! 馬鹿が!
錯乱した安岐軍の兵が、コトネに矢を放ちやがった!
くっそ!
「あ……ああ……何故?」
可能な限り打ち落としたが、全ては無理だった。
何本かは、コトネの盾にした俺の体に突き刺さった。
いてぇな……。ちくしょう。
「そんな……いまさら……」
まあ、裏切ったことに変わりはないか……。
人に何か期待したのか? 俺は?
いや……ただ、約束を守っただけだ。
そう、ただそれだけだ。
怨むなら怨め……。
俺に近づくよりは、その方が幸せだ……。
それから、三十分後両軍は全滅した。
コトネのように戦意を失い動けない者もいるが、ほとんどが気絶している。
さあ……。
これで願いはかなえた事になるよな……。
『とんでもなく乱暴じゃがな……』
ジジィ……感じるか?
『うむ……Sランクじゃな』
イカ野郎は魔力こそSランクだったけど、使いこなせてなかったよな……。
『実質……ミルフォス以来じゃな』
俺は、安岐城へ走り出す……。
****
さあ! 最後の仕事だ!
俺が到着したときには、安岐城から既に人の気配が無くなっていた。
全員殺されたか、逃げ出したようだな……。
「ブモォォォォ!」
なるほど。馬鹿の手下どもの仕業か。
俺は馬鹿の連れてきた化け物どもを始末して、城の最上階に上がった。
そこには、何かの生肉をむさぼり食らう大きな怪物が一匹。
全長五メートルほどの、六本腕が生えた怪物。
足を含めると、八本足とも言えるか……。
裂けたく口からは歪で凶悪な牙が伸び、頭部には蜘蛛を思わせる位置取りで複数の目が付いている。
安岐の守は、もう完全に人間を止めてしまったようだ。
半透明で風船のように膨らんだ腹には……胎児のようにアカネが浮いていた。
「はっ……はは……。おい! あれ!」
『なるほど……。触媒であってコアとしては使用されておらんな』
化け物の胸部から、鬼蜘蛛のだと思われる魔力を感じる……。
そして、腹からは微弱だがアカネの魔力を感じる!
なんだ……。
俺の悪運ってのも、捨てたもんじゃないな……。
これなら、アカネは分離してしまえばいいだけだ!
お前を倒してアカネを助ける!
「ぎゃおおおお!」
遅い!
筋力だけでなく魔力も爆発させた俺は、加速して正面から六本の腕を掻い潜る。
今だ!
俺の接近を許してしまった鬼蜘蛛は、首の付け根まで裂けている大きな口を最大限に開いた。
「ぎゃおおおお!」
なっ!
くっそ……。
鬼蜘蛛が叫ぶと同時に、凄まじい威力の衝撃波で俺は吹き飛ばされる。
魔剣で急所はガードしたが……。
『焦るな! 今回復しておる!』
分かってる……。
が! 向こうは待つ気は無いらしいぞ!
六本の腕を、まるで赤子がおもちゃでも取ろうとするように、無造作に振りまわしてくる。
威力は一撃必殺だが、速度はそれほどでもない。
六本の波状攻撃をかいくぐり、俺は再び懐に飛びこむ。
「ぎゃおおおお!」
くっ!
また! 衝撃波かよ! 避けられない!
腕に負わせた傷はすぐに回復されてしまうし、衝撃には強力な魔力がこもっており切り裂けない。
遠隔攻撃を仕掛けてみたが、衝撃波でかき消される。
それどころか、全方位攻撃の衝撃波をその際に俺がくらい、余計にダメージを負ってしまった。
敵の魔力が尽きる事は……。
『まずないな……。それよりも先にこちらの魔力が底を突く』
くっそ!
あの攻撃に死角が見つからない!
全方位に衝撃波が走っている。
戦っている城は既に半壊していた。
背後や上空、足元にさえ衝撃波が出てやがる。
どうすれば、勝てるんだ!?
勝てるのか?
どうする?
考えろ……。
考えるんだ!
