九話
「どうなんだ?」
俺はアニスちゃんに、病院の集中治療室の前で詰め寄った。
「大丈夫、命に別条はありませんよ」
アニスちゃんの笑顔での返事に、俺はソファーに座り込んだ。
ふぅ~……。
魔剣の力で回復させたとはいえ、かなり不安だった。
とりあえずよかった……。
「血を多く失ったようで、一週間は安静が必要でしょうけど、問題ないと医師は言っていました」
「ああ、宜しく頼むよ」
まったく、知り合いが死ぬのとかは、もう勘弁してほしいからな……。
「そんなに……」
「ん?」
「そんなにカーラさんが心配ですか?」
「そりゃあ、知り合いが目の前で死んで、いい気分のする奴はいないだろう?」
何、当然のこと聞いてんだ?
まさか! この子も箱入り娘だから常識がないのか?
ちょっと狙ってるのに……。
俺の周りはこんなんばっかりかよ。
「そ……そうですよね! すみません、私、何を言ってるんだろう……」
よかった……。
カーラよりはましなようだ。
ギリギリセーフ!
「とりあえず、今夜の巡回は俺一人で行くよ。戦力としては問題ないと思うから……」
「はい。あの……でも、大丈夫ですか?」
「四将軍よりは、いい仕事をする自信はあるよ」
てか、俺のがつおい!
そこは疑ってほしくないな。
「いえ……。よければ私も……」
はぁ?
「それだと、西地区が手薄になるんじゃないか? 本末転倒なんじゃ……」
「そ……そうですね。すみません」
何だよ……。
そんなに落ち込むことないのに……。
何が気に入らないんだ?
まさか!
痴漢を一人にするなとか、イリアさんに言われてるとか?
あああああ! タイムマシーンがほしい! あれは本当に違うのに!
はぁ~……。
やってらんね~……。
「じゃあ、私は仕事がありますので……」
「あ……ああ……」
何故避けるように、逃げ去るんだ!
それも顔真っ赤にするとか……。
変態と話すのが嫌とかですか?
何だよちくしょう……。
何回も言うけど、ドノーマルなのに……。
確かに最近女の子の裸見たり、胸もんだり、胸に顔を埋めたり……。
あれ? 俺……。変態ですね……。
あああああああああ!
違うもん!
変態じゃないもん!
駄目だ。
病院にいると気が滅入る……。
散歩でもして来るか。
病院のロビーで、ネロと会った。
お互いに嫌いなので、もちろん挨拶はない。
ただ、すれ違いざまにネロは一言つぶやきやがった。
「この変態が……」
俺はすぐに振り向くが、ネロは何もなかったかのように、部下の兵士が入院している病室に入って行った。
殺したろか! てか、殺す!
皆に見えない速度で斬り殺してやる! マジで!
みじん切りにしてやる!
くっ……そぉぉぉぉぉ!
あんなへなちょこに! 馬鹿にされるなんてぇぇぇ!
もお、やだ……。
****
俺は、とりあえず評議会に来てみたが……。
入り辛い……。
ん?
この暑いのに、フードを深くかぶった奴が評議会を眺めている。
胸があるから女性だろうが……。
紫外線対策ってやつか?
まさか! 事件の真犯人?
まあ……なんて都合よくいくわけないよなぁ。
俺って、運ないしぃ。
その女性は、評議会の写真を一枚とると立ち去った。
観光客だろうな。一般見学もやってるって、言ってたし。
でも……なんかあの雰囲気どこかで……。
う~ん……。
まぁ良いか……。
公園でアイスでも食べて、時間をつぶそう。
いや、クソ暑いしファミレスでも行こう。
ドリンクバーで五時間くらい粘ってやる。
****
俺は本当に五時間粘り、見回りの時間に評議会へ戻った。
しかし、その日は夜中一時を過ぎても、魔法生物は現れなかった。
俺と四将軍は見回りの警備兵に後を任せると、一時解散になった。
「敵の数も分かってないし……。こんな日もあるか……。さて」
俺は評議会の隣にある宿舎には帰らず、町はずれの公園へ行き、修練をする。
「ネロ殺す! ネロ殺す! ネロぶっ殺す!」
何時も通り剣を振るう。
最近はカーラよりも、ネロの名前を出したほうが効率がいい……。
『気持ちが良いくらい歪んどるな……』
「ジジィ死ね! ジジィ死ね!」
『お前が死ね、お前が死ね……』
うっさい! 折れろ!
