表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/65

第三十二話

 


「八雲さん、アンタ、だいぶ無理言ってるの分かってるよな」


 失神したメイドが担架で運ばれていくのを目の端で捉えながら、老齢の執事、八雲を見る。


「そうですね。だいぶ、無理な提案でしょう」


 八雲はピンと背筋を伸ばしたまま、こちらに近づいてくると、胡坐をかいて座り出した八雲。


 座ると同時に、ギシリと、木板の軋む音が鳴った。


(俺も座るか)


 俺も八雲に倣って胡坐をかいた。


 道場に座るなんて何年ぶりだろうか。


 懐かしい感覚に、自然と心が落ち着いていく。


「だろ?さっきの仕合といい、無茶ぶりが過ぎるんじゃないか?」


 まあ、和んだからと言って、無茶ぶりに対する認識は変わらない。


 俺の苛立ちは十人ほどをボコした(最後は八雲が失神させた)のと、ほどよい疲労感でほとんどなくなっている。


 アドレナリンもだいぶ抜け、今の俺の思考は平常時に近いものだったが、だからこそ、この無法なやり方には強気な態度は崩すつもりはなかった。


「仕合に関しては、通過儀礼という奴です。ここでやられるような方は、涼葉お嬢様には相応しくありませんので」


「じゃあ、これが本題だったってわけか」


 全く面倒くさいことをしてくれるな。


 かったるいことこの上ない。


「そうでございます」


「はあ、そうかい。だからって、あんだけの非礼が許されると思ってるのか」


「勿論、思っておりません。アレを持ってきなさい」


 八雲の声を聞いた使用人の一人がアタッシュケースを持ってくる。


(金か、金なのか)


 非礼を金で詫びる。


 まさに資産家らしいと思っていると。


(あれ?違う)


 八雲が慎重にアタッシュケースを開け、こちらに中身を見せる。


 そこから出てきたのは、札束ではなく、黒い鞘に収められている脇差だった。


「こりゃあ、偉い業物だな」


「ええ、その通りです。この脇差の名は【鬼切】。昔、鬼喰らいと呼ばれた者が()()()()()()()()()()使()()()()()とされる妖刀です」


 八雲に断りを入れ、刃を見るために少しだけ脇差を抜いた。


 僅かに顔を覗かせた刀身は見事という他ないほどに美しく、見るものを魅了させる。


 名の知れた刀匠であっても生涯にこれを作れるのか疑問な、今まで見た中でも最高レベルの刀で、妖刀に相応しい逸品だった。


「これをお詫びの品としてお渡しします」


「いいのか?」


 強気に出ると思っていたが、これほどの業物を貰うのは気が引ける。


 こんなもの一千万は優に超える値が付くものだ。


 本来であれば、今の俺には触れることすら、おこがましい。


「あれほど無様にやられておいて、何もお渡ししないのは流石に失礼すぎます」


「できれば、最初からあんなことは止めて欲しいが」


「ご勘弁を」


 俺は脇差をアタッシュケースに戻すと、ゆっくりと閉じて留め具を止め直す。


「分かった、これは受け取っておく。それで、本題に戻るが、なんで俺が選ばれたんだ?」


 先程の脇差をポンと渡せるほどの人物の娘だ。


 婿入りしたい男など腐るほどいるだろうし、相応しい男も探せば簡単に見つかるだろう。


 わざわざ、俺である必要もないだろうに。


 それを伝えると、八雲は真剣な表情を浮かべて口を開いた。


「貴方が涼葉お嬢様の好いている御方だからです」


(それか)


 もっと何か深い理由があるかと思ったのだが。


「そうかい」


「おや、意外と驚きませんね。もっと派手な反応を予想していたのですが」


「いや、アイツがどういった方向の感情かは分からないが、好かれているもしくは、尊敬されているというのは感じていたよ。その想いが恋とか愛かどうかは分からないがな」


 それを八雲に伝えると、ふむと顎に手を当て、考え込む。


「それほどまでに気づいておきながら手を出していない。澄原様はやっぱり私が殺すべきでは」


 詫びの品を渡した直後に、物騒な発言をする八雲。


 相変わらず、よく分からない男だ。


 さっきまで謝意の念がこもっていたのに、直ぐに殺意を見せる。


「いや、どうしてそうなるんだよ」


 俺は八雲から距離を取りながら言う。


 勿論、鬼切は手元に寄せていた。


「冗談です。ただ、気になるのはそこまで気づいておきながら、何故手を出さないのか、です。初心な涼葉お嬢様なんて、ディナーにでも誘えばイチコロでしょうに」


「アンタ、誰の味方なんだよ」


「勿論、涼葉様の味方でございます」


 俺の突っ込みに、さも当然のように答える八雲。


 飄々とした八雲の様子に、俺は深々と溜息を吐くのであった。







読んでいただき、ありがとうございます!

日間ジャンル別で5位になりました!

ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