十話
オーナーの案内で入った、山小屋内は思っていたよりも清潔だった。
外観だけを見れば、蜘蛛の巣が張っていて長年放置された、忘れられたログハウスって感じだったが……。
木造りの机や椅子に埃は溜まってないし、ベッドのシーツは新しい。
多分、オーナーが隠れ住むために手を入れたんだろうなぁ。
「巻き込んですまないな……」
俺にお茶を出してくれたオーナーは、力なく笑う……。
って! 今さら遅いよ!
とは、さすがに言える空気ではない。
「事情を話して下さいよ」
「そうだな、まずは何から話せばいいかな……」
「とりあえず、全部話して下さい。その後、判断しますから」
「むっ……。何かお前に、上からものを言われるのはなれんな」
ええ~……。
ここまで巻き込んでそこ!?
俺、これくらい言う権利あるって!
「まず、私は評議長の娘と言う事はさっき分かったと思うが……。二年ほど前から国家反逆罪で、指名手配されている。その理由は、父の野望を阻止しようとして……失敗したからだ」
もうすでに、ちょっとややこしい。
「えっと、その野望ってなんですか?」
「究極の破壊兵器である、魔道兵機の復活による世界征服だ」
はい?
世界征服ってどこの秘密結社ですか? お父さんってのは、馬鹿なんですか?
『そうとも言えん。魔道兵機は、昔邪悪な神に対抗するための物じゃ。敵である神がいない世界でならば、世界征服も夢ではなくなるほどの性能を秘めておる……』
マジで!?
つか、ジジィ……なんか知ってる感じの喋り方だよな? 後で教えろよ。
『うむ』
「ルナリスは魔族との争いが多いのは、お前も知っているな?」
「まあ、隣接してますからねぇ」
「今の魔王は巨大な力を持っていてな。ルナリスの軍は、ことごとく苦汁を舐めさせられていた。まあ、最近は何故か小競り合いすらないそうだが……」
「はぁ……」
「連敗で国全体が疲弊し始めた頃だったかな……。評議会地下の増設工事で見つかったのが、古代に作られた魔道兵機の封印されたあの場所だった」
「じゃあ、魔族と戦う為にそれの復活を? 問題ないんじゃないですか?」
「いや、調べれば調べるほど、魔道兵機とは人間の手におえるものではないと分かったんだ。どうも、製造に携わった者達が、設計者の意図を無視して自由意志を兵機に与えていたり、魔力増幅のリミッタを外していたりしているようでな。なんでも、大昔魔道兵機の暴走で、小国が三つ滅んだそうだ」
恐ろしいとかってレベルじゃねぇな。
「復活させても操る事は出来ないだろうという事で、復活は見送られることになった……」
全部話してほしいとは言ったけど、なんか回りくどいな。
ここまで来て、喋り難い事でもあるのか?
「ああ、それともう一つ。復活には純度の高い、それぞれの属性の魔法石が必要でな。それを作るだけでも、予算と時間がかかり過ぎると復活を諦める大きな要因になったんだ」
魔法石?
「もしかして、あの魔法生物は……」
「そうだ、魔法石の種を生物に埋め込み、その生物が体内で熟成させる事が純度百パーセントの魔法石を精製する、唯一の方法なんだ」
ちょっと見えてきたな……。
「復活計画が見送りになって、一年後だったか……。魔法石の生成方法が書かれた古代の文献と、それぞれの属性の核となる魔法石の種が見つかったんだ。それを使い、魔道生物を製造できる事が分かり、私と父……そしてアレンは魔族への対抗手段として、魔道生物製造に手を出してしまったんだ」
「あのぉ……。それって、一つも悪い事ではないんじゃ……」
あ、でも生き物の命を無駄にすることになるって事か?
いやぁ、今でも医療実験にモルモットとか使われてるし、普通なんじゃね?
「遺跡から発見された魔道石の種でなければ、魔法石の純度が低くてな。私達が作った模造品では、言う事を聞かない化け物や、純度を高められない弱い生物しか作れなかった。その為、父は研究にのめり込んでしまった」
話を最後まで聞けって事だろうが、無視すんなよ。
てか、研究にのめり込む? マッドサイエンティスト的な?
