十話
俺は傭兵兼使用人として雇われてから、ほとんど自室で食事をとっていた。
酒を飲んで馬鹿騒ぎをする傭兵達とは、俺が一緒にいたくない。
使用人仲間達は、俺が傭兵も兼ねている事を知っており、気を遣われ過ぎるので同じ場での食事はこっちまで疲れてしまう。
だから、多少味気なくても一人で食べる。
まあ、慣れてるからいいんだけどね。
何よりも、一人なら山積みのなぞ解きを、誰にも邪魔されずにじっくり考えられる。
敵側から来てくれると楽なんだけどな~。
『アホ……』
誰がアホだ!
でも、あんまりノンビリも出来ないんだよな~。
リリス達怒らせると、殺されそうだしな~。
はあ~……。
えっ?
いやあの、これ?
ええ?
どうなってんのこれ?
『……予想外じゃが、糸口が掴めるかもしれんな』
その前に……。
人をアホ呼ばわりした事! 謝んなさいよ~!
敵の方から来てるじゃんか!
謝んなさいよ~! 俺に!
『ほれ、早く行かんと犠牲者が出るぞ』
くっ!
後で謝れよ! この野郎!
珍しくその日は二度目の襲撃があった。
それも、何時もの気配意外に一つだけ違う魔力を感じる。
強い魔力だが、なにか新しい展開にはなるだろう。
あれ? なんで玄関に気配が近付いてんの?
『見てみるしかあるまい』
ですよね~……。
****
「なんだ! お前は!」
「取り押さえろ!」
「きゃぁぁぁ!」
ええ~……。
何してたんだよ……。
玄関ホールに行くと、白いフードをかぶった男の周りに、何時もの昆虫が三匹。
傭兵達は、その昆虫に襲われている。
何故か玄関ホールにいるお嬢様二人と、数人の使用人が階段のところで、へたり込んでいる。
お前ら……。
敵の狙いはお嬢様なんだから、とっとと逃がしとけよ!
使えない奴らだ……。
「ひぃぃ!」
傭兵達が昆虫に襲われ、逃げ始めやがった。
その中の一人は転んで、小便まで漏らしてるよ……。
大の大人が情けない……。
高々でかいカマキリくらいで……。
さてと!
<ホークスラッシュ>
俺は三日月状の衝撃波を三発放つ。
衝撃波をカマキリ達が避け、傭兵達が安全圏へと逃れられた。
これはただの牽制だ。
「おおお! レイ! 頼む!」
オルコットさんの叫びに頷いた俺は、階段の上からフード野郎の前に降り立った。
フード野郎が俺を指さすと同時に、カマキリ達が迫ってくる。
無駄だって……。
昼間の襲撃で、動きは見切ってるんだから。
三匹の首を、昼間と同様に切り落とした。
確かに速いけど、フェイントも何もない動きが、そう何回も通じるわけないだろうが。
さて、このバカを殴り倒して情報を聞くか。
『気を抜きすぎるでないぞ!』
分かってる……。
かなり魔力が強いな……。
舐めていいほどの相手じゃない。
『相変わらず、戦闘だけは頭が回るのぉ』
だけって言うな!
「なるほど……。これじゃあ、いくら僕を差し向けても効果がないわけだ」
男がフードをとる。
何だ? こいつ?
髪が真っ白だ……。
でも顔は若いよな……。
生まれつき? 遺伝とかか?
「その剣は、かなり特別な物のようだね」
相手にペースを持って行かれたくない。
ここは無視だな。
「てめぇの目的を喋ってもらおうか」
「ふ~ん。なるほど、君が僕の試練ってわけだね?」
さっきから何一人で納得してるんだ? この馬鹿は!
「喋りたくないなら……」
「ああ、そんなに聞きたいのかい? かまわないよ。世界をメシア様の導き通りにするのが、僕の目的さ!」
はぁ~?
何言ってんのこいつ?
「なんだい? 君は俺の試練なのに、何も知らないのかい?」
お前の言ってる事が、さっぱりわからん!
「ふぅ……。僕が全部説明しないといけないのかい? 面倒だな。僕の計画だけで、いいだろう? どうせ、君はここで使命を終えるんだし」
こいつ……。
むかつく!
『見た目がか?』
イケメン嫌い!
いやいや……。
態度が一番むかつくんだよ!
