第三十七話
次の日、俺たちは京都へと向かうため、東京駅に来ていた。
「駅弁、美味しそうね」
そう言ったのは、先程買った駅弁を見つめるアスカである。
彼女も今回京都で行う地獄のダンジョン合宿(俺が勝手に命名)に着いてきたのであった。
「そうだな」
旅行気分でワクワクとした様子のアスカであったが、それと対照的にげんなりとした表情で俺は言葉を返す。
アスカは今回の探索ではあまり手伝うことはない。
基本は彩と俺がダンジョンに籠る予定になっており、アスカはフリーである。
そのため、アスカと俺の京都への期待は如実に違っていた。
「もう、ほら、私でも見て元気出して」
アスカは俺の前に来ると、バレリーナのようにくるりと一回転する。
真っ白なTシャツに、ホットパンツという肌色多めの恰好をしたアスカの外見は、健康的な美少女そのものだった。
普段、家でオレンジジュースを飲んだり菓子類を頬張ってぐーたらしている姿を目にしていなければ、グッときたかもしれない。
白いTシャツを着ていることもあり、どこか森の妖精(実際アスカは精霊であるが)が現実に現れたように見えていた
ふと周りを見ると、多くの男性客の視線が、自然とアスカの方へと吸い寄せられている。
「なんだ、あいつ」「どうしてあんな可愛い子といるんだよ」「〇ね」
ただ視線はアスカだけではなく、彼女と一緒に居る俺へと向けられた。
その視線には恨みがこもっており、羨ましいという本音が感じられる
視線をアスカに向ける者の中には、彼女に声を掛けようとこちらの方へと歩みを進める者もいた。
(鬱陶しいな)
ただでさえ、明日から怠い鍛錬があるのだ。
嫉妬の視線はまだしも、ナンパでいらない因縁をつけられてもこちらが困る。
俺が軽く殺気の混ざった視線を返すと、恨みの籠った視線は霧散し、ナンパしようとしていた奴らは進行方向を逆に変えて去っていった。
「何をしているんですか、一般人相手に」
声のした方を振り向くと、そこには灰色のパーカーとジーンズ、そして顔にはマスクをした長身の女性、八雲彩がいた。
折角の美貌も、ここまで隠されていれば理解されまい。
更に両手には駅弁や飲料水が大量に入った袋を持っており、余計に色気が削がれている。
「アスカにナンパしようとしている連中がいたんだよ。てか、彩、もうちょっと色気のある恰好とかできないの?」
俺は言った後に、彩の今まで以上の冷めきった表情を見て、ハッと口元に手を当てた。
あまりにも色気のない恰好をしていたので、自制できずに言ってしまったのであるが、流石にこれは失言である。
「そうでしたか。私がいれば、ナンパ野郎など何をされているのか認識する間もなく意識を刈り取っていたのですが」
言い終えるや否や、彩は満面の笑みを浮かべると、一瞬で俺の背後を取り、首に手を回す。
そして、隙間を埋めるように俺の首を絞めてきた。
(ぐえっ)
俺より物騒なこと考えてるし、やってるじゃないかという言葉を飲み込みながら、直ぐに彩の腕をタップする。
「ちゃんと決まりませんでしたね」
彩は腕を緩めると、俊敏な動きで俺から距離を取る。
急にぞんざいな反応をされたので、彼女の様子を見てみると、若干呼吸に乱れがあり、微かに頬が赤い。
(これをからかったら面白いかもしれないが・・・今、からかったら殺されるな)
まるで猫が威嚇しているような雰囲気を感じる。
「決めそうだったら、反撃してたわ。この暴力女め」
俺は更なる失言を何とか抑え、適当な言葉を返した。
首をさすりながら、彩へと恨みがましい視線を向けることで、とりあえず挙動に気づいていない風を装う。
変に感づいたことがバレて、暴力を振るわれても溜まったモノではないからだ。
「アンタたち、まだ会うの三度目よね?仲良すぎない?」
アスカの冷たい視線がこちらに向けられる。
パートナーが別の女と仲良くしていることによる、明らかな嫉妬であった。
「まあ、仕合をしたからな」「仕合をしましたから」
彩と俺、お互いに同じようなことを言う。
割と本気で戦えば、互いに色々とさらけ出すので、相手との心理的な距離が自然と近くなるものであり、今の彩と俺はそんな感じで仲良くなっているのだろう。
(たぶんだが)
「はあ、元から相性が良かったのかもね。ホント、羨ましいわ」
アスカは呆れた表情を作ると、ペットボトルに入ったオレンジジュースを飲んでいく。
その様は彩と違って、少女っぽさがあるものの不思議と色気を感じられた。
「澄原様?」
女性特有の勘の良さで、俺の思考を察知した彩はニッコリと笑みを浮かべながら、殺気を送ってくる。
半径五メートル以内にいた他の人間がサッといなくなった。
(おっかねえ女だな)
俺は内心そんなことを思いつつ、楽しそうなアスカの様子を見る。
(今は楽しんでもいいよな)
これから行くのが地獄の合宿だとしても、行きぐらいは楽しもうと、あらためて俺は思い直すのであった。
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