「そして父は遂に、純度が九十九パーセントの魔法石を完成させたんだが……」
「そこから、おかしくなったんですか?」
「ああ……。何を考えたか魔道兵機を復活させて、魔族を滅ぼすと言い始めた。私とアレンは反対したが、その時父はすでに狂い始めていてな……」
なるほど、それで逆らうことになったのかな?
「それだけであれば、私達も渋々だったが従おうかと考えていた……」
従うのかよ! 危ないんでしょ? その兵機って!
なに考えてるんだ! 馬鹿ですか?
「やはり、オリジナルではない魔法石では封印を解くことは出来なかった。そこで父は……」
「どうしたんですか?」
「私とアレンを薬で眠らせ、私達に魔法石の種を埋め込んだんだ……」
オーナーがシャツの胸元を少し下げると、縦に五センチほどの傷があった。
「私はその時、薬の効果が薄くてな……。見てしまったんだ。狂気に歪んだ父の顔を……」
「そう言う事だったんですか……」
その後も、二人の制止も聞かずトバイア評議長は禁忌である人体実験を続けたらしい。
そして、魔法石を埋め込んだ人間を材料とした、自分の手足となる戦士まで作り始めたそうだ。
「アレンと私は父に幾度も抗議したが、聞き入れてはもらえなくてな……。それで婚約者だったアレンと私は、ルナリスから逃げ出そうとしたんだ……」
はい? アレンは、今も普通に働いてますけど?
どう言う事!?
「今のアレンは、私の知っているアレンじゃないんだ。多分父に改造され傀儡となっている……」
オーナーの胸には闇の魔法石が、アレンの胸には光の魔法石が埋まっていたそうで、トバイア評議長は二人の逃走を阻止しようとしたそうだ。
すでに完成していた魔法石のコピーで作った従順なソルジャー五十人が、逃亡しようとした二人の行く手を阻んだらしい。
だが、ルナリス一の魔法剣士だったアレンと、最高位の闇魔法使いだったオーナーが組むことで、何とか国境までは逃げられたそうだが……。
「逃げ伸びた先には、父上が百人のソルジャーを連れて、すでに待ち構えていてな……」
最悪の展開ってやつか……。
「それともう一つの誤算は、オリジナルの魔法石の種は宿主が敵の命を奪うことで、成長するようになっていたんだ……」
「それって、ソルジャーを殺した二人の魔法石は……」
「ああ、精製が完了してしまっていた。そこで、もう完全におかしくなってしまっていた父は、自分の世界征服の糧となれと私達に言い放ってきたよ……」
それでも抵抗を続けた二人は百人のソルジャーとトバイア評議長を退け、樹海へと逃げ伸びたそうだ。
しかし、トバイア評議長の魔法からオーナーを庇い続けたアレンは重傷を負っており、自分で自分の魔法石を取り出して、オーナーに一人で逃げるように言ったそうだ。
もちろん、魂と癒着するらしい魔法石を埋め込まれた者が、その魔法石を取り出すと死んでしまう。
「あいつは……お前は俺の命よりも大切な宝物だ。だから早く逃げてくれ、俺からの最後のお願いだと言って口づけをしてきやがった……。その時、私はアレンを本当に愛していた事が分かってしまってな……」
オーナーの目からは、一滴の涙がこぼれだしていた。
その純粋な暖かい水滴は、頬を伝って床へと落ちていく。
「今のアレンは、多分……コピーの魔法石を埋め込まれて、父のいいなりになっているんだろう」
ずずっと鼻をすすったオーナーは、目を擦って無理な笑顔で、こちらに向き直った。
「それからは、ニルフォに逃げ伸びて持ち出した宝石をお金に変えて、元のオーナーが夜逃げしたあのホテルを買い取って、隠れるように暮らし始めたってわけだ」
「それなら、ちゃんと説明して、アニスちゃんとかの協力を……」
「ホテルの営業を始めてすぐに風のうわさで、私が違法な魔法生物を作って国家転覆を狙った大犯罪者に仕立て上げられた事が分かってな……」
「それでも……」
「もぉ……沢山なんだ! 私の大事な人が、私の為に傷付いて行くのは……」
俺は、初めてオーナーと会った時の事を思い出す。
オーナーは意気消沈して何もしゃべらない俺をホテルまで引っ張り、そっと毛布とスープをくれたっけな。
この人は、父親に逆らうには優しすぎたんだ。
「そして、お前が怪物から取り出した魔法石をみて、父が諦めていない事を知ってな……」
「それで、魔法石を持って逃げようと……」
「ああ……」
くそ! 聞いちまった! 聞いちゃったよ! ちくしょう!