イケメンなのもムカつくけど!
このタイミングで、しょうもない合いの手入れるな!
「僕の計画には魔力の強い女性が必要なんだよ。だから、そこのお嬢さんの一人を貰い受けたい。二人いるし、一人くらいいいだろ?」
はいそうですかって、言うわけないだろうが!
間違いない! こいつ馬鹿だ!
魔剣を両手でつかんだ俺は、正眼に構える。
「ふぅぅん……。引いてくれそうにないね。ま~、当然か」
分かってるなら言うな! 馬鹿!
「君のせいで僕が半分になってしまったんだよ。だから……」
なんだ!?
俺は勘だけで、後ろに跳びのいた……。
俺の後ろにあった階段が、崩れ落ちる……。
おいおい……。
何も見えなかったぞ。
「君は僕が始末するよ。しかし、僕の<糸切り>を避けるなんてさすがだねぇ」
涼しい顔をしてやがる。
てか! ジジィ! あれ!
『……そんな馬鹿な』
何だ?
オリハルコンってのは露天かなんかで、バーゲンセールでもしてるもんなのか?
なんであの馬鹿が、オリハルコンの剣なんて持ってるんだよ!
『伝説の金属のはず……』
はず、じゃねぇぇよ!
目の前にあるじゃんか!
てか、なんで涼しい顔して人殺そうとする奴に限って、持ってんだよ!
ずるいぞ!
売ってる場所教えろ!
「さて、じゃあ……。本気で行くよ!」
馬鹿が俺に向かって、剣を数回振るう。
それほど速くはない……。
でもなんかやばい!
直感からの警告に従って、俺は再びその場所から跳びのいた。
俺の近くに居た傭兵と柱が、切断された……。
何あれ!?
攻撃が見えもしないんだけど!
『衝撃波か?』
それなら俺は感知できるの!
何も感じないの!
またか! またチート武器か!
「驚いた……。僕の攻撃を二回かわしたのは、君が初めてだよ」
見えてませんけどね!
「んっ? 君のその髪は……」
はっ?
髪?
「なるほど、君は選ばれなかったって訳だ。 彼が言っていた試練と言うのは、こういう事か」
だから!
さっきから何一人で納得してんだ! このバカ!
<ホークスラッシュ>
俺は一人で頷いている馬鹿に、衝撃波を二発放った。
しかし、俺の放った衝撃波は馬鹿が剣を一降りするだけで、消し飛んだ。
どうする!?
むやみに近づいて避け損なえば、一巻の終りだ。
どうすればいい?
こっちの遠隔攻撃は斬り裂かれた……。
斬り裂かれる?
見えない攻撃……。
『試してみるか?』
ああ!
<カノン>乱れ撃ち!
俺は衝撃砲を、碁盤の目の様に等間隔で放った。
「無駄だよ」
奴は剣を数度振るい、それらを消し飛ばした。
分かったぞ!
奴一降りで消えたのは、三つ。
原理は全くわからんが、見えない斬撃も俺の衝撃波と似た軌道をたどっている。
俺は自分の衝撃波で、奴の斬撃の軌道を読み取ることに成功した。
一度剣を振れば、細長い横幅三メートルほどの何かが飛んでくるんだ。
距離をおいても、その大きさは変化しない。
見えなくても、軌道さえ読めれば問題ない!
こいつがさえ倒せばお嬢様達も、もう襲われないはずだ!
行くぞ!
『うむ!』
どんなもんかが分かれば怖くない!
前に攻略した新型の銃と同じだ!
出所を見てれば避けられる!
俺は、馬鹿に向かって走りだす。
「そっ……馬鹿な!」
馬鹿はテメーだ!
見えない斬撃を避け、間合いを詰める。
俺の動きに反応してるって事は、馬鹿の戦闘力もかなり高いんだろう。
だが、しかぁぁし!
俺のが速い!
鈍い衝撃音が、玄関ホール内に響く。
嘘だろ!
俺の斬撃が、何かに阻まれた。
見た事もない、真っ白い魔法障壁。
この馬鹿が咄嗟に出したのか?
魔剣の軌道をずらされた。
並の障壁じゃない。
「があああ!」
何とか、魔剣の先が馬鹿の片目にヒットしたが、致命傷ではない!
やばい!
