第二十三話
パラライズスライムを蹴散らしつつ第一階層を後した俺たちは現在、第二階層の安全地帯を歩いていた。
安全地帯は遺跡ではなく洞窟のような形になっており、洞窟からが古代遺跡を模したものに変化することで、安全地帯であるか否かを判断できる。
「第二階層のモンスターって確か、鳩なんですよね」
「ああ、ただ炎を吐いてくるけどな」
第二階層を徘徊するモンスターは熱鳩と呼ばれる、炎を吹いてくるオレンジ色の羽をした鳩であった。
炎を吹くと聞くと、二尾ノ狐のように自由なタイミングや距離で炎をぶつけてくることをイメージするが、熱鳩の場合は火の射程が二十センチしかない上、二尾ノ狐に比べて威力が非常に低い。
その威力は探索者用の服を着ていれば防ぐことができる程度であり、ダンジョンという空間が未知の領域であった頃は危険であったが、今は装備が充実しているため脅威たり得なかった。
そのため、熱鳩は初心者でも安心して狩れる、第二階層のモンスターに相応しい雑魚モンスターだと認識されている。
「あれって、もしかして」
安全地帯を抜けてモンスターが徘徊する領域に差し掛かって間もない頃、川崎が指先を通路の先の方へと向ける。
川崎が示した指の方向に視線を向けると、全身オレンジ色の鳩が体を左右に揺らしながらこちらを見つめているのが分かった。
「早速出てきたな。よし、今回は川崎さんが狩ってくれないか」
第二階層に入ってから緊張気味の川崎がビクンと震えた。
「私が、ですか」
熱鳩はトテトテと歩きながら、徐々に距離を詰めてきている。
それはこちらに攻撃を仕掛けるためであり、熱鳩の瞳から殺意が溢れているのが、俺には分かった。
「そうだ」
槍をぎゅっと握りしめる川崎。
パラライズスライムを前にした時よりもだいぶ緊張しているようだった。
「動物を殺すのは怖いか」
俺は川崎が熱鳩を殺すというより、鳩を殺すことに躊躇いを感じているとあたりをつけた。
探索者になる上での関門として、動物を模したモンスターや人型のモンスターを殺せるかというものがある。
現代人は生物が死ぬ瞬間をあまり見ないで育つことが多い。
俺の場合は実家が田舎の方にある上、家では鶏を飼っていたこともあって、命を奪うことへの抵抗感は少ないが、川崎ではそうした経験のない普通の女性だろう。
彼女のような普通の人は、こうした現実の生物に近いモンスターや人型のモンスターを殺すのに強い抵抗感を示すことがあった。
「正直に言わせてもらいますと、怖いですね」
俯き気味に答える川崎。
グッと歯を食いしばるような表情は、何かを我慢するようだった。
「ふむ」
「でも・・・私、探索者になってみたかったんです。両親の言うことばっかり聞いて育ってきて、本当は探索者をやりたかったけど、なかなか踏ん切りがつかなくて」
そこで言葉を一度切ると、こちらに再び向き直った。
「だけど、この前、澄原さんを見た時、決めたんです。私も探索者になろうと」
「いや、どうしてだよ」
そこで、どうして俺が出てくる。
「だって、挨拶をする時もですが、食事をしている時だって、雰囲気が全然違いましたから」
「そ、そうだったか?」
アスカと出会い、魔人を退け、俺はメンタルがだいぶ変わったと思う。
あくまで探索者という世界への希望が見つけられたことによるものだったが、それが雰囲気にも表れていたらしい。
「飲み会とかで他の社員は大抵趣味とかの話をするのに、澄原さんってダンジョンとか探索者の話ばかりするじゃないですか」
「マジか」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
俺ってそれ以外のことには興味なかったから、話を振られてもダンジョンや探索者に関連したことしか話せないからな。
「そんな人が雰囲気を変える理由って、探索者として何かいいことがあったに違いないと思ったんです」
「それで、決心がついたと」
人が変わった様を見て、自身も変わろうとする。
まあ、あり得る話だな。
「流石にそろそろ、探索者になろうとは思っていましたけど、それを決心させたのは澄原さんのせいですね」
「何かすまん」
「いえ、澄原さんは悪くないというか、私の言い方が悪かったですね」
川崎さんは真剣な表情をして、槍を手元に引き寄せる。
「だから、私頑張ろうと思います。自分を変えるために。それに澄原さんにここまでしてもらって、今更怖気づくわけにもいきませんから!」
距離が五メートルを切ったタイミングで、川崎が槍を構え、突きを放つ準備をする。
しっかりと腰が入ったいい構えだったが、川崎の槍が熱鳩を貫くことはなかった。
「あ~すみませ~ん」
酷薄な声と同時に銃声が響き、熱鳩の頭が弾け飛んだ。
「ひっ」
突然、熱鳩の頭が吹き飛んだ様子を見て、川崎が怯えた声を出す。
(こいつら)
熱鳩がいた場所よりも更に先、そこには四人ほどの若い探索者たちがヘラヘラと笑いながら、軽薄な瞳をこちらに向けていた。
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