第五十話
俺たちは現在、第二十階層を抜けて、第二十一階層の安全地帯を出る直前であった。
「本当に大丈夫なのですか?」
念のためと、彩が聞いてくる。
これから相手にするモンスターはかなり危険な相手だ。
術ノ土鬼のように小賢しい手を使ってくるタイプではなく、純粋に力で押し込んでくるパワー系。
巧く刀を振るうだけで倒せるような相手ではない。
「ああ」
今の俺というか、ここ最近の俺は意識が研ぎ澄まされている。
ここ最近は猛者とばかり戦わされたからだろう。
感覚は昔のそれよりも遥かにいいと言えた。
(あとは相手のパワーに対抗できるかだが)
速さで勝れば、なんとかなるだろう。
どんなに力が強かろうと当たらなければ、なんともない。
もしも、速さで勝っていないのであれば、技術・・・だけでは足りないので、刀を活かした手数で誤魔化しながら戦うしかないだろう。
力があろうと刃は通るからな。
何とかなるというのが、俺の考えだ。
「・・・」
安全地帯を抜け、五分ほどダンジョンを歩けば、それは姿を現した
俺は無言で視線を向ける。
それだけで緊張のあまり心拍数が上昇した。
「グへ」
腕が異常なまでに発達した、醜い顔立ちの鬼。
豪腕鬼と呼ばれる、一本角を生やした異形のモンスターだ。
左右の腕は丸太のように太く、腹は出ているが、大胸筋の発達も著しい。
足は短く、そこまで太くないため、腕の太さと足の細さがアンバランスな見た目を強調していた。
生物としてかなり強い。
アンバランスではあるものの、感じられる熱量は術ノ土鬼とは比べ物にならないと思われる。
(やるか)
狩りを目前に控えた獣のように意識を鋭く、研ぎ澄ます。
ただでさえ、尖っていた神経はより繊細に周囲の情報を理解した。
この感覚は術ノ土鬼との戦いで得たものである。
でなければ、突然の攻撃に反応できない。
いつでも斬り捨てられるよう、刀に手を添える。
今回は居合で敵の一手目を見る腹積もりだ。
「GUERRRRRRU」
豪腕鬼が両腕を地面にめり込ませた。
(まさかっ)
瞬間、地面が爆ぜた。
(くっ)
鬼切と愛刀を抜く。
十メートル以上は離れていた豪腕鬼は既に目の前に迫ってきており、両腕に着いた鉄球のような拳を使ってこちらを押しつぶそうとしてくる。
今、俺は刀で豪腕鬼の拳を受けとめているのだが、凄まじい膂力だ。
(硬いな)
表面の皮を切り裂いてはいるが、肉まで届かない。
結局、俺は一秒と持たず、豪腕鬼の拳を流す羽目になる。
「チッ」
俺は舌打ちをしながら、大きく間合いを外した。
ブウンッと、大振りの拳撃が俺の前を通り過ぎた。
目の前をトラックが通ったような、そんな威力が肌で感じられる。
(思った以上の化け物だな)
恐ろしい一発だった。
あんなのが当たれば、レベル95の俺なんてミンチ確定だろう。
「GUUUURU゛」
ゆらりとこちらを見てくる豪腕鬼。
その瞳は殺意に溺れており、ただただ俺を殺すことだけに全身を使っている。
豪腕鬼は口を大きく開け、ずらりと並んだ鋭い歯を見せつけてきた。
(威嚇か)
額に汗が伝う。
俺は鬼切と愛刀を構え、心を鎮めると五感を集中させ、敵を見据えた。
互いの呼吸音が響く中、あっさりと均衡を破ったのは豪腕鬼だった。
「GURRUUUWAAA!!!!」
再び、迫ってくる豪腕鬼。
今度は動きを予測していたため、タイミングを合わせて横に大きく跳ぶ。
ギリギリ刀が当たる間合いに着地した俺は、豪腕鬼の腹を愛刀で斬りつけた。
(もう一度!)
今度は鬼切で更に斬りつける。
しかし、既に皮が裂けた場所に叩きつけられた一撃は、豪腕鬼の肉を浅く傷つけるだけだった。
読んでいただき、ありがとうございます!