急いでその場から上空へ跳び上がったが、むちゃくちゃに剣を振るう馬鹿の一撃が、足にヒットしてしまった。
左足のひざから下が無くなった。
くっそぉぉぉぉ!
なんだ! あの防御!
『分からん!』
魔力の無効化防御か?
『いや! 魔剣と同等の魔力で相殺された感じじゃった!』
マジかよ!
攻撃も防御も反則級かよ!
ジジィ! あの攻撃にフィールドは無効みたいだから、回復に全部回してくれ!
『承知した!』
片足で、何処まで避けられる?
ちょっと、やばいな……。
「ああああ! 僕の! 僕の目がぁぁぁぁぁ!」
って……えっ?
血が流れ出す片目を押さえて、馬鹿がもだえ苦しんでる。
何?
オリハルコンは、根性無し以外もてないのか?
まぁ、回復時間が稼げるか……。
馬鹿がもだえている間も、俺の左膝部分から煙が上がり、失った部分が再生されていく。
勝てるかな?
「くっそ! くそぉぉぉぉぉ!」
えっ!?
このバカ!
苦し紛れか、剣を振り回して斬撃を乱射してきやがった!
あれは!
間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ!
斬撃の軌道上に、彼女がいた……。
俺は右足を全力で蹴りだし、彼女を突き飛ばす。
ぐっ!
彼女を押した右腕が、俺の身体から離れ、宙を舞う。
斬り落とされちまった。
馬鹿が! なんて事するんだ!
俺に突き飛ばされた彼女が立ち上がり、俺に駆け寄ってくる。
「なんで?」
ええ? まず第一声がそれ?
「当然だろうが! お前は怪我してないか、オリビア?」
彼女は震えながら頷く。
あああ!
馬鹿が、馬に乗って逃げようとしてる!
待て! このバカ!
って、はい?
なんで?
魔力切れ?
おい! ジジィ!
回復が止まってるぞ!
……。
ジジィ!
いや、マジで!
あれ?
何時もならすぐに止まる流血が、全く止まらない。
どうなってるんだ?
やばいって! 出血多量で意識無くなる!
死ぬ!
もしかして……。
俺は、魔剣を握ったままの右腕まで這っていくと、傷口同士をくっつけた。
その瞬間から煙が傷口から上がり、回復が始まる。
やばかった……。
『わしも焦ったぞ……』
俺の方が焦ったわ!
なに? 紋章ごと切り離されるとこうなるの?
『そうみたいじゃ……』
みたいって……。
もしかして。
『わしも初経験じゃ……』
それぐらい知ってろよ! 死にかけてるじゃないですか!
やばかった~。
てか、逃げてくれて助かった~。
馬鹿でよかった~。
『今後は気をつけんとな』
そうだね~。
死んじゃうもんね~。
オリビアは座り込んでしまっており、俺の隣で相変わらず震えている。
「心配するな。すぐ回復するから」
オリビアは瞳に涙を溜めて、ただ頷いた。
なんだ、ちゃんと感情があるじゃんか。
「ちょっと! どいて! 大丈夫、レイ?」
ビクトリアお嬢様がオリビアを突き飛ばし、俺の手を握る。
いだだだだ!
触るな! 馬鹿!
そこまだ回復中なんだよ!
右腕取れたら死んじゃうんだよ!
「お嬢様、そこはまだ回復中なので……」
「あ! ごめんなさい!」
「回復できるのですね?」
ソフィアお嬢様も、俺の隣に座る。
「もうしばらくで……」
二人はみるみる生えてくる左足を見て、安心したようだ。
「これも魔剣の力?」
「そうです。即死を免れさえすれば、何とかなる事が多いです」
「そう、よかったわ……」
ジジィが今回は真面目に働いたので、数分で回復した。
そして、問題なく動く所を見せる。
お嬢様二人と、少し離れた場所でまだ俺を見ているオリビアにも……。
くそ~……。
でも、元凶の馬鹿をとり逃した。
『仕方あるまい……』
「俺は服を着替えます。お二人も部屋でお休み下さい」
「もう、大丈夫なのですか?」
「看病とか、いるんじゃない?」
はぁ?
「必要御座いません。では、俺は部屋に戻りますので」
今日は馬車の中で散々な目にあったんだ。
バカ姉妹には、これ以上付き合えん!
