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第六話

 



 少女は口づけを終えると、俺からサッと距離を取った。


 普段であればその反応に精神的なダメージを受けてしまうかもしれないが、今の俺は思考も身体も共にフリーズした状態であり、その反応にリアクションを取ることすらできない。


 それが口づけによるものなのか、そうでないのかは分からないが、自分の肉体や心が自分のものでないような感覚になっていた。


「もう動けると思いますよ、健一さん」


 少し時間が経ち俺の思考力が戻ってきた頃合いになると、無表情の少女があらためて口を開いた。


 鈍った頭の中で「動くわけないだろ」と思いながら、試しに腕を動かそうとする。


 先程までは石みたいに固くなっており、全く動かすことができなかったはずの腕は、なぜかすんなりと動かすことができた。


「動くな」


「はい、動いてますね」


 今まで固まっていたのがウソみたいに簡単に動く。


 試しにぶんぶんと腕を振り回すと、いつも以上に身体が伸びる気がしたほどだ。


「いつもよりも調子がいいぐらいだ。ありがとう」


「いえいえ、私はちょこっと身体の調子を良くしただけなので」


(やっぱり、お前が犯人か)


 身体を完全に動かせなくさせたり、調子を良くしたりと、意味が分からない。


「もう知っていると思うが、俺は澄原健一、Dランク探索者だ」


 とりあえず、名乗っておく。


 この少女は既に俺の名前を知っていたが、自己紹介ぐらいはしておくべきだ。


「名前は特にないのですが・・・う~ん、とりあえずはアスカとでも呼んで下さい」


「それは名前がないというのか?」という疑問を何とか飲み込み、次の言葉を出す。


「分かった、アスカだな。アスカはなぜこんなところにいたんだ?」


 勇者かどうか聞いて来たり、いきなり頬に口付けしてきたり、契約がどうとか言い始めたり、訳の分からないことだらけの少女だが、ここにいるということ自体がそもそもおかしい。


 どうしてダンジョンの中にある、こんな部屋にいたのか?


 それを聞かずに話は進められない。


「ああ、そんなことですか。実は私、ここに封印されていたんですよ」


「封印?」


「はい。実は私、人間じゃないんですよ」


「人間じゃない?」


 そう言われて、あらためてアスカのことを見る。


 見た目は文句なしの美少女だ。


 勇者だとか、契約だとか、封印だとか、意味の分からないことばかり言っている不思議な子かもしれないが、どこからどう見ても人間という認識以外持つことができない。


「健一さんから見れば人にしか見えないのかもしれませんが、私は精霊と呼ばれる存在なんですよ」


 精霊?


「風とか炎とかを操る?」


シルフとか、サラマンダーとか、言う奴だろ。


「私はそのような能力はありませんが、概ねそのような感じです」


「確かに知ってはいるが、それってフィクションの存在だろ」


 そんなものが現実にいるなんて聞いたこともない。


 なんというか、何から何までフィクションみたいで嘘っぽいのだ。


 俺が訝しんだ表情でアスカを見ていると、無表情だった彼女はふっと表情を緩めて、優し気な口調で話し始めた。


「健一さんは知らなかったかもしれませんが、こういった存在は割とたくさんいるんですよ」


「こういった存在?」


「例えば、尻尾が何本もある狐や頭に角を生やした鬼、海外で有名なものだと、月夜に変身する狼男や銀が弱点の吸血鬼なんていうのも実際に存在していますよ」


 狼男とか吸血鬼なんて映画でしか見たことないし、鬼とかも創作物ではよく出てくるが、現実に存在しているとなるとピンとこない。


 というか、理解ができないのだ。


 他にもたくさんの種類のファンタジーな生物がいるらしく、俺としては信じることができない。


「あの、そもそもダンジョンというファンタジーなものがあるんですから、鬼とか狼男とかがいてもおかしくない気がしませんか?」


「そう言われてもな」


 生まれた頃からダンジョンは存在していたし、探索者という職業も存在していた。


 ダンジョン関連の物事は割と日常風景の一部だったが、そういった未だファンタジーに部類されているものは非日常のままなのだ。


 それを伝えると、アスカは納得したのか何度も頷いてみせた。


「そういうことですか。でも、ダンジョンにもモンスターはいるじゃないですか?だったら理解も早いのでは?」


 その通りだ。


 確かに、ダンジョンのモンスターの中には出会ったことはないものの、ヴァンパイアや悪魔が存在している。


 だが、俺にはアレらが生物だと認識することができないのだ。


 それを彼女に伝えると、彼女の表情が再び無表情に戻っていく。


「ほう」


 アスカは一言呟くと鋭い目つきでこちらを見て、サッとうずくまる。


「ああ、そういうことですか。なんだ・・・はいはい、おーけーです。分かりました」


 急にうずくまりながら独り言を呟く、アスカ。


「どうしたんだ、いきなり」


 突然の行動に理解が追い付かない。


「分かったんですよ。貴方と私が出会えた理由が」


「何がって、アスカ、お前、目が」


 アスカがおもむろに顔を上げる。


 顔を上げたアスカの右目は先程までのように深い闇のような黒色ではなく、七色に輝く虹色へと変化していた。





読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「澄原さんは知らなかったかもしれませんが、こういった存在は割とたくさんいるんですよ」 ここだけ苗字呼びなのは修正漏れかな?
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