第三十一話
「参り、ました」
「はあ~」
俺が深く息を吐くと、どさりと倒れる使用人の男。
こいつを含めて既に九人をボールペン一本で倒しており、俺は割と疲労していた。
しかし、まだ一人残っている。
「私が最後ですか」
そう言って前に出てきたのは、メイド服を身に包んだ一人の若い女性だった。
(めっちゃ美人だな)
年はだいたい二十代前半から半ばぐらいだろうか。
つり目がちだが鼻筋は通っており、全体的に整った顔立ちに見受けられる。
身長も高く、立ち姿からモデルのような印象を与える女性だ。
欠点と呼べるようなものは殆どないが、しいて言うなら、表情が明るくないことぐらいだろうか。
(能面みたいなんだよな)
美しい顔が無表情を作ると、妙に恐ろしく感じる。
もしも、この部分を直して、柔らかい優し気な笑みを浮かべたら、どんな男も一発で心を射止められるだろう。
「他の方々をこうも簡単にあしらったのは褒めましょう」
メイド服の女性が依然として無表情のままそう言うと、その身体から闘気が溢れ出てくる。
最初に戦った奴とは比べるべくもない、濃密な力の奔流が伝わってくる。
(やる気満々だな)
無表情ではあるものの、スイッチが入ったのか、目は爛々と輝いており、戦意に満ち溢れている。
彼女が純粋に戦いを好んでいる性格なのが分かった。
「ありがと、じゃあ」
俺とメイド服の女性は目を合わせる。
それはまるで恋に落ちた時のように互いの時間の流れを遅くしたが、内に秘める想いは恋とはかけ離れた、相手を捻り潰したいという暴力的なものだった。
「はい」
「始めるか」
互いに示し合わせたように動き始める。
俺らの戦意の高まりを見て必要ないと判断したのか、八雲の合図はない。
俺はボールペンではなく、床に落ちていた木刀を手に取り、体を強引に捻って横に薙いだ。
(おっも)
間一髪、当たれば即死の一撃が、木刀によって弾かれる。
ボールペンを使って相手をしていれば、今の一撃でやられていただろう。
「ほう」
零れた感嘆の声は八雲のものだ。
それほどまでに今の一撃は、素早く、精緻で重いものだったのだろう。
「驚きです。まるで、既に読んでいたかのように防ぎましたね」
無表情のまま言うメイド服の女。
(知ってやがるな、こいつ)
俺は誰にも言ったことはないが、異能を受け継いでいる家系なら、どこかの誰かが知っていてもおかしくはない。
そして、その情報をこの家の使用人が知っていても。
「ふう」
俺は軽く息を吐き出し、疲労した体に鞭を打ちながら構えを取る。
普段はぶらりと刀を垂らしていることが多いが、今回は別だ。
技術があり、速さもある。その上、重さもある相手ともなれば、俺は敢えて後手に回る必要がある。
(全て読んで、ボコボコにしてやってもいいが)
それは少し、物足りないからな。
「シッ」
鋭い踏み込みと共に来る、上段からの振り下ろし。
その凄まじい一撃に、道場内で風が吹き荒れる。
俺はそれを余裕を持って避けるのではなく、敢えて木刀でいなしながら威力を減衰させ、ギリギリの距離で躱した。
彼女の攻撃は、最初の一撃で速さを把握しており、既に脅威たり得ていない。
「―――!」
俺が舐めていると感じ取ったのだろう。
メイド服の女はさしずめ台風のような激烈な連撃を仕掛けてきた。
俺はそれを涼しい顔で木刀を使っていなしつつ、いとも簡単に躱していく。
「そこまで!」
八雲の檄が飛ぶ。
しかし、苛立ちと戦意によって頭の中を支配されたメイド服の女は攻撃を止めない。
八雲は仕方ないとばかりに溜息を吐くと、一瞬にして姿を消した。
(速すぎだろ)
俺が何かをすることを読み取り、理解するよりも早く、八雲は女の背後に立つ。
そして、軽くトンと背中を叩いた。
「!?」
それだけでメイド服の女は白目をむき、失神する。
(やっぱ、別格で化け物だな)
ここまで速いと、一回見た程度で対応するのは難しい。
実力差を見せつけるつもりが、逆に実力差を見せつけられてしまうとは。
まだまだ俺も弱いな。
「ありがとうございます、澄原様。最後にアクシデントが起きてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
「いやいや、この程度のアクシデントどうってことない。むしろ、アンタがアクシデントになってくれてもいいんだぜ」
今の俺はアドレナリンやドーパミンが出まくっているので、強気なことを言っている。
挑発を受けた八雲だったが、既に俺の相手をするつもりがないのか、静かに首を横に振った。
「いえ、二度目のアクシデントを引き起こすのは、流石に執事失格でありますから」
「そうか、残念だ」
仕合う価値がある相手だとは思うんだがな。
勝てるかは分からないが。
「その代わりの提案なのですが」
「その代わり?」
同じくらいにヤバい奴が出てくるのか?
未だ興奮冷めやらぬ俺は、そんな風に期待していると。
「はい。澄原様、涼葉お嬢様と結婚を前提にお付き合いをするつもりはありませんか?」
そんな俺の気持ちを粉砕するかのように、八雲は訳の分からないことを宣うのであった。
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