****
俺は補助階段から、二階にある自分の部屋に戻り、服を着替えた。
ジジィ、奴の技が分かった。
『分かったのか?』
ああ……。
斬られて見て分かった。
多分、昔師匠が言っていた空間ごと斬るって技だと思う。
『なるほど……』
てか! やっぱりオリハルコンずるい!
その技は剣を極めた、師匠みたいな達人中の達人にしか使えないはずなのに!
何であんな馬鹿が使えるんだよ!
ふざけんなよ!
むかつく!
まあ、いいや……。
次あったら殺す!
殺しきる!
****
着替え終えた俺は、斬り落とされた自分の左足の処理を忘れていた事を思い出し、部屋を出た。
自分の左足を処理するって……。
シュールすぎやしないかい?
『仕方あるまい。それよりも魔力を使いすぎたのでわしは眠るぞ?』
了解。
さて……。
部屋で一休みするか。
「お前いくつだよ!」
「ははははっ!」
「恥ずかしぃぃ!」
「うるせぇぇぇ! 殺すぞ!」
傭兵達の待機室から、笑い声が聞こえてくる。
どうやら、さっきお漏らしをした傭兵が、馬鹿にされているようだ。
まぁ……。
俺も仲間なら馬鹿にするかな。
「おいおい! 何処行くんだよ?」
「うるせぇ! 気晴らしだ!」
馬鹿にされていた男が、部屋から出てきた。
俺は何時もの癖で、気配を隠してしまった。
隠れなくても良かったんだが……。
気晴らしって何するんだろ?
ちょっと興味あるな。
大人の店とかに行くなら、ついていこうかな~。
****
「おい! 来い!」
はっ?
男は廊下を歩いていたオリビアの腕をつかむと、昨日の部屋へ連れ込んだ。
なんだよ、それ?
「へへへ……。今日は激しくしてやるからな!」
おいおいおい!
何してるんだ!
えっ? あの不細工の彼女なの?
違うよね?
どう言う事?
どうすんの? 俺?
ここで飛び込んでいって、二人が恋人同士だった場合は馬鹿だよね?
でも……。
いや……。
どうしよう……。
ええい! 男は度胸!
俺が鍵の閉まった扉を蹴破ると、ベッドに寝かされたオリビアは、服を破られてい。
そして、オリビアに覆いかぶさるように小便男が。
「なっ! レイ……」
俺は、その光景を黙って見つめる。
「お……俺が先だぜ! 順番だからな!」
う~ん……。
うん! 助けて大丈夫だ!
俺は殺気を小便男に飛ばす。
「ひっ! あ……あぁ……が……はひ……」
呼吸困難になった小便男に、俺は低い声で呟いた。
「俺がいなきゃ死んでたんだ。どの道今日が命日だったんだよ」
真っ青な顔で、小便男は涙を流し始めた。
そこで、殺気を和らげる。
「他の奴にも言っとけ。必要なら殺すって……」
これで正解のはずだ。
多分だけど……。
オリビアは、またあの何もない目で俺を見つめる。
そして、機械的な声で呟く。
その声は、俺の胸を強く締め付ける。
「……どうぞ」
無理に聞くってのも違うよな……。
「えっ?」
俺は、オリビアに手を差し出していた。
「きゃ!」
その手を訳も分からずに握ったオリビアを、起き上がらせる。
そして、上着をかける。
元の服は、さっきのお漏らし野郎に破られてるからな。
キョトンとするオリビアの手を引いて、自分の部屋に連れ込む。
その光景を見られているとは、考えもしなかった。
結構、脳のオーバーヒートギリギリの事してるからね!
心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい、ドキドキしてるよ。
なんだかんだで、免疫ありませんからね!
「湯船に湯を溜めて入れ」
俺は自分の部屋の風呂場に、タオル等洗面用具一式を入れてから、オリビアを押し込むと部屋を出た。
その足でクリーニングが終わった使用人の服が置かれ手いる場所に向かい、女性用を一着取ると部屋に戻る。
俺も使用人の仕事してるから、場所は知ってる。
案の定というか、俺の部屋の前に、お漏らし野郎が仲間三人と待っていた。
鍵閉めといて正解だったな。
この根性無しにも、プライドはあるのか。
「おい! あんまり調子に乗るなよ!」
あぁぁぁぁ……。
ブチンときた……。
「あ……ああああ」
俺が本気の殺気を放ち、黒いオーラを纏うと、馬鹿共はその場に固まる。
瞬殺してもいいが、それだと俺の気が済まないんでな。
俺の気当たりは、今やモンスターでも止めるほど強くなっている。
馬鹿共にゆっくり近づき、一人一人のわき腹を殴り、骨を砕く。
悲鳴すら上げられない馬鹿達は、全員涙を流す。
謝罪すら許さん!