飛び込んでも駄目だし、遠隔攻撃でも……。
遠隔攻撃……。
これしかないか……。
『衝撃波の射程距離……約十メートル……』
タイムラグは……コンマ一秒もないよな……。
へへっ……。
また、レートの高い賭けだ。
『……仕方あるまい。相手は邪神と化した怨念じゃ』
行くぞ!
『うむ!』
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
秘言を唱え終わった魔剣に、光の小さな玉が剣に吸収されていく……。
『よし!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
魔剣が変形し、光の大剣へと姿を変えた。
<ミラージュ>
気配を持った複数の残像が、鬼蜘蛛に襲いかかる様に発生する。
「ぎゃおおおお!」
その残像に向かい、鬼蜘蛛は衝撃波を放った。
いまだ!
衝撃波の射程外まで飛び上がっていた俺が、空気の壁を蹴り、鬼蜘蛛に向かって跳びこむ。
一回……。
二回……。
三回……。
四回……。
グシャと鈍い音が、右足から体内に響く。
五回!
最後の蹴りで、左足も駄目になった事を、音で知らせてきた。
連続した五回の加速で、俺の両足は使い物にならなくなるったようだ。
だが! この速度なら!
いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
<メテオストライク>!
敵の首筋から入った剣が、鬼蜘蛛のコアに向かって突き進む。
とった!
えっ!?
『魔力が強すぎる!』
馬鹿な……。
敵のコアに直撃した刃が、押し返される。
光の大剣が魔力で負けているのか?
これじゃあ、斬れないのか?
「ぐがっ!」
俺の腹が、鬼蜘蛛の拳に貫かれた……。
くっそ……。
駄目なのか?
俺じゃあ、こいつに勝てないのか?
俺は……。
ここまでなのか……。
くっそ……。
――ああ……あなたに出会えた事を神に感謝します――
まだだ!
アカネを……。
アカネを助けるんだ!
そう約束したんだ!
命でも何でもくれてやる!
だから……。
だから……。
力をよこせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
『なっ! この力は!』
「おおおおおおお!」
俺の体内から湧き出した膨大な魔力が、魔剣に流れ込んでいく。
そして……。
威力が何倍にも増幅された光の大剣は、鬼蜘蛛のコアを斜めに両断した。
『よし!』
まだだ!
俺はコアの爆発から守るために、敵の腹を裂きアカネを抱え込む。
俺の胸の中で……。
アカネの呼吸と鼓動を確かに感じる……。
ああ……。
本当によかった。
****
鬼蜘蛛の消滅による衝撃波で、安岐城から半径三キロは荒野へと変わり果てる。
城下町が城から五キロ以上離れていた事が救いだろう。
直径六キロほどの荒野の中心には、ぽつんと人影だけが残っていた。
「んっ……んん」
俺の胸の中で、アカネが目を覚ます。
「レイ……ああ……また会えた」
ぼやけた視界ではあるが、目の前の黒い影が俺だと気が付いたアカネが、涙をためる。
そして、彼女の視界が徐々にはっきりと……。
「そん……な……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アカネの目の前には、真っ黒な人型の消し炭が自分を抱え込むようにあった。
「レイ! レイ! レイ! 行かないで! お願いよ! レイィィィィ!」
今までは吹き飛ばされる事で、衝撃や熱風から逃れていただけ……。
人間の体は、爆発に耐えられるようにはできていない……。
全身の炭化……。
形が残っている事が、奇跡的なのかもしれない……。
いくら魔剣でも、即死の怪我は治しようがない……。
もうそれは、只の死体だからだ……。
最後はまた爆発……。
なんてオチだ……。
やってらんね~……。
「あああ……私なんか……私なんか見捨ててくれればいいのに! なんで……」
出来るわけねぇだろうが……。
「レイ! レイ! 死なないで!」
そんなに泣くなよ……。
俺は、結構満足してるんだぜ?
「神様! お願いです……。私の命を使ってもいいから、この人を……レイを助けて下さい!」
やめてくれ……。
神様に借りは作りたくないんだよ。
でも、まあ……。
うん!
十分だ!
今度は……。
そう、今度は……守れた…………。




