第五十四話
(終わったか)
メチャクチャ、緊張した。
死が間近にあるという実感。その上、攻撃も読めないのだから、厳しい戦いだった。
(ホント、モンスターってヤバいな)
消えていく豪腕鬼の亡骸を眺めながら思う。
フィジカルでは圧倒的に負けていた。
これを覆すに至ったのは、かつての己の研鑽に他ならないだろう。
碌な鍛錬を積んでこなければ、ここまで粘ることはおろか、前の階層にいた術ノ土鬼にすら勝てなかった。
鍛錬の重要性を実感する。
(レベルも上がったぽいしな)
レベルが上昇すると肉体の機能が全体的に上昇するのだが、それは心肺機能、筋肉の強度、皮膚の丈夫さから内臓の機能までに及ぶ。
体はより強靭なモノへと変貌させられ、より強力なモンスターを相手にすることができるのだ。
「おめでとうございます。見ているこちらが、ひやひやしましたよ」
そっと額を拭う彩。
彼女も緊張していたのだろう。
こちらにいつでも飛び出せるようにしていたのは、何となくではあるが分かっていた。
(それどころじゃなかったから、ほとんど意識はしていなかったが)
豪腕鬼が想定よりも強かったのだ。
仕方ない。
「それで、どうだった?」
「もう何度か戦ってほしいですが、よろしいですか」
ここを狩場として使う予定なのだ。
まあ、アレではダメだわな。
防戦一方だったし、最後は剣の腕が上がったから良かったが、あのままじゃあ、負けていた。
落胆しそうになるが、事実これでは狩りをするには強さが、慣れが足りないだろう。
「了解」
俺は彩の提案に頷いた。
少しずつだが、異能なしの戦いにも慣れてきている。
技の冴えが良くなり、最終的に負けないのが何よりもの証明だ。
(この一週間でどこまで強くなれるか)
俺はそんなことを思いながら、再び刀を手に取るのであった。
♦♢♦♢♦
豪腕鬼との死闘から数時間程度の時が過ぎた。
「健一、随分強くなったわね」
そう言ってきたのは、物資の補給に来たアスカであった。
リュックをばさりと置くと、こちらに駆け寄ってくる。
「分かるのか?」
あれから大体五十体ほどの豪腕鬼を討伐した。
最初の五体程度まではそこそこ時間がかかったが、それ以降は割と手早く処理できている。
つまるところ、豪腕鬼は敵ではなくなっていた。
「ええ、雰囲気も変わってるし、圧が少し強くなってるわ」
「そうか」
俺は抜いていた鬼切と愛刀を鞘に納める。
「ちょっと待ってね」
アスカがリュックから取り出し、「はい!」と渡してきたのは、コンビニのおにぎりだ。
既に彼女が包みから中身を取り出してくれており、俺はそれを手に取ると、口の中に放り込んだ。
(殺気でも出してたのかね)
俺は雰囲気を少し柔らかいモノに変えるよう意識する。
「美味いな」
疲労感も相まって、余計に美味しく感じる。
もともとコンビニのおにぎりは美味しいが、今の状況で食べるおにぎりは格別な美味さだ。
「それは良かったわ」
アスカが俺にその柔らかな手を添える。
すると徐々に体から疲労感が抜けていった。
「魔法か」
筋肉が弛緩し、緊張が解ける。
身体が活性化したような、そんな感覚が全身を包んだ。
「便利ですね。私も習得したいものです」
彩が狩りを終えてこちらにやってくる。
彼女は少し体を動かしたいと言って、先程まで豪腕鬼狩りを行っていたのだ。
「どうだった?」
「ちょっと二十体ほど、準備運動にはなりますね」
そう言って朗らかな表情を見せる彩。
ダンジョンは閉鎖された空間だ。
フラストレーションが溜まりやすい。
それが発散されてスッキリしたのだろう。
そのため彼女の雰囲気もどこか柔らかかった。
「貴方も大概ね。魔人相手にも打ち勝てるんじゃない」
呆れたトーンで言うアスカ。
(確かに、それは言えてるな)
前に戦った魔人程度であれば、狩れるんじゃないだろうか。
「さあ?私は魔人と戦ったことはありませんので」
そう言って慇懃に礼をする彩。
どこかはぐらかしたような対応だった。
「そう、まあいいわ。健一のサポートしっかりやってね」
「はい、もちろんでございます」
「じゃあ健一、もう私行くから」
「ああ、またな」
アスカはそれだけ言うとダンジョンを去っていく。
彼女が去った、ちょうどそのタイミングで時刻は深夜の零時を回るのだった。
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