『お前の脊椎が折れろ!』
などと二時間の修練を終え、宿舎に帰宅する。
****
うん?
『人……のようじゃな』
評議会の庭から、人の気配がする。
警備の兵士は、建物内だけのはず。こんな夜中に、庭ってのは怪し過ぎる。
どうするかな?
足音を殺して、気配を消そうとしているところを考えると……。
『うむ。不法侵入者かのぉ?』
仕方ない……。
俺は警備システムが働かないように、評議会の塀を跳び越えた。
そして、木の蔭から目的の人物を観察する。
あれは……。
昼間の女性だ……。
マジか。しくじった。
本当に黒幕だったの?
『とりあえず、後をつけるか……』
そうするしかないだろうな。
いや、でも、評議会に雇われてる、斥候が仕事の人だったら……。
『女のようじゃし、変態の名前が広まる可能性があるな……』
うん! 俺もそう思う!
もう、下手な事はしたくない。
取り敢えず、様子見よう……。
ん? 何してるんだ?
女性が地面をいじると、隠し通路が開いた。
うお! あんな仕掛けがあったのか……。
やっぱ、本当に身内なのかも……。
****
俺は完全に気配を消して、女性の後をつける。
隠し通路は、評議会の地下へとつながっていた。
階段を降りた感じだと、多分地下二階くらいだろう。
何かの研究施設だろうか?
大掛かりな機材がいっぱい並んでる。
一体ここは……。
『ここなら、魔法生物も作れそうじゃな……』
え? 本当に黒幕か?
まさか、評議会の下で作ってるとは誰も思わないよな。
ん? あれは……。
『魔法石じゃな』
俺が魔法生物から回収し、アニスちゃんに渡した魔法石が、その地下施設の机の上に置いてあった。
フードの女性は、それを持ち去ろうとしている。
さすがに……。
『少し話を聞くべきじゃな……』
ああ。
俺は素早く女性の後ろに回り込むと、剣を首筋に突き付ける。
「そこまでだ。悪いが事情を聞かせてもらおうか」
女性は机から手を引いて、両手を上げる。
そして、振り向きざまにナイフを振るってくる。
首筋の剣は、怖くないのかねぇ?
ゆっくりに見える女性からナイフを奪い取り、空振りをして体勢を崩した相手に、再度剣先を向ける。
ダガーナイフか。殺す気で振ってきやがったな。
間違いなく敵だ。
勢いで、女性のかぶっていたフードがずれた。
はい!?
なんで?
「オーナー?」
「レイ?」
なんとそこには、俺が半年世話になったオーナーがいた。
「何で? 何でです? オーナーが魔法生物を操って悪さを?」
「違う! それを阻止しに来たんだ!」
はぁ? 何言ってるんだ? こいつ?
「頼む! ここは見逃してくれ! 私は父の野望を阻止しないといけないんだ!」
オーナーの目は真剣だった……。
あのいつも気怠そうだったオーナーの顔じゃない。
どうする?
『嘘は言っておらん者の目ではあるな……』
だよねぇ。
「分かりました。でも、事情を話してくれませんか?」
オーナーは少し悩んだ後、頷いてくれた。
なんだか、面倒な事情がありそうだな。
父の野望ってなんだ?
でも、聞かなきゃ何も判断できない。
****
うん?
気まずい雰囲気で俺達が黙り込んでいると、地下に大勢の気配が近づいてきた。
一体なんだ?
「そこまでです!」
うお!
アニスちゃんに、四将軍。それにイリアさんまで……。
警備兵も……えと、三十人はいるか?
何だ? 凄く大げさな……。
やっぱり、オーナーって凄い悪人?
「ヘイルさん! そのまま姉をこちらに引き渡して下さい!」
姉!?
「エレノアお姉さま! やはりあなたが今回の事件の犯人だったんですね! 国家反逆罪で拘束します!」
ど……どう言う事?
何がどうなってるの?
オーナーに視線を向けると、唇の色が変わるほど噛みしめていた。
うん? オーナーの目線の先は……アレン?
何がなんだか……。
「あの、アニスちゃん?」
「ヘイルさん! その人は私の姉ですが、お父様に逆らい国家転覆を狙う大罪人です! 早く拘束を!」
おおぅ……。どうなって……。
「頼む! レイ! 手を貸してくれ!」
ええぇぇぇ。どっち信じればいいの?