お漏らし野郎以外の膝を蹴って、本来曲がらない方に曲げる。
そこで一度殺気を緩めた。
それでも、まともに動けるほどは緩めていない。
その場に全員が倒れ込むだけだ。
お漏らし野郎の髪をつかむと、最後の警告をする。
「次に、お前らの顔が俺の視界に入れば命がないと思え」
声も出せない状態で、馬鹿共はただ泣きながら頷く。
****
四人をつかむと、そのまま荷物のように運び、階段の無くなった二階から一階へ投げ捨てた。
「お前の足が無事なのは、そいつらを運ばせるためだ。拒否すればそれだけで殺す」
それだけ言うと殺気を消した。
もちろん、痛みと恐怖で四人が号泣をし始めた。
気持ちの悪い阿鼻叫喚だ……。
「どうしたんだ!?」
騒ぎに気がついたオルコットさんが、部屋を飛び出してきた。
「あいつらクビして下さい。金も払わなくていいです」
「えっ? あの……」
「お願いします……」
「わっ! わかった!」
俺の鋭くなった目つきに気が付いたオルコットさんが、焦りながらも了解してくれた。
あぁぁぁ……気分悪い!
殺しても良かったかな……。
クソどもが!
俺は部屋の前に置いておいた服を拾い、鍵を開けて室内に入る。
そして、バスルームの前に、その服を置いた。
しかし……。
勢いでやっちゃったけども!
どうすんの!? 俺!?
ノープランですよ?
この後どうすればいいの?
どうなるの? 俺?
う~ん……。
やっちゃった?
俺がベッドに座り悩んでいると、オリビアが風呂場から出てきた。
ええ~!
ちょ! ええ~!
服着てきなさいよ!
せっかく用意したのに!
なんでタオルだけ巻いて出てくるの!
何してんの? この子!
相変わらず、生気のない目で俺の前に立ってるよ。
何してんのぉぉぉぉぉぉ!
俺! 免疫ないんだってば!
ちょ! 助けて~!
じっと目を見てくるよ!
凝視してくるよ!
え~と……。
「身体が冷えるぞ?」
何言ってんの? 俺?
てか、何言えばいいの~!
しばらく俺を見ていたオリビアは、ベッドに仰向けになり布団をかぶった。
何してんの? この子!
違うよ!
服着なさいよ!
馬鹿なのか? 馬鹿なんだな?
勘弁して下さいよ~!
ああああ……。
胃が痛い……。
メッチャ痛い……。
やばい! やばいです! これ!
多分俺……。
血を吐いて死ぬ!
お前これ!
どんな殺し方!?
物理的に死なないからって……。
精神的に殺そうとしてくんな! 馬鹿!
なんかここ最近で一番破壊力あるわ!
やめようぜ~……。
いじめカッコ悪いぞ~。神様よぉ……。
ああ……。
なんだ? この拷問は!
俺がオリビアをちらりと見ると、彼女はビクッと反応する。
もちろん俺はすごい速さで目線を戻すさ……。
てか、あれ?
オリビアの目が死んでなかったような……。
確認するか?
いやいやいや……。
もっかい目が合ったら、俺が死ぬ!
多分胃に穴があいて死ぬ!
なに? こいつこのままここで寝る気?
まあ、俺は床でも眠れるけど……。
いや! 違う!
服着て、部屋に帰んなさいよぉぉ!
困ってるじゃないのぉ! 俺が!
なんかちょっと泣きそうじゃんか! 俺が!
ヤベ……。
胃酸が逆流してきた……。
吐きそう……。
う~ん……。
でも、死に方としてはましな方か?
いやいやいや!
何考えてんだ! 俺は!
胃に穴があいて死ぬって、絶対苦しいから!
この空間から動いていいかどうかすら判断出来んが、ここに居たくない!
ベランダで寝るか?