さすがに見て見ぬふりなんて……。
出来ないんだよぉぉぉ、これがぁぁぁぁ。
俺は何がしたいんだ?
きっとまた危ない目に会いそうな気がするけど……。
ほっとけるわけないじゃないですかぁぁぁ。
くそっ!
『それが、お前じゃ……』
分かってるよ! 嫌ってほど分かってるんだよ!
『さて、魔道兵機についてじゃが……』
「そう言えば! レイ、お前怪我は? 大丈夫なのか?」
ジジィの会話が聞こえてないオーナーが、言葉を遮ってしまう。
「ああ。もう治りました」
俺はシャツをめくり、すでに傷口すらなくなった脇腹を見せる。
「レイ……。お前は……」
「まぁ、俺にも色々ありまして……」
「それと、そのマスク似合ってないぞ……」
うっそぉぉぉん! 今そこ?
言わなくてもいいじゃん!
自分でもそんなに似合ってるとは思ってなかったさ!
まだ目が真っ赤なのに、言う事それ?
駄目だ、やっぱりこのオーナー頭が……。
ゴッと鈍い音が、山小屋内に響く。
「痛い! 何するんですか! オーナー!」
「なんとなくな……」
何という鋭い勘なんだ……。
近くの棒で、何時もの場所をまた殴られた。
ただ、なんとなく今はこのやり取りが、落ち着く……。
それが俺の日常だったからだろう。
「ひ……酷くないですか? オーナー」
「まあ、いつもの事だろう?」
理由が理由になってない。
酷いじゃなくて、普通にこいつ頭がおかしっ! うがっ!
再び、俺の頭に鈍痛が走った。
勘が良過ぎるぞ! ちくしょう!
たく……。
やってらんねぇ~……。
****
ここからの語り手は、一時的に私が担いましょう。
透視能力も予知能力も持たない彼では、状況を伝えられませんからね。
彼とエレノアが山小屋でいつものやりとりをしている頃、カーラが病室で目覚めました。
そのカーラは、アニスから眠っていた間に起こった事を聞かされます。
「馬鹿な! あいつがそんな事を、するはずがないだろうが!」
「そうは言っても……。お姉さまと逃げたのは事実です」
「それだけか?」
「え?」
カーラはアニスの胸倉をつかみ上げました。
「お前は自分で何も考えていない! よく考えろ!」
部屋にはアニス以外に、アレン以外の四将軍とイリアも来ていました。
それだけ他国の姫であるカーラを、重要だとルナリスの者達は考えていたのでしょう。
「カーラ姫様! 落ち着いて下さい」
ベッドから乗り出したカーラを、イリアが止めに入ります。
ですが、カーラは手を離しません。
「あいつは! レイは……。確かに馬鹿でスケベで不器用でどうしようもない奴だが……。どんな事があっても、悪事に加担するような奴じゃない!」
その言葉に、眉間に皺を作ったネロが異論を唱えます。
「しかし、魔法生物との八百長のような戦闘はどう説明するのだ?」
「それは、ただお前なんかよりもレイが強いだけだ! レイを狙った攻撃を受けて私はこうなってしまったんだ! 魔法生物はレイを殺す気だったに決まっているだろうが!」
「しかし……」
「では、ネロ! 貴様はBランクモンスターを剣一本で倒せるか? 奴はやってのけたぞ!」
「ぐっ……」
ネロは反論が出来ませんでした。
四将軍であるネロも、Bランクモンスターと渡り合えるだけの力は持っていますが、魔法なしの上に一人でとなると無理なのでしょう。
プライドが高い彼は、嘘はつかないという長所も持っているようですね。
Bランクモンスターを魔法なしで倒せる人間など、世界中探してもそうはいません。
カーラの意見に傾きかけていた空気を、冷静なイリアが押し戻してしまいます。
「カーラ姫様。まず。レイとはヘイルの本名ですね?」
「あっ……。そうよ……」
