第三十話
窓から映る風景は、無骨なビル街から木々の生い茂る林に変わり、やがて高級住宅街へと変化した。
車が速度を緩め始めたので窓の外を見てみると、ガラス越しに見たこともない巨大な武家屋敷が鎮座していた。
(いやデカすぎだろ)
塀は三メートル以上あり、門は更に壮大だ。
屋敷の周囲には複数の黒服が巡回しており、手にはアサルトライフル、腰にはハンドガンを備えている。
(装備と言い、凄まじい厳重さだな)
ちらりと川崎の方を見る。
この光景を見ても物怖じしない様から見て、見慣れた光景なのだろう。
門が開き、車が中へと入っていく。
(ああ、これが地獄の入り口か)
心の中で溜息を吐く。
すると、そのタイミングで車が止まり、数秒ほどで扉が開かれた。
「涼葉お嬢様、澄原様、ようこそお越しくださいました」
深々とお辞儀をする細身の使用人。
ちなみにこいつもかなりの強さで、外にいた黒服よりも強い。
「では、これより案内をしようと思うのですが涼葉様は私が、澄原様は八雲が案内いたします」
細身の使用人がそんなことを言いやがった。
「でも、私も「お嬢様」え」
細身の使用人が川崎にそっと耳打ちをすると、川崎はちらりとこっちを見て頷いた。
「すみません、澄原さん。直ぐ済むので、八雲に案内してもらってもいいですか?」
「いいですよ」
それは選択肢のない奴だろう。
「では、涼葉お嬢様は私が案内をしますので」
「澄原様はこちらへ」
細身の使用人が川崎を左の大きな屋敷のある方へと連れていく。
「それでは澄原さん、また後で」
一度会釈して去っていく川崎。
その川崎が見えなくなるまでお辞儀し続ける八雲であったが、やがて川崎の姿が完全に見えなくなると、こちらへと振り向いた。
「さて、貴方は私が案内しましょう。澄原殿」
目つきを鋭くしながら言う八雲。
その瞳からはどろりとした戦意が漏れ出ていた。
「へいへい、よろしくお願いしますよ」
俺は先程とは打って変わって、ふてぶてしい態度で言葉を返した。
戦意を垂れ流している奴に、礼儀はいらない。
「はい、ではこちらに」
八雲に案内されて、俺は川崎とは真逆の方向へと連れていかれるのだった。
♦♢♦♢♦
「立派な道場だな」
連れていかれた先は、まずお目にかかれないほど巨大な道場であった。
あたり一面、木の板が張り巡らされており、広さと言い見事と言う他ない。
「それに立派な使用人たちでしょう?」
八雲の視線の先には、戦意に満ちた十人ほどの使用人たちが並んでいた。
どれもそれなり以上には強く、戦うとなれば、面倒だろう。
「そうか?俺はそうは思わないが」
苛ついていたのもあるが、敢えて挑発気味に言った俺の言葉に、使用人の何人かが殺気を漏らす。
(未熟者だな)
俺の言葉に反応したのは、比較的若い使用人で、実力もこの中では下の奴だけだ。
実力の高い奴は俺のことを観察し、強さを見極めようとしている。
「それで、俺は誰と戦うんだ?」
「おや、まさか澄原殿は戦闘狂ですかな」
突然、頭のおかしいことを言う八雲。
「冗談キツイな、アンタ。道場に連れてきて、戦意を溢れさせた奴に会わせるなんて、今から仕合おうって合図じゃないか」
俺と八雲の視線が真っ向から交錯する。
お互いに一歩も引かず、決して目を離そうとしない。
「調子に乗った若造、お嬢様に近づく害虫程度かと思っていましたが、なかなか骨のある御仁のようで」
「そういうアンタこそ、てっきり隠居間近の老人かと思ったが、なかなかいい闘気をしてるじゃないか」
実のところ、八雲が何歳なのかは分からないが、俺のことを若造呼ばわりしていることから、それなりの年齢なのだろう。
「こほん、八雲様」
「おっと、本来の趣旨を忘れてしまいそうでした。今回、澄原様にはここにいる使用人と一対一で仕合をしてもらいます」
使用人としての役目を思い出したのか、睨み合いを止め、今回ここに連れてきたの趣旨を話し始めた八雲。
「分かった。で、誰が相手をするんだ。正直、誰でもいいんだが」
「じゃあ、オレが行こう」
俺の言葉に反応していた男の使用人。
体格はパッと見、普通だが、内包されたパワーはなかなかのものである。
「オレは「別に名乗らなくてもいいぞ」なに?」
名乗りを上げそうだったので、慌てて止める。
「意味がないんだよ。弱い相手の名前を憶えても」
俺の発言に使用人の頭の血管が浮き上がる。
「どうなっても知らんからな」
(それ、こっちの台詞なんだけどな)
まあ、いいか。
さっさとイライラぶつけたいし。
今の俺はだいぶフラストレーションが溜まっていた。
「では、構えて」
道場の中央に移動した俺と対戦相手の使用人は、立ち合うと、構えを取る。
(そもそもだ)
「始め!」
ドスの効いた声で開始の合図がなされると、使用人は木刀を片手に突っ込んできた。
使用人は一気に距離を詰めると、常人の動体視力では認識すら困難な速さで木刀を振るってくる。
だが、俺はその攻撃を胸ポケットから取り出したボールペンで、容易くいなした。
「なっ」
(俺は招かれている身のはずだ)
まさかボールペンで防がれるとは思っていなかったのか、唖然とした表情をする使用人。
俺はそんな隙を逃すはずもなく、がら空きの喉に左手の指先を突き入れた。
「グワっ」
(それなのに、いきなり戦えだ?)
そして、使用人の男の手首を手に取ると、一気に投げ飛ばす。
「―――っ」
(失礼にもほどがあるだろうが!)
強烈な勢いで床に叩きつけられ、受け身も取れずに悶絶する使用人。
その様子を見て、八雲以外の使用人は皆、驚きを顔に張り付けていた。
「ほら、さっさと終わらせるぞ」
少しスッキリした俺は使用人共を睨みつけながら、そう言うのであった。
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