いや! 流石に凍死する!
それ以前に、この部屋ベランダない!
ああああああぁぁぁ!
どうすりゃいいの! 俺!
「……なんで?」
はっ?
「なんで私なんかの事で、そこまで……」
散々黙ってた挙句に、それ!?
う~ん……。
「俺はやりたい事をやっただけだ……」
これはいい答えじゃない?
どうなの!?
今、自分を自分で褒めたいんだけど……。
返事がない!?
ミスった!?
何がダメなんだ! こんちくしょぉぉぉ!
ええぇぇぇ……。
なんかすすり泣く声が、聞こえてくるんだけど~。
何が悪いの?
神様よ! これは、ないわ!
なんかもう! 普通に殺せよ!
胃に穴をあけて殺すって!
どんだけ陰湿なんだよ!
「私は生まれてきちゃいけなかったの! 私は何も望んじゃいけないの! お姉さま達に尽くさないと生きてちゃいけないの! なんで邪魔するのよ! なんで優しくするのよ……」
なんかキレられた!
もう、何言ってるか分かんない!
女泣かしてまった!
イィィィィィヤァァァァァァァ!
たぁぁぁぁぁぁぁぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇ!
****
オリビアが泣きやむまで……。
約十分……。
ええ、そうです……。
拷問ですよ!
もうね! 一時間以上に感じましたよ!
いいから……。
誰でもいいから助けなさいよ! 速やかにぃぃぃぃ!
「……貴方はどこまで知ってるんですか?」
ああ、やっと泣きやんだ。
「多少の推測はしたが……。何も知らない」
「えっ!? 本当に?」
誰が嘘つくか! この馬鹿っ子!
「信じなくてもいいが、嘘をついた覚えはない」
それから、オリビアはポツリポツリと、自分の事を話し始めた。
予想通り、お嬢様達とは姉妹だった。
ただ、オリビアだけは町長の娘ではない。
母親の離婚後に生まれた、異父姉妹だ。
オリビアの父親は、彼女が四歳のころに流行病にかかり死んだらしい。
行くあてのない母親は、着の身着のままで町長を頼ったそうだ。
ただ、そこから運悪く母親も流行病を発症し、翌年には亡くなった。
それから行くあてのないオリビアは、ここの使用人として働き始めたらしい。
五歳の子供が……。
俺より不幸じゃないか……。
なんだかんだで俺は、アドルフ様がやさしくしてくれたからね。
毎日毎日、姉であるお嬢様の為に尽くせと言い聞かせて育てられてらしい。
最悪じゃないか……。
そりゃおかしくもなるよな。
その話の最中も所々涙声になっているところから、多分虐められて育ったんだろうなぁぁ。
俺より不幸な奴、始めてみたよ。
ビクトリアお嬢様って性格悪いから、虐められたんだろうな~。
聞いてるこっちまで鬱になってくるよ。
「そして、去年私が十八になったころ、屋敷の警備をしていた傭兵達の話を聞いてしまったの」
それだけでは、分かりませんよ。
「お姉さま達を襲おうって言う話を……」
性格はともかく、お嬢様達美人だからねぇぇ……。
だいたい、オチがよめた……。
自分を差し出したのね。
毎日、呪詛のようにお嬢様達に尽くせって育てられたからね~……。
「それから噂を聞いた人が、部屋に来るようになって……」
また、泣き始めたよ……。
勘弁してくれよ……。
「くる日もくる日も、好きでもない男達に……」
そこで、オリビアは泣き崩れた。
タオルとれて胸見えてますよ?
って……あれ?
俺! 何してんの? 俺ぇぇぇぇぇぇ!
身体が勝手に動く!
何? 何が起こってるの?
ストップ! 俺!
ハウス! 俺!
ここで動いてまた痴漢呼ばわりは嫌だぁぁぁぁぁl!
駄ぁぁぁぁぁ目だぁぁぁぁぁぁ!
止まらない!
俺は、オリビアの頭を抱えていた。
やってしまったぁぁぁぁぁ!
もう、どうしようもありません!
だって……。
俺なんかこの子、好きになっちゃってるもん!
この子に悪さした馬鹿を、全員殺して行きたいくらい好きだもん!
必要ならお嬢様達も殺せるくらい好きですわ!
理由?
分かりません!
