第二十八話
「別にいいんじゃない」
川崎の実家に呼ばれたことをアスカに相談しようと思っていたのだが、直ぐにそう返された。
思ったよりも素早く、そして素っ気ない返答につい、たじろぎそうになる。
「いいのか?間違いなく何かあるが」
俺は顔を引き締め、聞き返す。
何か裏がなければ、わざわざ俺なんかを娘の同僚を家になんて呼ばないだろう。
俺はそうした憶測も伝えたのだが、アスカの答えは俺の考えとは真逆のものであった。
「大丈夫でしょ。こっちに何かしたいなら、もっと早くアクションを起こしてるだろうしね」
「しかしだな」
楽観的な考えに思えてならず、少し語気が強まる。
しかし、アスカの表情を見てみると、その顔は至って真剣であった。
「健一の考えも分かるけど、理由はそれだけじゃないのよ・・・。前に話した、魔人と戦う者たちのこと、覚えてる?」
「覚えてるが」
この世界には化け物がたくさんいるというのを、あの日改めて知った。
再生力がやたら強い魔人は本物の化け物だったが、それを倒せる者が何人も、恐らくダンジョンができる前からいるのである。
その衝撃は、こうしてより強さを求める剣士として、かなりのインパクトがあった。
「正確には、一般に言う怪異や妖怪とかも戦う対象なんだけど、そういった者たちは退魔の一族と言って日夜、人目のつかないところで化け物共と戦っているの。そして、彼らには必ず支援者がいるのよ」
「支援者?それが川崎家だと」
確か、川崎は実家が資産家だと言っていた。
そうであるならば、頷けなくもない。
「たぶんね。あと、前に川崎さん?がいた時にレアアイテムを手に入れたでしょ」
「ああ、アレは流石におかしいとは思ったな」
ただでさえ出てこないレアアイテムを初めて狩ったモンスターから出すのだ。
どんな豪運を持っていれば、そんな結果を生み出すのか、皆目見当がつかない。
「あの子、たぶん異能力を持っているのよ」
(物に触れずに動かすとかいうやつか?)
川崎の異能力はそういうものではないだろうが、要するに、普通の人間が持っていない不思議な能力のことだろう。
昔からそういった存在はテレビに出てきているようだが、Aランク探索者なんていう実質化け物みたいな存在が現れても、未だに物珍しさから偶に見かけては観客を沸かしていた。
それを伝えると、アスカは苦笑する。
「そんな搾りカスみたいな能力じゃないけど、それに類似した異能力を持った人はいたわ」
いたのか。
過去形なのは、現在の異能力者がどんな能力を持っているか、把握していないからだろう。
「それで、その異能力を川崎が持っていることが、退魔の一族の支援者と何の関係があるんだ?」
異能力を持っていて、かつ資産家。
確かに疑ってもおかしくはないし、俺も納得はいくだろう。
俺の認識はその程度のものなのだが、アスカはほぼ断定しているようだった。
「話を少し戻すけど、支援をするということは、それなりの見返りを求めてるわけよね」
「当たり前だな。利益が見込めなければ、投資はしない」
特に資産家ともあろう人が、無駄に金銭を支払うわけがない。
「じゃあ、その利益が何か分かる?」
「金銭ではないよな・・・魔人や怪異を倒すのが見返りってことか」
「惜しいわね。支援者が求めるのは社会の現状維持。魔人や怪異などの人類の敵から人々を守り、退魔の一族を含めてそれらの存在を一般の人々に知らせないこと」
それが見返りになるのか?
俺がそう聞くと、アスカはゆっくりと頷いた。
「支援者っていうのは大抵、異能力を持ちつつも直接戦闘には使えず、その代わり社会的な力、財力や権力を持った者がなっているのよ」
「へえ、それは異能力をそういった方面で使っているということか」
それなら楽に稼げるな。
ただ、アスカによると百パーセントそういうわけでもないらしい。
「そうである場合もあるし、そうじゃない場合もあるわ。金を稼ぐのには、異能力が出来なくても可能だから・・・。話を支援者の利益に戻すけど、彼らは恐れているのよ。他と違う力を持っている自分たちが、社会から迫害されるんじゃないのかってね」
小さなものを少しの間浮かせるだけでも、テレビでは凄い騒がれるが、精々が「なにあれ?すごい!」程度のものだし、普通の人々も自分たちとの違いをあまり感じない。
当然、そういったものを見せられても忌避感などは抱かないだろう。
(だが)
もしも、人を簡単に殺せるレベルの能力を持った人間が普通の人間として生活しているなんて知ったら、どうだ。
恐怖に駆られた人々が異能者をはみ出し者にするだろう。
酷ければ暴動が起きて、その能力の強さに関係なく異能者を殺す者があらわれるかもしれない。
そうなれば、
(阿鼻叫喚の地獄絵図だわな)
一般人に殺せる程度の異能者は弱い異能者なわけで、強い能力者はそうそう負けない。
当り前だが、自分たちと同じ能力者を殺された他の能力者は普通の人間を恨むだろうし、その対立はより深くなり、既存の社会は崩壊する可能性が生まれる。
(十中八九、崩壊するな)
少なくとも、今まで通りの生活には戻れないだろう。
「だから、戦闘に特化した者たちは鬼や怪異と戦い、社会的な地位の高い者たちは資金を援助し、様々な問題を揉み消す。それが私の知っている異能力者間の構図ね」
そうだったのか。
なんとなく理解できた気がするものの、俺の中では一つ疑問が残っていた。
「大体は理解したんだが、一つ疑問に思ったっていることがある。どうしてそういった連中に支援を求めないんだ?アスカは魔人と戦う精霊で、俺はその契約者だろ」
何かしらの援助はしてもらえるのではないか?
俺がそう聞くと、アスカは目を細めて首を横に振って答えた。
「支援してもらえればいいんだけど、彼らは戦う者と援助する者で密接な関係になっているのよ。もし、支援をしてもらえたとしても、あちら側の駒の一つに数えられるわけで、縁があるわけでもないし、体よく使われて、使えなくなればさようなら、なんてこともあり得るの」
「はあ、じゃあやっぱり行かない方がいいんじゃ」
「向こうが招いている以上、行かないのは逆に反感を買う可能性があるのよねぇ」
アスカは肩を落として言う。
「今回は娘さんを守ってるわけだから、攻撃的ではないとは思うのだけど」
うーんと唸るアスカ。
彼女にとっても、これは面倒な件らしい。
「とりあえず、行くことにするわ。アスカの話を聞いてる限りでは、少なくとも行った方が良さそうだしな」
行かなかったせいで、反感を買ってしまうよりは数段マシだ。
俺が行く方向で気持ちを固めようとしていると、少し待ってほしいとアスカから声が掛けられる。
「ちょっと待って。もしも、川崎さんの実家に行くのだとしたら、貴方に知ってもらわないといけない、大事なことがあるの」
「それはまた、なんだ?」
もう、いろいろお腹いっぱいなんだが。
異能力者の事情を聞いたことで辟易としていた俺だったが、アスカの口から出た言葉は今日一番の衝撃的な事実だった。
「実は、貴方も異能力者なのよ。それも怪異と人間の混血だし」
アスカの口から飛び出たあまりにも強烈な事実に、俺は口をポカーンと開け、フリーズするのだった。
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