第五十二話

　

「ふうぅ」

　軽く息を吐きながら構えを取りつつ、豪腕鬼に視線を合わせる。

　俺は豪腕鬼から決して目は反らさない。

　俺が多少技の精度を上げたところで、豪腕鬼のパワーとスピード、それが人並外れたモノであることに変わりはなく、身体能力の差が埋まっているわけでもないからだ。

「ＧＵＲＵＲＵＵＵＵ」

　警戒した面持ちでこちらを睨みつける豪腕鬼。

　手痛い一撃を貰ってから、豪腕鬼は戦いに及び腰であった。

　ニタリとした好戦的な笑みは鳴りを潜め、対等なモノを見る目をしている。

（殺意が切れることはないけどな）

　それでも殺意自体はなくなっていない。

　依然として豪腕鬼が俺の命を狙っていることに変わりはないのである。

　そうして見合いが続く中、豪腕鬼の腕がピクリと動いた。

（来る）

　体が一回り膨張したかと思うと、一気に加速し、距離を詰めてくる豪腕鬼。

　人が足の力で地面を蹴るように、豪腕鬼は丸太のような腕を使って飛び掛かってくる。

（てか、なんで今まで苦戦してたんだろうな）

　ただただ単純な拳撃。

　ストレートばかりの直線的な拳ばかりで、そこに芸はない。

　達人や格闘家のように隙のない無駄の削ぎ落されたパンチではなく、素人の放つ極々普通のパンチだ。

　特に天性のモノがあるわけでもないし、本来であれば、苦戦するに値しない。

（パワーとスピードがそれだけ脅威ということか）

　今回の戦いで身に染みたよ。

（修正すべき点はあるが、とりあえずは）

　腕を振るうのみで単純な攻撃しかしてこない豪腕鬼は、今となってはそこまで脅威ではない。

　素人が打つような、普通のストレートが飛んできた。

　パワーとスピードは感じられるが、それだけだ。

（俺の剣の方が速い）

　剣の重さと全身を使って拳撃をいなし、刀を豪腕鬼の拳の間、骨のない隙間の部分に滑り込ませた。

「ＧＵＵＵＥＥＥＥ！！！」

　上手い具合にタイミングが合い、深く剣先が刺し込まれる。

　刀はずるりと肉を裂き、刃が深く沈んでいった。

　俺は刀をねじり、引き抜く。

「ＧＵＲＲＲＲＲＵＵＵＡＡＡＡＡＡ！！！！！！」

　苦悶の表情で叫ぶ、豪腕鬼。

　俺は更にがら空きの腹に愛刀を振るう。

「ＧＵＷＡＡＡＵＵＵＵ！！！」

　ザックリと腹が裂け、血液が零れ落ちた。

　べちゃべちゃと地面を汚す。

「これでトドメだ」

　俺は鬼切をがら空きになった心臓に刀を滑り込ませようとする。

　だが、体の重心が移動しきる前に、鬼切をもとの位置に戻した。

（これはダメだな）

　俺は今までの攻勢が嘘のように、まるで逃げるように後ろへと後退る。

　全力で後ろに跳んだ俺の目に入ったのは、瞳が変色し黄色く染まった豪腕鬼だった。

「暴走状態です、澄原様、お気をつけください」

　彩の緊迫した声が響く。

「ＧＵＲＲＲ」

　先程よりも幾分、面持ちの変化がある。

　どことなく覚悟の決まった戦士を連想させる、死を厭わない危険な面持ちだ。

「第二ラウンド開始か」

　黄金色に染まった豪腕鬼を睨みつけながら、俺は二刀を構えるのであった。