適当にそっちで見繕って下さい!
ほれみろ! オリビアが俺の胸で本泣きしてるよ!
ああ、もう!
大好きだ! こんちくしょぉぉぉぉぉ!
可愛いじゃねぇぇかっ! バカヤロー!
****
俺はオリビアが泣きやむまでただ抱きしめた。
涙と鼻水でどろどろの顔押した彼女を……。
それでも可愛いと思えてしまうんですもの。
つか、こいつびっくりするくらい……好きなんですよぉぉぉぉ!
「なんで? 貴方は私になんで優しくするの? なんで私を命がけで助けたの?」
「俺の名前はレイだ……」
「えっ?」
「どうやら俺は、お前を好きになったみたいだ……」
「こんな……汚れた私を?」
「別に汚れてないんじゃないか? 俺には関係ない……」
「私なんかでいいの?」
「俺はお前じゃなきゃ嫌だ。もし嫌じゃなかったら、俺と……。頼むから泣かないでくれよ……」
「だって……だって」
「出来れば、今後は可能な限り笑ってほしいんだが……」
「あなたは……ずるい」
えっ?
もしかして、これでふられるの?
ヤベェェ……。
俺ならあり得る……。
「そんな事言われたら、私もあなたを好きになってしまったじゃないですか……」
えええぇぇぇ!
どんな会話!?
文章! 無茶苦茶!
あ……。
お前こそ反則だ……。
涙を流しながら笑うオリビアの笑顔は……。
オリハルコンより反則だよ……。
やっと泣きやんでくれたオリビアにチリ紙を渡して、バスルームから服をとって戻る。
ついでに自分も服を着替える。
オリビアの涙で、胸元がビチョビチョですからね。
「ねえ? レイ?」
「なに?」
「これ……」
「間違えた……」
彼女が着た服を見ると……。
すんげぇぇ、ブカブカ。
Lサイズ取って来ちゃったよ。
しまらないね、俺って奴は。
「ぷっ! あははははっ!」
なんだか可笑しくなった俺達は、二人で笑った。
そう言えば、こんなに笑うのは何年振りだろうか?
****
『(ふむ……。ここは二人きりにするべきじゃろうな……。)』
本気で殺気を出した時点で、ジジィが目覚めていた事を俺は知らない。
恥ずかしいわ! ボケ!
それから、俺達はお互いの話をした。
ほとんど不幸合戦だったけどね……。
それでも人生の中で最良の時間だった。
そして、手を握り合って眠った。
こんな幸せな気持ちで眠るのは、初めてじゃないだろうか?
えっ? それだけかって?
それだけですよ?
青い?
俺まだ十七歳だから!
未成年ですから!
実際に若いから!
文句あるならこっち来い! 斬り殺してやる!
『こいつはよく何かの電波を拾うな……。病気か?』
誰が病気だ!
『なっ! なんで会話できるんじゃ? 起きておるのか?』
企業秘密です。
『そんな馬鹿な!』
てか、俺にも分かんないんだけどねぇ。
寝てるからじゃねぇの。
起きたら忘れるだろうよ。
『夢オチと言うやつか?』
そうそ……違う!
それだと、オリビアの事全部夢になる!
それが夢なら、俺は間違いなく病気ですよ!
認めますよ!
でも、違うから!
それより!
彼女できたぞ! ジジィ!
『わかっておる……』
なんだかジジィの声がやさしかった……。
****
翌朝、オリビアよりも少しだけ早く目が覚めた。
寝顔がこれまた一段とかわいい……。
黙ってキスを……。
「んっ……おはよう」
目覚めやがった。
「ああ……」
俺は、昨晩風呂に入っていない事を思い出し、シャワーを浴びる。
さて、やることの目処がついた。
一つ目は、昨日の馬鹿を見つけ出して倒す。
二つ目は、町長を脅してでもオリビアを貰っていく。
三つ目は、カーラ達に合流。
この大陸に携帯電話が無いのが、痛いよなぁぁ……。
カーラ達と連絡取れない。
いや、それ以前にオリビアを連れてカーラ達と、合流すると……。
俺……殺されるんじゃね?
最低でも、三人からフルボッコにされるんじゃね?
じゃね? っていうか、間違いなく殺されるよね?
よく考えると最悪だ!
運も残ってないし!
やってらんね~……。




