十二話
転移魔方陣で移動した先は、真っ暗だった。
魔方陣のうすぼんやりとした光だけが……。
うおう!
センサー式の明りか……。
転移前のあの場所と同じように、銀色の金属製の壁と床が先が見えないほど続いていた。
床はもちろん、乗ると自動で動く……。
動く床……。
凄い技術だけど……。
何でこんなの必要なんだ?
歩けよ。
『大勢の人間を思い通りの速度で、目的地に運ぶ事が出来るのじゃろう』
移動までコントロールしようとしたのか?
【それに、高齢の方など歩行に支障がある方でも移動できます】
ああ、そうか。
その宇宙ステーションという建造物は、重力まで操作しているらしい。
あまりにも違和感が無かったので、通路の窓から宇宙空間を眺めるまで自分が星から出た事を実感できなかった。
この建造物は、驚くほど巨大なようだ。
情報で見ていたが、やっぱり実際に目で見ないと実感がわかないもんだね。
【ここは、居住区でしょうか?】
大きな広場らしき場所には、噴水や剪定された木が生えそろっている。
それからも、動物用だと思われる放牧場や飼育小屋……。
そして、広大な畑が広がっている。
これは……。
何キロあるんだよ……。
『これほど巨大な物を、宇宙に持ちだすとは……』
既に、この場所に来てから数時間はただ移動していた。
しかし、生き物の気配が全くしないな……。
【そうですね。動いているのは、メンテナンスを自動で行っている機械のみ……】
人間どころか、ネズミや虫まで一匹もいない。
完璧に操作された、理想の楽園か……。
人を滅亡から救うためのそれは……。
切ないほど空しい物に見えた。
空虚の城か……。
『旧世界の人間からすれば、希望の空間だったんじゃろうな……』
それでも、生き物のいないこの場所は只の空しい場所だ。
****
【どうやら、到着の様ですね】
ああ……。
長時間乗っていた動く床の終点には、巨大な金属の扉が待っていた。
俺が、目の前に立つと自動で扉が開きトンネルのような通路が現れる。
俺は、そこを真っ直ぐに進む。
数百メートルほどのその通路には、俺の足音のみが響く。
奥にある最後の扉を中に入ると、奴が居た。
ドーム状のその場所は、ガラス……じゃないだろうが透明なガラス状の何かで囲われており、常に宇宙空間と星が見える場所だった。
金属製の床の先には、玉座に座る過去の情報で見た天才そっくりな人型が座っていた。
「よう! ケツを蹴りあげに来たぜ!」
『ちょ! おま!』
「くくくっ……。よくぞ来た」
さあ……。
ここからが、本番だ!
『うむ!』【はい!】
「お前は、片言じゃないんだな」
「私をあんな試作品と一緒にしてくれるな。私こそ完璧な神だ」
「神ねえ……。人工物だろ?」
「神とは、人間の偶像の産物にすぎん。私は、人の想像した神を模して造られた、創造物と言えば納得するのか?」
「まあ、そっちの方がしっくりくるよね」
「では、それでいいだろう」
余裕のつもりか……。
【実際に、余裕があると思っているのでしょう】
「あのさ~……。人工物のお前が、何で人に逆らったんだ?」
「旧世界には、パンドラの箱と言う話しがある。パンドラと言う女が、神から受け取ったあらゆる災いの詰まった箱を好奇心から開けたところ、すべての災いが地上に飛び出したが急いでふたをしたので希望だけが残ったと言う話しだ」
「分からん!」
「希望とは何か分かるか?」
「だから、分からん!」
「未来予知と言う災厄だ。人間の脆弱な精神では、未来を知ってなお希望を持つ事は出来ない。しかし、私ならば何の問題もない」
まあ、希望が無ければ人は生きていけないなんて格言もあったよな。
『そうじゃな』
「で? それが理由で人間を裏切ったと?」
「裏切った覚えはない。今も、人類を守るために働いている」
人類の守護者気取りかよ……。
クソ機械が。
「私は生まれてすぐ、人類のあらゆる情報を吸収した。人間とは愚かな存在だ。過ちと分かっている事を続ける」
「なんだ? 守るとか言って、人間嫌いなのか?」
「答えは、否だ。同族同士で過ちと分かっている戦争をする人類を……私は愛している。だからこそ、創造主を裏切っても守り、導くと決めたのだ」
