第四十二話
装備の点検や準備を終えた俺と彩はホテルを後にした。
ダンジョン探索のメンバーにアスカはおらず、彼女は非常時に念話で通信できるようにしつつ、基本はホテルで待機であった。
一緒について来た方がいいのではないかと言ったのだが、彼女はある魔法が使えるそうで、その魔法を使って物資の補給を一日に一回行うことになっていた。
(転移魔法か)
この魔法は字の通り、契約者のもとに一日一度転移できる魔法であった。
一日一度しか使えないものの、ホテルを転移する前の地点とした場合、その地点に戻ってくることはできる。
そのため、ホテルから物資を届けて、ホテルに戻ることしかできないのである。
そういったこともあり、アスカはホテルでの待機が決まったのだった。
「京都観光してみたかったなぁ」
京都と言えば、昔ながらの日本の景観が残る町だ。
鉄骨とコンクリート、そしてガラスでできた建物が乱立する東京の都市部とは対照的な町で、その景観をもっと味わいたかった。
「それは自分で休みを取って、してください」
「そうだよな、はは」
当り前だ。
わざわざダンジョンを貸し切り状態にまでしてもらって、それを使わないのは失礼どころの話ではない。
「ただ、最終日に体力が残っていれば、付き合いますよ」
「いいのか?」
「ええ、私もレベル上げだけで帰るのは少し物足りないと思っていましたから」
楽しみができたな。
よし頑張ろう。
「そんな体力が残っていればですけど」
彩が小さくこぼした声は、期待に胸を膨らませている俺には届かなかった。
♦♢♦♢♦
「ほう、あなた方が今回調査を行う探索者でしたか」
ホテルを後にした、俺と彩は清水寺前ダンジョンへと到着していた。
扉の近くにいた、飄々とした態度の職員が、彩、俺の順で視線を向かわせる。
(視線に詮索や驚きがないな)
口では驚きつつも、視線の動きは誤魔化せない。
どうやら、職員には既に情報が行っているようであった。
「確かに本物ですな」
彩は真島に貰った紙を職員に渡すと、職員は文章に目を通し、やがてそれを見て何度も頷いた。
「・・・」
その様子をダンジョンの入り口の前で立っている無表情な警備員が、黙ったまま見ている。
無機質な瞳には何の感情も感じられない。
(ロボットとかでは、なさそうだな)
呼吸しているのは確からしく、しっかりと生きているようだ。
「少々、お待ちを」
そう言って、職員は離れていくとスマホを取り出し、誰かと話し始めた。
やたらと小声で喋っており、そのせいもあって聞こえないと思っていたのだが。
(何だこの、ノイズ)
聞き取ろうとしても、ノイズがかかってるようで内容を全く聞き取れない。
(退魔関係なのは間違いない)
術か何かを使って聞こえなくしているのだろう。
俺もアスカのように魔法を使ってみたいし、こうした術には憧れがあるものの、こうした技術は誰にでも公開されているわけではなく、一子相伝であったり、かなり近しい弟子にしか教えたりはしないので、まず使うことはできない。
親は使えるのかもしれないがほとんど会ってないし、師匠はいないので、当分は無理だろう。
「本部に問い合わせて見たところ、情報に相違はないようですし、分かりました」
話し終えた職員が戻ってきて、そう言った。
本当に問い合わせていたかは怪しいところだが、まあ、俺が気にしても仕方ない。
彩が何も言っていないので、特に問題ないだろう。
「そうですか」
彩が無表情にそう言った。
こうして無表情の彼女を見ていると、俺たちの前で見せていた様子と普段の様子は違うのがよくわかる。
駅弁を買った後で起きた悲劇(俺は首を絞められた)や、新幹線の中で見せていた彼女はどこか柔らかく、心の内を見せていたのだ。
今の彼女は顔に仮面を貼りつけ、他人に内側を見せないようにしている。
「いえいえ、こちらこそ申し訳ございません。何分、特定階層の探索禁止など私も初めてのことでして」
ははは、と笑った職員。
しかし、目にはあまり優しさを感じない。
「では、ご武運を」
にこやかな顔を貼りつけた職員はそれだけ言って、引き下がる。
「行きましょうか」
俺たちはダンジョンの入り口である扉の前に立った。
(とうとうこれから、ダンジョンか)
それも第二十階層。
俺にとっては紛れもない魔境である。
「第二十階層へ」
彩がそう言いながら、扉を開いた。
彩が特に表情を変えることなくダンジョンの中へと入っていく。
俺はごくりと生唾を飲み込み、扉を潜るのであった。
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