第三十五話
「あら、精霊なんて珍しい」
彩は口に手を当てて驚きを見せながらも、はっきりとアスカの方を見ながら言った。
「見えてんの?」
アスカは精霊であり、普通の人間には視認することができない。
川崎には見えていなかったし、彩も薄っすらと何かを感じ取っていたかもしれないが、さっきまで明確に存在を認識していなかった。
「魔法で見えるようにしたのよ。私はアスカ、よろしく八雲彩さん」
魔法って、便利だな。
俺も使えればいいんだが、魔法は人間には扱いづらい代物らしく、燃費が非常に悪いとのことである。
それに、俺にもし使えたとしても、ドッジボール大の炎の球を一発撃つだけで、疲労のあまり立っていられなくなるらしく、戦闘では役に立たない。
「よろしくお願いいたします、アスカ様」
慇懃に礼をする彩。
敬意を表した彩の姿に反応することなく、アスカは視線だけを彼女に向けている。
「アンタと健一が仲のいいことは分かったから、さっさと用件を言いなさい」
「仲は良くないな」「よくありませんね」
俺と彩が同時に言葉を返すと、互いに顔を見合わせ、どちらからともなく顔を反らした。
「はいはい、分かったから。さっさと言ってくれる?」
額に青筋を浮かべるアスカ。
蚊帳の外にされているのに対して、だいぶ怒っているようだ。
(今日は俺の分のプリンを上げよう)
彼女は甘いものが全般的に好きなので、たぶん機嫌を直してくれるはずだ。
そんな考え俺のなど、つゆ知らず彩は無表情の状態で口を開く。
「申し訳ありません、アスカ様。今回、私がここに来た用件をお話ししましょう。実は、お二方に料理をふるまうため、ではなく」
だろうな。
そんな下らない理由だったら、失神させて外に摘まみだしてる。
「澄原様の戦力を上げるためなのです」
「俺?」
俺は自身を指で指しながら、理解できないといった表情を作った。
「こちらで調査を行ったのですが、澄原様、レベル低すぎませんか?」
紛れもない事実という矢が俺の心に突き刺さる。
「先週、レベルの更新を行ったようですが、レベル95。確かに低くはありませんが、お嬢様を守る者、そして精霊の契約者として相応しくないレベルかと思います」
「ちょっと待ちなさいよ。健一は相応しくないなんてことはないわ。今でも十分私のパートナーとして役立っているわよ」
彩の容赦ない物言いに、アスカが反論してくれている。
(いけいけ)
そうして内心応援していたのだが。
「そうかもしれませんが、もし、澄原様の異能が通じない相手がいた場合、どうするのですか?」
(ぐはっ)
またしても、心に突き刺さる一撃。
俺自身、それらを改善したいとは思っているが、なかなか妙案が思い浮かんでこないのである。
「ぐっ」
アスカも図星らしく、苦々しい表情を浮かべた。
「この方が見た目にそぐわず、本当にそぐわず、強いのは存じております。しかし、レベルを低いままにしておくメリットもありません。もし、このまま低いレベルで澄原様が大怪我などしてしまえば、どうしますか?」
(どうしようもないな)
現代医療は四肢欠損すら治すレベルだが、それでも完璧に治る保証はないため、しないのが理想であるのは俺自身、常に考えている。
そのため、レベル上げは行っているつもりなのだが、それでは彩は、いや川崎家は不満なのだろう。
「それは」
流石のアスカも反論の余地はない。
「それがアスカ様の答えなのです。アスカ様がこれからも澄原様と共にパートナーであり続けたいのならば、レベル上げは必須のはずです」
彩の言葉に、黙って頷くしかないアスカ。
(うわ~言いくるめられとる~)
俺はアスカが言いくるめられているのを横目で見つつ、会話の中に入っていく。
「分かった分かった。レベル上げは確かに重要だ。だけど、これでも結構上がった方なんだぞ」
不満なのは分かっているが、こちらの意見を言わせてもらう。
レベルの更新は割とさぼり気味だったので、溜まっていた経験値もあっただろうが、このひと月ほどで、10くらいは上がっただろう。
今まででは考えられないほどの上昇っぷりなので、俺としても何か言わないと気が済まないのだ。
だが、彩は首を横に振る。
(首を振った時が八雲にそっくりだな)
こういった所作で、彩が八雲の孫ということを再認識した。
「足りません、足りないのです、澄原様」
彩は主張を曲げるつもりはないらしい。
「じゃあ、彩のレベルは幾つなんだよ?」
やたら偉そうに言うので、俺は彩のレベルを聞いてみた。
正直そこまでだろうと思っていたのだが、俺はこの選択を後悔することになる。
「私のレベル327です」
「え?」
ちょっと待て、さんびゃくにじゅうなな?
「レベル327です」
「いや、二回言わなくてもいい・・・。そんなに高いの?」
完全に想定外なんだが、精々150、高くとも200ぐらいだと思っていた。
「当然です。川崎家の使用人になるには二十歳を迎える前にレベルを200まで上げる必要があります。もしも、二十歳までにレベル200に至らなかった場合は、警備、後方支援、諜報活動、外交など、その者に適した役割に回されます」
どうりで黒服たちよりも、使用人の方が強いわけだ。
使用人はいわば精鋭。
川崎家にかかわりのある退魔の一族の中でも選りすぐりのエリートたちってわけだ。
「まあ、そんな使用人である我々も澄原様には全く及びませんでしたが」
かなり自虐的なことを言う彩であるが、俺は別にそこまで差があるとは思っていない。
「あんたらは異能を使っていなかっただろ」
あの中には間違いなく異能を使える者が混じっていた。
明らかに動きが微妙な者が何人かおり、異能をベースに戦うタイプではないか?と戦った時に感じたのである。
「それはそうです。私たちは殺し合いを挑んだわけではないので、ただ全員が使ってなかったわけではありませんよ。彼らの中にも仕合の中で使える程度の異能は使っていました」
それぐらいの礼節はあったわけか。
俺は彼らの芯の通った矜持に感服する。
「私の話は受けていただけますか?」
俺は彩の言葉に首を縦に振る。
「分かった。受けるよ」
本来、レベルが327もある人間に強くしてもらえるというのは、願ったりかなったりのことなのである。
ただ、それに川崎家、八雲がかかわっているというのが妙に嫌な予感を抱かせるのだ。
「それで、一体何をするんだ?」
既に了承しているので、引くつもりはないのだが、一体どんなことをするのか?
俺は恐怖半分、興味半分で聞いてみる。
その言葉を受けた彩は柔らかい笑みを浮かべた。
「一週間、ずっとダンジョンに潜ってもらいます」
彩は惚れ惚れするほどの聖母のような微笑みで、地獄への招待を告げるのだった。
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