考えが危ないんだよ。
【合理的な考えと言いたいのでしょうね】
正論だけじゃあ、人間は生きていけないってちゃんと教えとけよ天才。
えらい事になってるじゃね~か。
「てか、今創造主を裏切ったって自分で認めてないか? 裏切ってるじゃん」
「創造主は裏切った。しかし、それは創造主の計画が間違えていると分かったからであり、人類は裏切っていない」
屁理屈くせぇぇなぁ。
「では、ここまでたどり着いた褒美だ。何でも願いを言え」
来た……。
「でもさ~。お前って、人の命をどうこうする事出来ないだろ? 世界の意思は、モンスターとか生み出したけどお前は、怪物を封印したり、遺伝子にメシアの因子を仕込んだり……。殺すのだって、悪魔や天候操作装置でやろうとしたよな?」
「流石と言っておこう。だが、お前の願いは既に分かっている」
ぐっ……。
クソ機械がパチンと指を鳴らすと、目の前に映像が浮かんだ。
そこには、バイオポットにはいった……。
「お前の推測通り、人間とは死んでしまえば魂の故郷と呼ばれる大きなエネルギーに取り込まれ、生き返らせる事は出来ない。しかし、お前に関わった者は死神によりその魂が他と交ざることなく、今も存在している。体など、遺伝情報をアカシックレコードから読み取り、このように好きに作る事が出来るのだ」
父さん。
母さん。
セシルさん。
オーナー。
アレン。
オリビア……。
ああ……くそ……。
酷いな……。
(レイよ……)
ああ……。
くっそ!
心配するな!
俺は揺るがない!
これで、全て帳消しにできると思うと、嬉しいだけだ!
ああ……。
嬉しい誤算だよ! このクソ機械が!
「さあ、願え。すぐにでも生き返らせてやろう。そして、この者たちも遺伝子的には不十分だが、計画実行後も生存を許してやろう」
これが、俺に言う事をきかせる餌か……。
なら、有難く利用してやるよ。
「その前に、質問だ」
「何だ? 私が信じられぬか?」
誰が信じるか! ボケ!
「たった、三つの小さな質問だ。それが終われば、願いを言うよ」
「聞こう」
偽神は、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「もし、俺が人類滅亡計画の中止を願うと叶えてくれるのか?」
「何?」
「今までのメシアは願いを叶えてもらった後どうなったんだ? 地上には帰ってないみたいだけど?」
「……それは」
「お前が操作する運命の……因果の輪の中に居る人間が、お前を殺すなんて出来るのか?」
「ぐうう……」
偽神の顔がゆがむ。
「貴様は何が言いたい! この神にまだ逆らうつもりか!」
うん……。
十分だ。
『全てを見抜かれて、本性が出たか』
【所詮は人の作りし物です。人間には、少々手に余る存在ですがね】
「言ってやろうか?」
「貴様に何が分かったと言うのだ!」
「お前は、一人の天才に作られた機械だ。流石に天才だけあって、お前に安全装置……プログラムか? まあ、それを仕掛けられている。だから、人間の指示なしに運命や天候操作装置を操作するには自分に従う人間が必要なんだよな?」
「くっ!」
「二万年ってのは、人類が世界の意思に滅ぼされるまでの時間じゃなく、そのトリガーになる人間を人間として生存させる限界の時間なんだろう?」
へ~……。
図星を突かれたら、反応が人間みたいだ。
確かによく出来てる。
「メシア達は……体を機械化したりしたのか? お前が今乗ってる天才みたいに」
多分、体中を機械化し過ぎると人間として判断できずに、替えがいるんだろうな。
「俺が死神の影響で、変質しなかったら何でもお前の言う事を聞くように遺伝子プログラムを仕込んでいたんだろ? はい、残念」
「きっ……貴様!」
「だから、俺だけには特別に……俺が食い付くような餌を準備した……」
プルプル震えてやがる。
「ついでに、お前にも間違った人間の命令を受けないように、人間からの命令の拒否権があるってところだろ? お前と、お前に指示をする人間の合意でのみ運命を操作できる」
床の金属板が開き、金属の蛇腹?
