第二十一話
「結構ジメジメしてるんですね」
そう言ったのはダンジョンに初めて潜る川崎だ。
(確かに、慣れていないとこれはキツイか)
ダンジョン内の湿度は高い。
おまけにモンスターの攻撃から身を守るため、探索者用の服は肌の露出を控えるようになっている。
そのため、蒸れやすいし、汗などが服に染みこんで重みを持つため、あまり慣れていない者は不快に感じるだろう。
慣れていない川崎であれば、それは仕方のないことだった。
『軟弱ね。そんなのじゃあ、探索なんてできないわよ』
「この辺りは慣れだからな。我慢してくれ」
アスカの念話をスルーしながら、川崎に言葉を掛ける。
できることなら何とかしてあげたいが、こればかりは慣れるしかないので、どうしようもない。
「そうですよねぇ、がんばります」
少し辟易とした様子を見せたが、このまま探索を続けるようだ。
(モチベーションはしっかりとあるらしいな)
実は、探索者の男女比は八対二ほどだと言われている。
女性の社会進出はかなり進み、立場も大きく上がっているのにもかかわらずだ。
これは運動能力などで男性が上回っているからだと言う専門家もいるが、女性にも運動能力が高く体が強い者はたくさんいるし、根性のある者も多い。
あるアンケート調査では、こうしたダンジョンの環境そのものを女性は嫌っているという結果が出ており、それが理由となって探索者志望の女性が少ないのではないかという仮説を立てている学者もいた。
「そろそろ安全地帯を抜ける。モンスターが徘徊する場所になるから、気を引き締めろよ」
ここからは戦いの場となるので、あえてピリッとした空気を出しながら言う。
第一階層を徘徊するパラライズスライムは決して強くなく、最弱レベルのモンスターだが、こちらに全く害を与えられない存在というわけでもない。
油断して相手をしていれば、怪我を負うこともある。
初陣で変なトラウマを植え付けさせないためにも、俺は川崎に余計な怪我をしないようにさせなければならなかった。
「あれがスライムですか?可愛いですね」
俺たちを発見したのか、こちらに這い寄ってきたパラライズスライムを見て、そう言う川崎。
可愛いかどうかは分からないが、こうした見た目をしている以上、脅威に感じにくいのは確かだ。
「だが、モンスターだ。とりあえず俺が倒してみるから、そこで見といてくれ」
俺は軽やか足取りでパラライズスライムと距離を詰めると、一息に刀を鞘から抜き放った。
そのまま居合で、パラライズスライムの体を一刀両断、仕留めることに成功する。
「凄い」
『相変わらず、巧いわね』
川崎がポツリと言葉を漏らす。
これは所謂、抜刀術というものであり、一通り剣術を修めている俺もある程度は使える。
刀から伝わってくる感触は悪くなかったが、周りから見ても問題なかったようだ。
「私もやってみますね」
続いて出てきたパラライズスライムに川崎は近づくと。
「えいっ」
川崎は持っていた短槍を使って、パラライズスライムを貫いた。
しっかりとダメージが入ったらしく、一突きで仕留めることに成功している。
『意外とやるわね』
『ああ』
俺から見て見ても、なかなかにいい突きに見える。
体が上手く連動しており、余分な動きがあまり感じられない。
「凄いじゃないか」
「えへへ、実は一週間ほど家で練習してまして、結構自信があるんですよ」
一週間でそこまで至れるのか。
(これはだいぶセンスがあるな)
正直、天才と言っても過言ではないほどである。
それほどまでに川崎の放った一撃は、初心者の領域を遥かに越えた良い動きだった。
「やるなぁ。無駄がなくて、いい動きだったぞ」
掛け値なしでいい動きだったので、俺の声に真剣さが混じる。
俺が川崎の槍技を偽りなく褒めたことが川崎にも伝わったのか、彼女は顔を少し赤くすると左手で眼鏡をいじり始めた。
「いえ、私なんて、まだまだですよ。先ほど見せてもらった、澄原さんの居合の方がはるかに凄いです!」
そりゃあこっちは三十年以上剣を握ってるからな。
一週間しか鍛えていない者に、技術で負けることは流石にない。
「そうかもしれないが、一週間でその動きができるんだったら、相当凄いぞ」
そうやってお互いに褒め合っているうちに、パラライズスライムの亡骸が消え去っていることに気づく。
「ガラスの小瓶?」
川崎が首をかしげて、地面に落ちている小瓶を見つめる。
パラライズスライムが消え去った場所には、魔玉ではなく、半透明の黄色い液体が入ったガラスの小瓶が落ちていた。
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