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第三話

 

 ダンジョン内の空気は日が傾いた外の空気よりも一層ひんやりとしていて、更にはじめじめと湿っていた。


 そんな洞窟の中へと一歩一歩足を踏み入れていくと、湿った地面にブーツが沈み、そのままダンジョンに吸い込まれてしまうのではないかと錯覚しそうになる。


(ここは安全地帯のはずなんだけどな)


 ここにいる限りはモンスターは出てこないし、襲ってもこない。


 それがダンジョンという世界のルールなわけだが、ここを越えれば、危険な魔境へと変貌するということもあるのか、それでも不安という芽が心の中からひょっこりと顔を出す。


 芽吹いた不安を徐々に殺しながら、微かに湿った土を足裏で感じつつ、俺は戦いに備えるため心を徐々に鋭い刃物のように尖らせていく。


(そろそろだな)


 周囲の風景は洞窟から古びた遺跡の中のように変わっていった。


 均等に石が敷き詰められた壁には、先程の灯火よりも一際明るい炎を纏った松明が、一定の間隔で置かれている。


 不気味さは減ったように思えるが、安心させることが狙いなのではないか?などと勘ぐってしまう。


 ここからは危険地帯で、モンスターが徘徊する魔境である。


 決して油断していい場所ではないのだから。


(気合を入れますか)


 腰に差した刀をするりと抜くと、片手で垂らすようにして持つ。


 これが俺の戦闘態勢だった。


 特に動きを限定しない構え。


 この構えは、俺にとって何時も攻撃できる最高の構えだ。


(抜刀術もできるんだが、俺はこっちが好きなんだよな)


 こちらの方が一度の動きでできる選択肢が多くていい。


 それが二十年間ダンジョンに潜り続けてきた俺の出した結論だった。


(さて、【ヘル・ハウンド】は何処かな)


 第三階層に生息するモンスターはヘル・ハウンドという灰色の毛並みをした中型犬サイズの犬型モンスターだ。


 随分と恐ろしい名称だが、モンスターとしては下級の分類に入る存在で、そこまで強くはない。


 だが、決して侮っていい存在でもない。


 前足に異常に鋭い爪を持ち、一メートル以上ある尻尾の先端には硬い突起のようなものが付いており、それを顔面に当てられればかなりのダメージを負うことになる。


 犬を模したモンスターというだけあって、動きも俊敏ですばしっこい。


 そのくせ攻撃のレパートリーも多く、隙も少ないことから敬遠されがちなモンスターであった。


(来たな)


 グルルと低い唸り声が聞こえたかと思うと、全速力で駆けてくる灰白の猟犬。


 ヘル・ハウンドだ。


 俺からはどこかぼやけたように見えるヘル・ハウンドは、紅い瞳を爛々と輝かせながら俊敏な動きでこちらに駆けてくると、普通の犬よりも更に凄まじい身体能力で跳躍する。


 狙いは俺の首筋で、噛みつき。


 大きく開いた口からは涎が飛び散った。


「ほいっ」


 そんな殺意に満ちた攻撃を仕掛けてくるヘル・ハウンドに対して、俺はその大きく開いた口へと無造作に刀を突きだした。


 ヘルハウンドは回避行動を取ることができず、綺麗に刀の切っ先へと突っ込んでいき、自らの身体を串刺しにする。


 ()()()()()()()()()()()()()のか、一瞬で()()()()()()()()のか、光とともに身体を消滅させると、地面には青いビー玉のような石と毛皮を残して、姿を消した。


「やりにくいな」


 俺はビー玉状のキレイな石を拾いバッグの中にある袋に詰めると、ぼそりと呟いた。


 モンスターは生き物であって生き物ではない。


 俺らを襲う理由は縄張りに侵入したからでもなく、餌としてでもない。


 ただ殺意に駆られて機械的な攻撃パターンでこちらの命を狩りに来るのだ。


 血も流さないし、倒すまでには一定のダメージのようなものを与えなくてはならず、小さな切り傷でも一定以上与えれば、生死にかかわるような傷でなくてもモンスターは倒すことができる。


 また致命的な一撃、クリティカルヒットのようなものが発生すれば、モンスターは一撃で倒すことができ、俺はヘル・ハウンドに対してクリティカルヒットを出す感覚を身に着けていた。


 本来この場所を狩りに使うような探索者は技量もない者が多いので、俺のようなことができる者は少ない。


 結果として、俺にとってこの第三階層は効率のいい狩場となっていたのである。


(いつまで経っても、モンスターの相手は慣れないんだよな)


 しかし、どこかゲーム的で非生物的なモンスターという存在の動きが読めず、苦手であった。


 獣は食事をするために狩りをして獲物を殺すし、人は自己を守るため、もしくはより上に行くために攻撃をする。


 だが、モンスターは自身の命を守ることすら放棄して、殺すという目的のために攻撃してくるのだ。


 逃げという選択肢はなく、ただの機械のように殺すという命令を遂行すべく襲ってくる。


 それは傷つけられても変わらず、決して危険を顧みない。


 先程のヘル・ハウンドの攻撃でも分かるが、自身の命はどうでもいいと言わんばかりの攻撃をどのモンスターもしてくるのだ。


 そんなモンスターの性質が、俺は嫌いだった。


(そういえば、サイズはいつも通りだよな)


 愛用している黒い袋を開けて、袋の中に入れた魔玉(まぎょく)というビー玉状の石を、改めて眺める。


 たまに同じモンスターであっても、大きめの魔玉やごくごくまれにレアアイテムなんかが手に入るのだが、そういった場合は大抵モンスターのサイズが普通のサイズよりも大きな図体であることが多いため、滅多にないのだが、一応確認した。


 案の定、サイズは普通のものであったが。


「さてと、狩りを続けますか」


 再び刀をだらんと垂らした俺は、ゆったりとした足取りでダンジョンの奥へと歩みを進めるのであった。






読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いつまで経っても、モンスターの相手は慣れないんだよな 抜刀術もできるんだが、俺はこっちが好きなんだよな やりにくいな などの心の声や発言などが、少し不自然に感じてしまいました。 探索…
[気になる点] なんで近接格闘前提なんだろう? 銃のない世界だったり?
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