「何故彼は本名を隠す必要があるんですか? 何か後ろ暗いことがあるからではないでしょうか? それに、姫様の傷を癒したのは話を聞いて今理解出来ました。ですが、その後胸に顔を埋め続け、痴漢行為をしたのも事実ですよ? 私はあの場面でそんな事をする彼が、正常な人間だとは思えません」
「そ……それは……」
その言葉で、カーラは言葉を詰まらせてしまいます。
気を失っていたせいで、痴漢行為を彼がしていなかったと言い切れないからです。
カーラ自身としては、心の疎通さえ取れれば何をされても文句はないようですし、彼の望む事をなんでもしたいと考えているようですが、この場ではさすがに口に出来ません。
黙ったカーラに向かって、アミラが口を開きます。
「私の裸を見たのは確かに不可抗力なのかもしれませんが、目覚めたときの私を見る彼の目は、異常者のそれでした」
ここぞとばかりに、先程言いくるめられたネロもアミラの援護にまわります。
「その通りだ! 私も、奴が女性にわいせつな事をする現場にいたが、脈を見るにしても首筋や手首でいいところを確実に胸を触った! さらに、揉むなど……。あの状況では異常者のとる行動としか思えない!」
彼の行いは全て、彼の意思とは関係なく、雪だるま式に膨れてしまうようです。特に悪い方向へと。
ネロの援護を受け、アミラは更に言葉を続けます。
「私も見ていましたが、一般女性の胸をもんでいたのは、見間違いでもありませんし……」
「ぐぐぐ……」
劣勢に追い込まれたカーラが、アニスに向かって話題転換の言葉を投げつけます。
頭に血が昇った彼女は話は、論理的ではなく、感情的な方向へずれてしまったようです。
「私にも妹がいる! その妹の事はよく知っている! お前の姉は国家転覆をもくろむような人だったのか?」
アニスは、首を左右に振りながら小さくはありますが、はっきりとした声で返事をします。
「エレノアお姉様は、少し大雑把なところと仕事をさぼる癖はあったけど、優しくて皆から愛される人でした」
「それなら……」
カーラの続けようとした言葉を、アニスは強い眼光と言葉で遮ってしまいます。
「だからこそ! だからこそ、許せないんです! 大好きだった……愛する者に裏切られる苦しみが! 貴女に分かりますか?」
その言葉にカーラはびくりと体を硬直させ、口を閉じてしまいます。
「まぁ、皆落ち着きなさい。カーラお譲ちゃんが嘘を言っているとは思えん……。あの男に騙されている可能性は十分にあるが、魔法生物をヘイルが倒したのは事実じゃ」
それまで黙っていたバランが、なだめる様な口調で喋りはじめます。
彼だけが、感情に任せて喋る皆の論点がおかしくなっている事を、正確に理解しているようです。
バランのその言葉で、カーラはベッドの上に立ちました。
「お願い! レイに……私にチャンスを頂戴! それで、あいつが悪事を働いたって分かれば……私が直接あいつを殺す!」
心のわだかまりを吐きだし、冷静になり始めていた病室にいる全員が、カーラの提案に仕方なくではあるが頷きました。
貧血から立ち眩みをしてしまったカーラは、一度ベッドの上でしゃがみ込みます。
それでも、イリア達の助けを借りてベッドから這いだし、出発の準備を進めます。
彼女が一心に想うのは、自分の心を始めて動かした、不器用で馬鹿な誰よりも優しい男の事です。
彼がカーラの気持ちに気付くのには、もう少しだけ時間が必要です。
歪んでいるかわいそうな彼は、自分に向けられた悪意には敏感なのですが、好意には……騙される! 罠だ! と距離を置いてしまうからです。
自分の心をうまく支配できない彼も彼女も、本当に不器用ですね。
ふふふっ……。