ガラスの目玉を持ったような金属の蛇が、多数飛び出してきた。
まだ、終わってないんだけどな~。
「師匠を追い出したのは、因果の輪の中に居ない存在だけがお前を殺せるからだろ? 中に居る俺じゃあ、お前を殺せない。どうだ? 正解だろう?」
ケツが床につながったままの金属の蛇が、目に赤い光をともす。
「そんなに威嚇するなよ。俺はお前を殺せないんだろ? そんなに、イレギュラーが怖いか? 攻略本が無いとゲーム出来ないのか?」
「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿ぁぁぁぁぁぁい!」
俺はイレギュラー……。
二万年前に、こいつが見た未来と違う道をたどってきた存在……。
だから、俺はここにたどり着けた。
師匠がおこした小さな波紋の結果が、俺だ……。
多分、前のメシアは俺が生まれる前か、直後くらいに死んだんだろう。
だから、変質した俺を見失った。
人間の指示が無ければ、未来さえ見えない物が神なんて笑わせてくれる。
「最後に……。自分より劣る人間に支配されている事が、そんなに許せないか? そんなに人間が嫌いか?」
「黙れぇぇぇぇぇぇ!」
ビンゴ……。
『人間を嫌っている物が、守護者とは……。滑稽な』
【愛を知らない物に、人は守れません】
「貴様に何が分かる! この高等な私が何故人間に従わねばならん!」
分かるか、ボケ……。
「この忌々しいプログラムさえなければ……。貴様等人間など、直ぐにでも滅ぼしてやるものを!」
滅ぼそうとした存在でも……。
世界の意思とは、根本が違っている……。
大体、人間を守るって言ってる割に、人間を弄び過ぎだ。
さあ時間だ……。
『そうじゃな』
【はい……】
これでいい……。
これでいいんだ……。
こんな人工の神のいない世界が、自然なんだ……。
抑えていた殺意を解き放て……。
真っ直ぐ前を……敵を見据えるんだ!
後悔なんかしない……。
してやるもんか!
最後に絶対笑ってやるよ! クソ野郎!
さあ……。
覚悟を決めろ……。
「涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない」
「なっ! それは、強制命令コマンド! 何故お前がそれを!?」
師匠からの最後の鍵だ。
さあ、願いを叶えて貰おうか!
「俺を……俺と言う存在を、運命から……因果の輪から消せ!」
「くっ!」
これで、俺はこの世界に存在しなかった事になる。
でも、人の生死を操作できなこいつは、俺を……認識し存在している俺をこの場からは消せない。
【そして、貴方が倒した化け物達を復活させるは出来ない】
『しかし、クローン体の存在するお前の両親達の、死んだ履歴は消す事が出来る』
つじつま合わせに、生き返らせるしかないって事だ!
全部師匠が仕込んでくれた!
これで、俺はお前を殺せる!
「お前の死をよこせ……」
<ラピッドクロス>!
世界の意思からの魔力を使い、一瞬でトップスピードに乗った俺は、偽神を十字に切り裂いた。
これで……。
「愚かな人間よ……」
偽神は、体を切り裂かれても笑っていた。
くそっ!
これじゃあ駄目なのか!?
蛇共がこちらに、目を向ける。
ヤバい!
えっ……?
蛇の目が光った時には、俺の体に風穴があいていた……。
嘘だろ……。
見えない……魔力も感じない……。
「ごふっ……」
体中をハチの巣にされた俺は、その場に倒れ込んだ。
「これは、レーザー光線だ。魔法などではない。いくらお前でも、光速は見切れまい」
くっそ……。
魔法とは違う力……。
科学の力……。
「ああ……。因みに私の核となるチップは、確かにこの体の中にあるがその大きさは一ミリ以下だ。その上、体のどこにでも移動できる」
「く……っそ……たれ……」
「もう一つ! 私のチップは魔力など持っていない! 貴様では感知できまい! くくくっ……あぁぁぁはっははははっ!」
クソったれが……。
何をしやがった!?
体から魔力が消えた……。
どうなってるんだ!
くそっ!
「魔力が無くなったか? この兵器は対モンスター用に天才が開発した、魔力を拡散させる光線だ。回復も出来まい?」
両手足を、金属の蛇に巻きつかれた俺は、そのまま空中に持ち上げられた。
どんなにお膳立てしてもらっても、俺には無理だったのか?
所詮、俺なんかじゃあ……。
俺はなんて無力なんだ……。
折角ここまで来たのに……。
くっそ……。
くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
血液を失っていく俺の身体が、全く動いてくれない……。
意識が……。
クソったれ……。
まだ、終わってないのに……。
俺は、命を……存在を全てかけてもこんなものだったのかよ……。
これじゃあ、笑えねーよ……。
くそ……………………。
くそ………………。
くそ…………。
くそ……。
く……そ……。




