第五話
先の見えない暗がりを懐中電灯で照らしながら進んでいく。
じっとりとした湿気もあってか、額から一筋の汗が流れた。
(緊張するな)
探索者としてそれなりに経験を積んでいるため、暗がりに対する恐怖心はそこまでないが、この先がどのようになっているか全く分からないため、いつも以上に緊張してしまっていた。
未知というのは好奇心を生み出すが、同時に恐怖も生み出していく。
何か異常がないかと、周囲の気配にしっかりと気を配りながら、一歩一歩踏み占めるように、かつ慎重な足取りで進んでいく。
すると、暗闇の先に灯りと開けた場所が見えた。
(祭壇?)
通路の先には小部屋があった。
それも中央に祭壇があり、神を祀るための部屋のようだ。
普段は見ない厳粛かつ清廉さを彷彿とさせる空間に、思わず生唾を飲み込み見入ってしまった。
本来であればそれは命取りの危険な行為であり、ダンジョンの中で周囲に気を配らない人間など、命がいくつあっても足りない。
だが、この時の俺はそんなことが気にならないほどにこの空間に見入ってしまっていたのだ。
それから幾ばくか時間が過ぎた頃、祭壇の上に物体があることを認識した。
「しょう、じょ?」
祭壇には白い清潔な服を身に纏った一人の少女が、胸の前に手を置いた状態で寝そべっていたのである。
(綺麗だな)
見た瞬間に美少女と分かる圧倒的なまでに整った顔立ちに、今度は少女に見入ってしまう。
昔に女性タレントが撮影しているのを見たことがあったが、その女性よりも遥かに綺麗で、美の女神と言われてもつい頷いてしまいそうな、そんな容姿であった。
「それにしても、なんでこんなところに少女が」
少女の美しさに思考停止気味であった俺だが、今になってなぜこんなところに少女がいるのか、という疑問が湧き上がってきた。
(探索者、じゃないだろうしな)
探索者が武器も身に着けずに、こんな薄着で彷徨うことはまずない。
ダンジョン産の装備で薄着の服もあるらしいが、ここは第三階層。
そんな高級品を普段使いしている探索者がいる筈もない場所である。
(そしたら、誘拐?でもないよな)
そもそもここはダンジョンの壁の中にあった空間で、普段は隠れて見つけることすらできない場所のはずである。
誘拐なんてできる筈がないのだ。
(とりあえず、救出したいところだが・・・)
誘拐ではないにしろ、ここに少女を放置するのはいくら何でもないだろう。
だが、『ダンジョンの壁の中に通路があり、その先には少女が眠っている祭壇がありました』なんて、誰に言っても信じてもらえないだろうし、逆に俺が警察に誘拐犯としてしょっ引かれること間違いなしだ。
俺としては迷いが生まれる。
(とりあえず、起こしてみるか)
どういった理由でこうなっているのか知らないが、起こして事情を聞いた方がいいだろう。
そんな考えで少女の元へと歩みを進めていく。
死んだように眠っていた少女であるが、ゆすって起こそうとしたところ、彼女の目がカッと開いた。
「え?」
彼女は糸にでも釣られたように不自然な動きで上体を起こすと、無表情のままこちらをジッと見つめてくる。
先程まで全く動く気配がなかったにもかかわらず、突然動き出した少女に驚いて、俺は思わず呆けてしまった。
「貴方が封印を解いた、勇者ですか?」
勇者?
かつてはフィクションだったモンスターやダンジョンなどのファンタジーが現実になったものの、勇者なんて概念は現実には存在せず、それは未だにフィクションのままだ。
「いや、違うが?」
俺が否定の言葉を返すが、少女は無表情なままだ。
「そうですか、循環システムが起動していない?・・・まあ、その辺りはどうでもいいです」
本当にどうでも良かったのか、少女は平坦な声でそう言うと祭壇の上から降りて、俺の方へと寄ってくると、ずいっと顔をこちら寄せてきた。
よく見ると少女の瞳は闇のように真っ暗で、そんな瞳になぜか魅了されそうになる。
(てか、身体が動かない?)
少女に見つめられて緊張しているのか、身体ががっちりと固まって動かすことができず、呼吸もしづらかった。
こちらが動けないのに気付いたのか、少女は更に顔を近づけてきた。
少女の吐息が俺の顔に当たる。
「貴方を私の所有者と認めましょう」
訳の分からないことを言い出した少女。
「へ?」
俺の思考が完全に停止した中、少女はこちらに顔を近づけると、頬に口づけをするのであった。
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