オーナーが悪人だとは思えないし、アニスちゃんが嘘をついてるとも思えない。
でも、ここでオーナー助けたら俺の五百万が……。
いやいや、半年世話になってるし……。
てか! オーナー! このタイミングでその俺の本名出さないで!
別の犯罪で俺が掴まるから!
「ヘイルさん!」
「レイ! 私を信じてくれ!」
え~い……。くっそ!
俺は剣をオーナーから引き、アニスちゃん達に向ける。
「ヘイルさん……」
「言い訳はしない……」
とりあえず、この場はオーナーを連れて逃げだす!
その後は……。
その時考える!
「やはり! お前が裏切り者だったか!」
ネロが鬼の首でも取ったかのように、俺を指さして叫ぶ。
「私に倒せない化け物を! お前ごときが倒せるなどおかしいと思ったのだ!」
いや……。
それはお前が雑魚なだけだ……。
「ヘイルさん……」
アニスちゃんの顔も、みるみる悲しそうになっていく。
ああ……。やってもぉぉたぁぁぁ。
「信じてたのに! この裏切り者! あの者も同罪です! とらえなさい!」
アニスちゃんは怒号の後、兵士達への指示を出した。
こうなったら仕方無い!
俺に向かってくる兵士達をぶんなぐる!
流石に、殺せないからねぇ。
ルナリスの兵士は、魔法を戦いの主体にする。
つまり! 魔法の呪文を唱える間は、隙だらけじゃぁぁぁい!
うらあああああぁぁぁぁ!
兵士達が剣を抜き暇もなく、全員殴り飛ばしてやった。
『いや……あのな。呪文の隙とかじゃなく、普通に殴り倒しとらんか?』
うっさい! 勝ったもんが! 勝ちなんだ!
『まあ、魔剣で斬る訳にもいかんし……。構わんが……』
「馬鹿が!はぁ!」
俺が少し足を止めたところに、ネロが炎の球を飛ばしてきた。
さすがに四将軍ってところか……。
でもね……。
俺が魔剣をふるうと、その炎は霧散した。
そして、目を見開いて驚くネロとの間合いを詰める。
ネロは急いで剣を抜こうとしたが、俺はその剣の鞘越しにみぞおちへ向かって、強化した脚力で蹴りを放つ。
こいつは腹立つから、ちょっと手加減抜きで……。
剣は叩き折れ、壁に吹っ飛ばされたネロは気を失った。
多分肋骨は折れたと思う。
ふぅぅぅ、少しすっとした……。
おっと!
俺に向かい、複数の魔法が飛んでくる。
それを全て魔剣で切り裂き、無効化した。
他の人……特に女の子は恨みもないし、傷付けたくない。
よし!
俺はオーナーの隣にまで跳んでさがり、オーナーを肩に担ぎ、トップスピードで走り始めた。
なっ! アレンだけは、その俺の動きに反応して、すれ違う際に剣を振るってきた。
脇腹を軽く切り裂かれた。くそっ……。
そう言えば、あいつだけは実力を知らない。
油断した……。
だが、これくらいなら魔剣ですぐに回復できるし、脱出には成功した。
これで急場は凌げた。
****
「レイ……。あんた……」
「舌、噛みますよ。説明は後で……」
俺はトップスピードのまま屋根を飛びはねて移動し、町から脱出した。
そして、オーナーの指示に従い、町から数キロ離れた山小屋の前で止まる。
「あんた、いったい何者?」
「その前に、オーナーの事情から教えて下さい。エレノア:カーチスさん」
ちなみに俺は、今日初めてオーナーの名前を知った。
だって、教えてくれなかったんだもん!
****
しかし……。これで、この国でも国家反逆の犯罪者か……。
ギルドにも戻れないよなぁ。
俺、これからどうなるの?
てか、気の迷いでアニスちゃんに嫌われたぁぁぁぁぁ!
勘に頼るといつもこれだ!
もう嫌だぁぁぁぁ!
女の子が皆、俺を軽蔑のまなざしで見てくるよぉぉぉぉ!
さらに、この大陸には俺の居場所がなくなったぁぁぁぁ!
俺に死ねってか?
死ねってことだよな? 神様よ~!
絶対死んだら、殴りに行くからな!
そして、ひぃひぃ言うまでケツ蹴りあげてやる!
もぉぉぉぉ!
誰か俺を救ってよぉぉぉぉ!
ちくしょぉぉぉぉぉ!
やってらんね~……。




