第六十一話
「はあぁああぁあ~」
戦ノ鬼の息の根を止めたと認識した俺は、大きく息を吐き出し、地面にへたり込む。
激しく鳴り響く、心臓の音に、肉体の強い疲労を感じる。
レベルも向上し、生来の気質もあって優れていた筈の肉体も、今は悲鳴を上げていた。
(あ~すっげ)
ただ、極度の疲労の中であっても今までにない、このダンジョンで初めて得る興奮を感じていた。
敵の攻撃が理解できないからからこそ楽しく、その状態から勝てることは更に嬉しい。
勝てなきゃ死ぬだけだが、だからこそ、こうした勝利という結果は俺に強烈な興奮を与えていた。
(こういった高揚感があったのか)
戦いに熱がなかったわけではない。
確かに高揚感を感じていたし、勝利する喜びは何よりも代えがたい。
だが、俺にとっての戦いは技術の蓄積により、勝ちをもぎ取る作業のようなところがあった。
こういったギリギリの中での激烈な勝負というものは、あまり経験がなかったのである。
豪腕鬼との戦いもそうであったが、武器を持ったモンスターとの戦いは一段上の興奮があった。
(強者との戦いは良かったが)
いくら攻撃が読めるとはいえ、強者との仕合は凄まじく充実している。
それでも動きが見える分、見えない状況に比べて気は楽だし、そうそう負けることはない。
相手がどんなに才能が有ろうとも、基本的には関係なく対処できる。
相手が何をするのか分かれば、相手が凡人だろうが天才だろうが、関係ない。
先が読めるということは、そういうことだった。
「お疲れさまでした。成長著しいようで」
彩が地面で倒れ込んでいた俺にタオルを投げる。
俺はそれを頭で受けると、無造作に手に取り、顔を拭いた。
「ありがと」
ペットボトルに入った水を差しだしてくる。
これは昨日貰ったアスカの差し入れだ。
スポーツドリンクなどもあるが、今は水の方がいい。
「まったく、驚きですよ。ここまでハイペースで成長するとは」
無表情のまま、平坦なトーンで言う彩。
「レベルが上がってるからな」
レベルが上がらなければ、成長しないわけではないが、その効率は悪い。
「それだけじゃありませんよ。技のキレが上がりすぎです。背筋が凍りそうでしたよ」
こんなことを言っているが、依然として彼女の表情は、無表情のままだ。
戦っていない俺は心が読めるわけではないので、彼女が何を考えているのか、心の底で何を思っているのかは分からない。
「それは嬉しいな。彩みたいな天才にそう言われるのは、俺としても誇らしい」
少し誇張交じりにそう言う。
「そうですか」
冷たい言葉を返してくる彩。
先程の賛辞は本音ではなかったようだ。
「動けそうですか?」
少しばかりの間が空き、彩がそう聞いてくる。
その声には僅かばかりの気遣いが混じっていた。
「あと、三十分は欲しい」
「わかりました。回復するまでは、私がモンスターの相手をしましょう」
彩の言葉を聞いた俺は、完全に地面に突っ伏し、仰向けになる。
冷たい地面の感触が妙に気持ちいい。
(結構キツイな)
ほのかな土の香りを嗅ぎながら、俺はボーっと天井を眺めるのであった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。




